三年生との決闘④
* エリシャ視点 *
試合開始直後――旗の奪取を目標に速攻を掛けた私たちだったが、未だに一本の旗も奪えていなかった。
いや、旗を奪うどころかアリシア会長に接近することも許されていない。
円状に作られた闘技場の中央の内壁に会長は立っており、足元からは黒い旗がちらちら顔を覗かせているのだが。
「くっ――」
アリシア会長の召喚した精霊によって、私たちは接近することすら許されなかった。
森の精霊ドライアドを中心に召喚された無数の下級精霊たちが、私たちを捕縛せんと植物の蔦のようなものを伸ばし、その蔦は切っても切っても切りが無く、何度も何度も一瞬で再生しては、私たちの腕や足に纏わり付いてくるのだ。
「おい、このまま蔦狩りをしていても意味がねえぞ!」
右手に装着した鉄爪を振るい蔦を切り裂きながら、セイルが苦言を呈した。
だが、それは私たちもわかっていることだ。
「随分焦っていますね狼男。
元々、楽に勝てる勝負ではないとわかっていたはずでは?」
冷静に周囲を確認するラフィさんも、その声音に確かな焦りが混じっていた。
「んなことはわかってんだよ。
オレはこの状況を抜け出す作戦はねえのかって聞いてんだ」
作戦――アリシア会長に近付くには、まず召喚された精霊たちをどうにかするしかない。
「下級精霊を召喚しているのは、多分ドライアドだと思う」
「あの中心にいる女の精霊ですね?」
「だから、ドライアドをどうにかすれば、他の精霊も一斉に消えると思うだけど……」
そもそもドライアドを倒すには、次から次に襲い掛かってくるこの蔦をどうにかしなくちゃいけない。
魔術を行使して遠距離攻撃するのも一つの手ではあるけど、ドライアドを一撃で倒せるほど強力な遠距離攻撃を持っている者は私たちの中にはいない。
(……攻撃力不足は今後の課題だな)
試合中にも関わらず、そんなことを考えてしまう。
(……昨日、マルスから教わった魔術が使えれば)
あの火の魔術なら、森の精霊であるドライアドとの相性は抜群のはずなのだが。
(……今の私に、できるの?)
訓練中にも行使できなかった魔術を――。
「エリシャさん!」
悩んでいる間にも、下級精霊たちの伸ばす蔦に四方を囲まれていた。
(……悩んでいる暇はない)
マルスは言ってくれた。
私ならできるって。
だから――今はその言葉を信じて。
「セイル、ラフィさん、少しだけ時間を稼いで欲しい」
「何か作戦が?」
「ドライアドを倒せる魔術を行使する」
「まさかエリシャさん、昨日の――」
ラフィさんは気付いたようだ。
私がマルスから教わったあの魔術を行使しようとしていることに。
「なんだ? 何か策があるのか?」
「策ってほど功名なものではないけど、なんとかしてみせる!」
どちらにしても、この状況をどうにかしなければ勝ち目は無い。
みんなで勝つと約束した。
だから――できることは全てやる。
何もしないまま終わって、後悔だけはしたくないから。
「ま、このままじゃ無駄に消耗するだけだしな。
こうなったらいっそ――」
首を回しこちらに顔を向けたセイルが、好戦的なニヤリとした笑みを浮かべると。
「――風よ、全てを切り裂く防壁となれ――風迅壁」
風の魔術を行使し、周囲に風の壁を展開した。
迫り来る蔦が、かまいたちのような強風に巻き込まれ引き裂かれていく。
「エリシャ、そう長くは持たねえからな」
魔術の行使を続けていれば、その分魔力も消費してしまう。
ここでセイルの魔力を全て消費させるわけにはいかない。
(……お願い)
片手剣の形成をやめ魔石に戻し、無駄な魔力の流れを全て止めた。
たった一つの魔術形成にのみ集中する。
右掌に魔力と火の元素を集めていく。
掌に炎が形成されるが――さらに魔力を注ぎ火の元素を集め続けた。
「? 何を?」
ここまで冷静に状況を見つめていたアリシア会長が、戸惑いの声を漏らした。
(……ぐっ)
身体中を妙な感覚が駆け巡っていく。
全身に何かが這いずり回り身体全体が熱くなっていく。
まるで集中力を削ぎ落とし、魔術の制御を掻き乱そうとする。
(……集中しろ!)
集められるだけ元素を凝縮させ、魔力を注ぎ込んでいくと、次第に丸い炎の玉が大きく膨れ上がっていった。
自分でもわかるほどの大きな魔力の波動が放出されているのがわかる。
(……ぁ)
その――炎の玉が目に映った瞬間、身体が震えた。
学院対抗戦――火爆破を行使した際の魔力暴走。
あの時のトラウマが脳裏に過ぎってしまった。
魔術が行使できるようになった今も尚――私はあの時の呪縛に囚われている。
集中力が乱れたせいか、完成しつつあった魔術が形を崩し――。
(――負けるな!)
乗り越えろ!
セイルが、ラフィさんが――マルスが頑張ってくれている。
だから――。
集中しろ。
乱れるな。
この魔術を完成させることに心血を注ぎ込め。
左手で右手首を押さえ震えを押さえ込み――ありったけの魔力を注ぎこんだ。
形を崩しかけた魔術が元に戻り――。
「――できた」
魔術は完成した。
注ぎ込めるだけの魔力と火の元素を凝縮した炎の玉。
暴力的な輝きを放つこの魔術であれば――。
「セイル!」
「――待たせやがって!」
前方に風を集めセイルは疾駆する。
私たちはその後ろに続いた。
セイルの風の魔術が、下級精霊の伸ばす蔦を全て切り裂き――中央のドライアドに突き進む。
「行きます、アリシア会長!」
「ドライアド――エリシャさんを捕らえなさい」
これまで静止を続けていたドライアドが、アリシアの命令で動き出した。
ドライアドの頭部から伸びた蔓が地面に刺さった。
そのまま地面を這う蔓が。
「セイル、下です!」
「がっ――」
地面の中から突き出て、セイルの足元に絡み付いた。
そのまま足を取られセイルは体制を崩してしまい。
「セイル!?」
「構うんじゃねえ、行けエリシャ!」
セイルの叫びを受け、振り返ることなくドライアド目掛けて疾走し。
ドライアドが蔓を鞭のように振り私を襲ったが、構わず右手を突き出した。
振るわれた蔓を、掌に形成された炎の玉が一瞬で呑み込み――。
「いっけええええええええええええ!!!」
そのまま膨大な魔力の固まりをドライアドに直撃させた。
――ドガアアアアアアアァァァァァン!!!!
闘技場内に響くような轟音。
凝縮された火の元素が爆発し、森の精霊を跡形もなく焼き尽くした。
ドライアドが倒されたことで、下級精霊が一斉に消滅した。
(……凄い)
あまりにも強力な一撃に呆然としそうになるが、ここで足を止めるわけには行かない。
(……止まるのは旗を奪ってからだ)
私は疾走を続ける。
目前に迫るアリシア会長――その背後には旗がある。
「とんでもない魔術ですね。
この前まで魔術が使えなくなっていたあなたが……。
大したものです」
それは賞賛だった。
敵に迫られているというのに、アリシア会長の声は冷静で。
「ですが――まだ私には届かない。
風の精霊シルフ――」
アリシア会長が口すると同時に、持っていた杖で地面を突いた。
すると魔方陣が浮き上がり、吸い込まれそうなほどの強烈な風が巻き起こった。
「穏やかな風と共に祈りを運ぶ者、契約に従い我の呼び声に応えよ」
そして詠唱を終えると――。
「さあ、続けましょうか。
旗の奪い合いを」
風の乙女が巻き起こす突風に、アリシア会長の黒髪が揺れた。
続けてもう一話更新します。