三年生との決闘②
切られれば明らかに致命傷となる一撃ではあったが、その太刀筋に殺意はなく、殺意がない余りに捉えどころがない。
「おいおい、致命傷になる一撃は禁止なんじゃないのか?」
「ああ、そうだな。
だが、当たらないんだから関係ないだろ?」
それは俺が攻撃を防ぐことがわかっていたのか、それともファルト自身が当てる気が無かったということなのか。
どちらにしても――。
「今のは本気じゃないんだろ?」
「さてな」
態度も発言も余裕綽々といった様子のファルト。
「今のが本気だっていうなら、俺から旗を奪うのは絶対に無理だぞ」
「別にはおれは、一人でお前に勝とうなんて思ってないさ」
瞬間――再びファルトが視界から消え、俺の真上に影が落ちた。
見上げると、上空から落下するファルトが俺に太刀の切っ先を向けていた。
俺はファルトに向かい大剣を叩き付けようとする。
が――その一撃は空を切った。
(……厄介だな)
ファルトの技能は刹那の間に発動可能のようだ。
目に見える速度で攻撃していては、ファルトに攻撃は当たりそうに無い。
加えて先程から、ネネアともう一人の選手の姿が見えないのが気になっていた。
(……さて、どうするか)
考えている間も、幾度となく攻撃が続く。
正面からの攻撃はなく、全て死角を狙った一撃なのがまた面倒だ。
右に左に上に下に、太刀が振るわれる。
そして俺が反撃する度に、ファルトの姿が消える。
「死角から攻撃に、なんでそう反応できるんだかなぁ」
正面――少し俺から距離をとった場所に、ファルトは立っていた。
「殺気が全くないから反応しにくくはあるが、それでも気配を完全に消せてるわけじゃないからな」
これだけ激しく動いていて、完全に気配を消すことができる者などいない。
いるとすれば、何かしらの魔術か技能による力だけだ。
「ま――最悪は旗を奪えなくてもおれたちの勝ちにはなりそうだが」
「……? どういうことだ?」
「基本的には起こらないことなんだが。
もしお互いに一本も旗を奪えない場合、試合はどうなると思う?」
「引き分けじゃないのか?」
「この競技に引き分けはないんだよ。
一本も旗を奪えなかった場合、フィールドに立っている行動可能な仲間の数で勝敗が決まる。
それも同じなら、審判が状況を判断して勝敗を決めるんだ」
初耳だった。
訓練中は 四 対 数十 という特殊なルールで試合をしていた弊害だろう。
そもそも、引き分けを考えて訓練などしていなかった。
勝負は、勝つか負けるかの二択なのだから。
「一応説明しておくが、行動可能な敵の数を減らす為に、致命傷になるような攻撃をしろって意味じゃないぞ?
ただ、ダメージを与えなくても相手を行動不能にすることはできるだろ?」
それらの状況を想定することはできる。
何らかの状態異常による行動不能や、相手を気絶させることは禁止されているわけではないのだから。
「おれは、このままお前から旗を奪えないかもしれない。
だが、それはお前らも同じだ」
お前ら――とファルトが言った意味は、直ぐにわかった。
戦いはもう始まっている。
それは当然、俺とファルトの戦いだけではない。
相手陣地へ旗を奪いに行ったエリーたちも。
「森の精霊ドライアド――樹木に宿るその美しき精よ、契約に従い我の呼び声に応えよ」
相手陣地を防衛するアリシアが精霊魔術を唱えると、地面に六芒星の魔法陣が浮かび上がった。
その魔法陣から召喚された精霊――ドライアド。
人間に似た形をしているが、全身緑色で樹の枝のような物が身体から生え全身に纏わりついており、頭部には赤い花を咲かせているなど、明らかに人と違う特徴が顕著に出ている。
ドライアドを中心に、下級精霊と思われる小さな人形が次々に召喚されていった。
その人形にも人と同じように手足が有るが、頭頂部には植物の芽が生えており、腕や足の周りには植物の蔦がぐるぐると巻かれている。
「捕らえなさい――!!」
召喚された精霊たちが、アリシアの指示に従い、エリーたちに襲い掛かった。
「くっ――」
エリーの小さな悲鳴が耳に届いた。
下級精霊たちが腕を向けると、目標目掛けて一斉に蔦が伸びていった。
それは、エリー、ラフィ、セイル――三人の身体を束縛する為の行動だ。
今のところ、なんとか攻撃を回避しているが、その蔦は切っても切っても再生し、何度も伸びてくる。
「わかったろ?
アリシアなら、致命傷を与えず相手を無力化できる。
お前の仲間が全員拘束されれば、旗を奪うことはできなかったとしても、判定で俺たちの勝ちになるってわけさ」
飄々と言ってのけるファルト。
ただ力に任せただけの暴力的な戦いではない。
寧ろ、この競技にはそういった暴力性は求められてはいない。
ファルトたちは、それを計算した上での戦いをしているのだ。
「だから言ったろ? 一人で勝つつもりはないって」
それは口だけではない。
仲間を信じているからこそ、ファルトはここまではっきりと断言できるのだろう。
だが。
「この戦いが一人で勝つことができないことは、俺もわかってる」
「へぇ……ならどうする?
あいつらじゃ、アリシアには勝てないだろ?」
意外そうにファルトは言った。
そして俺に問う。
あの時――と同じように。
しかし、俺にはもう迷いはない。
「どうするも何もないさ。
あいつらなら、きっとなんとかする」
「なんとか? 本当にそうか?」
ニヤッと皮肉めいた笑みを浮かべるファルト。
そんなファルトに。
「俺たちも、みんなで勝つと約束したんだ。
ファルト先輩が仲間を信じてるように、俺も友達を信じてる」
「信じてるか……」
口にした途端、ファルトの姿が再び視界から消え。
「お前のその言葉は――おれには薄っぺらく聞こえてしょうがない」
再び四方八方から斬撃。
振るわれる一刀一刀が、太刀風が舞うほどに早く鋭い。
だが、俺は大剣でその猛撃を全て防ぎきりながら。
「確かに俺の言葉は、先輩からすれば薄っぺらく聞こえるかもしれないな」
ファルトに言われたことを肯定した。
だって、俺たちにはまだ、ファルトたちのように何年もの時間を経て培ってきた確固とした関係なんてものはないんだ。
「ファルト先輩たちには、積み重ねてきたものがある。
でも、今の俺たちにはそれがない」
「なら、なんでそんな薄っぺらい関係で、信じてるなんて言葉を口にできる?」
俺たちは、確かに知り合ってからの時間は短い。
友達になってからの日も浅い。
でも――。
「時間なんて関係ないって気付いたんだ。
信じる信じないじゃなくて、俺はあいつらを信じたい。
それに、短い時間の中でも――築いてきた確かな絆はある」
「それは絆じゃない。
ただの情だ」
「もし俺たちを繋いでいるものが、絆じゃなく情だったとしてそれに何か問題があるのか?」
「絆は切れない。
でも、情はいつか切れるんだ。
今のお前らの関係は何も生まれない、何ももたらさない」
「そうか――でもさ」
絆だとか情だとかは、今の俺にはどうでもいいんだ。
「ファルト先輩。
俺は結局、今も友達に対する明確な答えは出せてないんだ」
振るい続けていたファルトの太刀が唐突に止まった。
飄々とした態度は消え、俺を見据えながら、再び俺に太刀を突きつけるように真っ直ぐに向け。
「……その割には、お前の目に迷いがないな」
「ああ、それでもいいって思ってるからな」
俺にはファルトのように明確な答えはない。
今の俺とファルト先輩じゃ、友達についての考えも全く違うのかもしれない。
だってさ、俺にとっての友達の答えは――。
「これから、友達と見つけていくものだから」
これが俺の、ファルトの問いに対する答えだった。
「……へぇ、そうかい。
みんなで……か」
「ダメだなんて言わせないぞ?」
考え方なんて人それぞれで、間違いなんてきっとない。
俺の言葉に、ファルトは見据えていた目を細め、頬をくしゃっとさせて。
「いや、おれが考えていたより、ずっとマシな答えが聞けた」
再び飄々とした態度に戻った。
「でもなマルス。
この戦い――勝つのはおれたちだ。
見てみろよ、あっちはもう終わりそうだぞ?」
促すファルトの視線の先――敵陣地に攻めたエリーたちは、アリシアの召喚した精霊の蔦に束縛されつつあった。