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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
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休日の訓練

 休日の朝――朝食を知らせるベルに合わせて俺は起床した。

 今日はエリーとの約束があるので、遅れるわけにはいかない。

 ベッドから下り窓を覆い隠している日除けを開くと、太陽の光が眩いくらいに一面を照らしている。

 これなら雨の心配はなさそうだ。

 制服に着替えた俺は部屋を出ると、食事を済ませて直ぐに宿舎を出た。


 肌を焼き付けるような強い光を受けながら、俺は待ち合わせの場所である噴水の前まで歩いた。

 本格的な炎節はまだ先ではあるにしろ、激しい熱を帯びた日差しは夏の訪れを感じさせた。


 待ち合わせの場所――噴水の前に到着したが、エリーはまだ来ていないようだ。


(……少し早かったな)


 そう思いながら、女子宿舎の方角に目を向けると。

 足早に俺に向かってくる者の姿が視界に入った。

 太陽光に照らされ煌く、艶やかで美しい長髪をなびかせた少女は、俺の姿を確認すると整った顔を綻ばせた。


「マルス、お待たせ。

 少し、待たせちゃった?」


 エリーが俺に駆け寄り、心細そうな声色で尋ねてきた。


「全然待ってないぞ? 今来たところだからな」

「ならよかった。

 私も急いで来たつもりなんだけど、流石に男の子よりは準備に時間が掛かっちゃうのかなあ」


 セリフの後半は呟くような声だったが。

 女子制服は男子制服よりも着替えにくいのだろうか?


「時間も勿体無いし、早速だけど軽めに準備運動でもしようか」

「そうだな」


 折角のエリーとの休日だ。

 時間は有効に使うとしよう。


 俺たちは魔石を手に持ち。

 魔石に魔力を流すことで、ラフな運動着を形成した。

 準備運動がてら軽く校庭を走りアップを終えて。


「久しぶりに、戦闘訓練に付き合ってもらってもいいかな?」


 その頼みに、俺は迷うことなく頷いた。

 二人切りでの手合わせはなんだか久しぶりな気がする。

 実際、それほど久しぶりというわけでもないのだが、最近は大人数での訓練が習慣になっていたから、気持ちの問題だろう。


 エリーは魔石に流している魔力を止めたようで、制服に姿が戻った。

 そして改めて魔力を流し、武器を形成した。

 俺は、格好だけ制服に戻った。

 なんだかこの姿の方が、身が引き締まる気がしたのだ。


「胸を借りるよ」

「おう」


 それから十数分程度だろうか?

 エリーの攻撃を俺は避け続けた。

 隙があれば指摘し打撃を寸止めする。

 全力で俺に立ち向かうエリーだが。


「はぁ……はぁ……やっぱり、まだまだだなぁ……」


 長時間、全力で身体を動かせば肉体的にも限界を迎えるのは当然で。

 倒れはしていないものの、息を切らせて苦しそうに酸素を求めている。


「どこかで休憩するか?」

「ご、ごめん」


 噴水の周囲に広がる緑一面の芝生の上に、俺達は腰を落とした。

 少しずつ息を整えたエリーが。


「やっぱり、マルスは凄いよ。

 私じゃ、全然勝負にならない……」


 膝を抱えて弱音――ではないか。

 確かめるように言ったエリーだが、その瞳の光は力強い。

 決して実力の差を悲観しているわけではないようだ。


「確実に力は付いてるよ。

 でも、力ってのは急に飛躍するようなもんでもないからな」

「……うん」


 エリーは小さく首肯した。

 俺に言われるまでもなく、よく理解しているのだろう。

 それからエリーは、再び膝に顔を埋めて黙り込む。

 俺も師匠の指導を受けていた時は、無理無茶無謀に思えるようなハチャメチャな訓練の後、師匠に言われた言葉について黙って考えを巡らせたものだけど。

 今のエリーの姿に、当時の自分の姿が重なって見えた気がして。


「なあエリー、折角二人で訓練をしてるんだから、一つ提案があるんだが?」


 自然とそんな言葉が口から出ていた。

 するとエリーは顔を上げて。


「なに?」

「一つ、魔術を覚えてみる気はないか?」

「魔術……って、マルスが私に教えてくれるの!?」


 予想以上の喰いつきが良かった。

 鼻と鼻がぶつかりそうなほど顔を寄せられたが。


「あ、ご、ごめん」

「別に平気だぞ?

 だが、その様子ならやってみたいってことでいいんだよな?」

「勿論だよ! 私は、マルスが教えてくれることなら、なんだって知りたいもん!」


 普段のエリーよりも、少し興奮気味のようだが。

 いつも以上に、俺を見つめる銀の双眸は真剣だった。


「じゃあやってみるか。

 これは俺が師匠から教わった魔術なんだが」


 今からエリーに教えるのは、俺が最も得意としている魔術の一つ。

 魔術と呼ぶには乱暴な、魔力と火の元素を凝縮して叩き込むだけのシンプル過ぎる魔術だ。


 実際に、俺は魔術を行使してみせた。

 形成する魔術を想像(イメージ)し、魔力をてのひらに集め、火の元素を凝縮していく。

 魔術書に載っているような理論もなければ、詠唱すらもない。

 だが、俺の手には俺の掌よりも遥かに巨大な火の玉が形成されていた。


「これって、死旗(デスフラッグ)の試合中にマルスがセイルに使った魔術だよね?」

「ああ」


 違う点は、あの時よりは使用した魔力量も凝縮された火の元素も桁違いに多いというところだが。


「火の魔術なんだね……」


 俺の掌に浮く魔術を見て、表情を硬くしたエリーは喉を鳴らした。

 そんなエリーに。


「エリーの魔力量と魔術制御があれば、コツさえ掴めばきっと行使できる」


 そう伝えると。


「ありがとうマルス。

 ……試してみたいから、工程を教えてもらってもいい?」


 緊張した面持ちを浮かべつつも、エリーは決断した。

 そして俺は、エリーに魔術の工程を伝えた。

 必要な工程は、明確な想像と魔力と火の元素の凝縮だ。

 通常の魔術に比べて工程は少なく、言葉にする上では簡単に思えるが実際はそうではない。

 大量の魔力と大量の元素を掌に凝縮し維持し続けなければならない為、魔力の制御が下手な者は絶対に使うことはできない。

 制御のできない者は、一点に魔力を集めることすらできず、凝縮する前に魔力を霧散させてしまうからだ。

 しかし、トラウマを乗り越え魔術を行使できるようになった今のエリーなら。


「……っ――」


 エリーの顔は難色を示していた。

 既に手の中には炎が形成されていた。

 しかし、その形状は凝縮されておらず、メラメラと揺れている。


「一点に魔力を集めるのは、変な感じがするだろ?」

「う、うん。

 なんだか身体が熱くなるっていうか……。

 全身に何かが這いずり回るみたいな……」

「ここからさらに魔力を掌に集めて、火の元素と結びつけて凝縮する」


 一般的な魔術は、魔術を形成した段階で行使するものだ。

 だが、これは炎が形成された状態で、さらに魔力を流し続ける。

 身体から解き放ちたがっている魔力を、無理矢理溜め続けているようなものだ。

 だからこそ、自らの意思で魔力を制御できる技術が必要になってくるわけで。


「ぅ――こ、こうかな」


 エリーが魔力を制御し、形成された魔術を制御していく。

 炎は形状を変化させ、球状に変化した。


「一応、現状でも魔術として形成はできている。

 第一段階成功ってとこだな」

「こ、これで第一段階なんだ……」


 額に汗を浮かせたエリー。

 顔色からも疲労が見える。

 なれない魔術を行使しせいか、体力以上に精神的に疲弊したようだ。


「どうする? 続けるか?

 一旦休んでも大丈夫だぞ?」

「も、もうちょっと頑張ってみるよ」


 エリーの掌に形成された炎の塊が徐々に大きくなった。

 だが――。


「っ――だ、ダメ……」


 だが、その大きさを保つことはできず、形成されていた魔術は魔力を失い。

 次第に魔力は霧散し、それに合わせて凝縮していた元素は大気中に消えていった。


「……難しいね」


 残念そうに肩を落とし、悲しそうな笑みを浮かべていたエリーだが。


「初めてでこれだけできれば上出来だ。

 訓練を続ければ、直ぐに行使できるようになるよ」

「うん……そうだといいけど。

 できれば、今日中に行使できるようになりたいな」

「急ぐ必要はないだろ?」

「でも、もし行使できるようになれば、試合の切り札になるかもしれないから」


 アリシアの召喚する精霊なら、どれだけ強力な一撃を喰らわせても試合の規定に触れることはないから、確かに使いようによっては試合を有利に進められるかもしれないが。


「あまり無理はするなよ。

 明日の試合前にぶっ倒れるようなことがあったら、それこそ大事だからな」

「うん、それはわかってるから」


 エリーは瞳を細めると、小さく首肯した。

 それからエリーは、適度に休みを入れつつもこの魔術を行使する為に訓練を続けた。

 だが、やはり魔力と元素を集め続け凝縮し続けるという工程がうまくいかないようだった。

 時間が経過し、数回目の教会の鐘が震えた。


「そろそろ、昼の時間だな」

「……昼食にしようか」


 上手くいかずに語調を沈めるエリーだが、無理をするつもりはないようだった。

 俺は内心ほっとしていた。

 真面目なエリーだから、このまま訓練を続けたいという可能性も考慮していたのだ。


「昼はどこで食べる?

 休日は、学院の食堂は開いてるんだったか?」


 俺が尋ねた時だった。

 まるでこのタイミングを狙い済ましたように。


「あれ~? マルスさんとエリシャさんじゃありませんか?

 こんなところで奇遇ですね」

「ご主人様、ご飯食べよ」

「私たち、作ってきた」


 俺たちの目の前にラフィと双子の闇森人ダークエルフが現れたのだ。


「み、みんな、どうしてここに?」

「いえいえ、たまたまラフィはここに来たら、たまたまお二人もここにいらっしゃったみたいで。

 あ~それでですね、実はお弁当がここにあるのですが、マルスさんも一緒に食べませんか?」

「べ、弁当!? ら、ラフィ、まさかとは思うが、あれじゃないよな?」


 以前、俺をあの世に送りかけたあの殺人サンドを、再び拝むことになるのではと思わず頬が引きつった。


「あれ? ……あぁ、あれは特製ですから、今日は用意できなくて。

 残念ですが普通のお弁当です……」

「そ、そうか……」


 その言葉に、俺は心底安心した。

 噴水を囲むように生えた芝生の上に、ラフィは手際よく真っ白い布を敷いた。


「さあマルスさん、ここに座ってください。

 折角なので、エリシャさんもどうぞ。

 双子も食べたければ食べてください」


 敷いた布の上に、弁当箱を置いて蓋を開いた。

 驚くべきことに、弁当箱の中身は信じられないくらい色鮮やかに彩られていた。

 あまり料理に造詣が深いわけではない俺には、この料理が何かはわからなかったが、素直に美味そうだと思った。


「ご主人様、こっちも見て」

「私たち、一生懸命作った」


 双子も、ラフィが敷いた布の上に弁当箱を置いた。

 それは、ラフィの弁当箱よりも二回りほど小さい。


「「開けてみて」」


 二人に促され、俺は弁当箱の中を開くと。


「へぇ……」


 正直なところ、双子の作ってくれた弁当はお世辞にも美味そうとは言えなかった。

 彩りもラフィのほうが美しい。

 それでも、二人が一生懸命作ったことがわかった。

 だってルーシィとルーフィは、きっと今まで料理なんてしたこともなかったはずで。


「頑張って作ってくれたんだな。

 ありがとうな」

「ご主人様の為」

「がんばった」


 俺が微笑むと、二人も微笑を浮かべた。


「ま、マルスさん! ラフィも頑張ったんですよ!」

「ああ、ラフィもありがとうな」

「はい! では、早速食べてみてください」


 言われるままに、こうして俺たちはラフィと双子たちの作ってくれた料理を楽しんだ。

 三人の料理は、ネルファのような圧倒的なまでの美食というわけではなかったのだけど。

 それでも美味かったし、気持ちのこもった温かい料理だったと思う。

 ご馳走様と。お礼を言って少し休憩した後。


「それじゃあエリー、訓練の続きをするか」

「うん」


 俺とエリーは訓練を続けた。

 ラフィは俺たちの訓練の様子を静かに眺め。

 ルーシィとルーフィはお腹がいっぱいになったからか、敷かれた布の上に二人で寝っ転がって眠っていた。


 それから陽が落ちるまで訓練は続き――完全にではないけれど、エリーは徐々に魔術の練度を上げた。

 凝縮できる魔力と火の元素の量が確実に増加している。

 残念ながら、まだまだ実戦で魔術の行使に成功させられるほどの練度ではないけれど、それでも訓練を続けていけば、エリーはこの魔術を行使できるようになれるだろう。


「明日の試合には間に合わないかな……」


 悔しそうに、下唇を軽く噛むエリーに。


「できることはしてきたんだ。

 今日は無理せず、ゆっくり身体を休めよう」


 俺はそう伝え。

 陽が落ちきる前に、宿舎にみんな送って行った。

 それから俺も男子宿舎に戻り。

 風呂に入った後、夕食を取り自分の部屋でゆっくりと過ごした。




 そして――試合当日の朝を迎えた。

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