身近にあった答え
本日の授業も、ラーニアの宣言通り死旗の訓練だったのだが。
全く結果が奮わないまま、午前の授業は終わりを迎えた。
「あんたたち、せめて一本くらいは旗を奪ってみせなさいよ……」
辛辣なラーニアの発言だったが、確かに一本も旗を奪えていないこの状況では、多少の文句はご愛嬌というところかもしれない。
そんな失望とも言えるラーニアの言葉に、三人は悔しそうに顔を歪めた。
「狼男、どうして一本も旗を取ってこれないのです!」
「簡単に言ってくれるじゃねえか兎女!
生意気言う割に、テメェも一本も旗が奪えてねえじゃねえか!」
「ラフィは補助だからいいんです!
狼人の身体能力は飾りですか!」
がるるる。と獣たちのじゃれ合いが始まり掛けていたのだが。
「言い争いは後にしよう。
食事の後は反省会をするよ」
真剣な面持ちのエリーの一言で、二人は「ふん!」と顔を背けた。
「ご飯、行く?」
「お腹空いた」
ルーシィとルーフィが二人一緒にお腹を押さえて。
「そうだな」
そんな二人の様子に苦笑して、俺たちは食堂に向かった。
*
食事を済ませて教室に戻った俺たちは、訓練の反省会をしていた。
意見を言うのは主にエリーだ。
ラフィは問題があった場合に口を出し、セイルは黙って二人の意見を聞いていた。
双子はお腹が一杯になったからか、今日は大人しく席に戻りお互いに寄り添うように眠っていた。
席が離れた位置にいるツェルミンは、俺たちの様子が気になるのかちらちらとこちらを気にしている。
そんな少年を見て、隣の席に座るノノノが苦笑を浮かべていた。
「今日の放課後から、三人で特訓しよう!」
大真面目な顔で提案したのはエリーだった。
多くの反省点が出る中で、今のままではどうにもならないと判断したようだ。
「三人? 四人ではなくてですか?」
「ラフィさん、セイル、私の三人だよ」
「マルスさんがいないなら、ラフィはパスしま――」
「やるの! いいラフィさん。
このままじゃ、マルスに迷惑を掛けるよ?」
「そ、その言い方はズルいです!」
唇を尖らせるラフィ。
だがエリーは引かない。
「ラフィさん。
この競技は、マルスだけじゃ勝てないんだよ。
私たち三人が力を合わせて旗を奪わなくちゃいけない。
コンビネーションも揃えなくちゃいけない以上、特訓は必要だよ。
セイルもいいよね?」
「……おう。
相手が誰でも、負けたくはねえからな」
話を振られ、セイルは頷いた。
チームの指揮官という責任感からか、エリーは色々考えてくれているようだが。
「エリー、あまり気負わないほうがいいんじゃないか?」
「……気負ってるわけじゃないんだよ。
でも――私はマルスの友達だから。
頼ってばかりはイヤなんだ」
俺は、それほど頼られているのだろうか?
何もしてやれていない気がするのだけど。
「ら、ラフィだって、マルスさんのお役に立ちたいです!」
ラフィは対抗心からかそんなことを言った。
でも、役に立ちたいなんて、どうしてそんなことを思うのだろう?
(……友達だからか?)
『お前にとっての友達ってなんなんだ?』
ふと、ファルトの問いが頭を駆け巡った。
授業中もそうだった。
友達が欲しいとこの学院に来たのはいいが、俺はその問いに対する答えを持っていないのだ。
みんなはどうなのだろうか?
みんなにとっての友達っていうのは、なんなのだろうか?
「どうかしたの、マルス?」
考えていると、銀の瞳が心配そうに俺を捉えた。
エリーはどう考えているのだろうか?
気になった俺は。
「なぁエリー。
聞きたいことがあるんだが」
「何かな?」
「エリーは友達のことをどう思う?」
純粋な疑問を向けた。
だけなのだが。
「ふぇーーま、マルスのことっ!?
な、にゃんでそんなことを聞くの?」
言葉を詰まらせ噛んでしまったエリー。
その顔色に映るのは確かな動揺で、目をぐるぐるさせていた。
体温も急上昇しているのか、風呂上がりのように頬が染まる。
「ま、マルスさん!
どういうことですか!
今から愛の告白でもするつもりですか!
ラフィには、ラフィには聞いてくれないのですか?」
向かいの机から身を乗り出たラフィが、興奮した様子で耳を逆立てていた。
普段は可憐な兎人が、今は獰猛な肉食獣のようだ。
「兎うるさい」
「なに騒いでる?」
眠っていた双子が目をごしごしと擦って、こちらに近付いてきた。
丁度いい。
「ラフィにも聞くし、セイルにも聞く。
それに、ルーシィとルーフィにも」
「オレにも?」
「双子はともかく、セイルにもですか?」
ラフィとセイルはお互いに顔を見合わせ。
「も……もしかして、また私、勘違いさせられたの?」
エリーは拗ねたみたいに言って、瞳は少し濡れていて。
「勘違い? 良くわからないが、俺は友達についてどう思うかって聞いただけなんだが?」
そう伝えると。
「まぎらわしいよ!」
「だったら最初からそうおっしゃってください!」
「あんまり勘違いさせるようなことを言うんじゃねえよ!」
なぜか一斉に責め苦が飛んできた。
何を怒ってるんだ?
「ご主人様、イジメられてる?」
「かわいそう」
なでなでと、双子に頭を撫でられた。
三人に責められる俺を、ルーシィとルーフィは慰めてくれたようだ。
「はぁ……いつものことだからいいけどさ……」
「ラフィはとても安心しました……」
お互いの苦労を語り合うみたいに、エリーとラフィが苦笑を交わした後。
「……それでマルス」
気を取り直したように、エリーは柔和な笑みを俺に向けて。
「どうして友達について何てことを聞いたの?」
それから俺は、ファルトに問い掛けられたことについて、みんなに話した。
「ファルト先輩がそんなことを?」
「何か意図があるのでしょうか?」
純粋な疑問から首を傾げた様子のエリーと。
明らかに訝しんでいるラフィ。
「……迷宮に特訓に行ったのかと思えば、そんなことを聞かれたのかよ?」
「話の流れでな」
「狼男! ちゃんとマルスさんの護衛をしておきなさい!
なんの為に、あなたは男子宿舎にいるのですか!」
「冒険者になる為だっての!
マルスの為にオレが男子宿舎にいるみたいに言うんじゃねえ!」
毛を逆立てる兎と狼。
そんな二人を尻目に。
「友達について……私にとっての友達か」
真剣な面持ちで考えてくれた。
どんな時でも、どんなことでも、エリーは真面目に向き合ってくれる。
「エリーには、その答えはあるのか?」
「う~ん……難しいなぁ。
私も友達が多いほうではないから」
だが、エリーも直ぐには答えが出さないようだ。
「「ご主人様」」
ちょんちょんと腕の裾を引っ張られた。
それから、双子が上目遣いを向けて。
「ルーシィの友達はルーフィだけ」
「ルーフィの友達もルーシィだけ」
二人はそう口にした。
残念なことに、俺は二人の友達ではないようで。
「「ご主人様は、ご主人様」」
と、いうことらしい。
だが、闇森人の双子の姉妹も、友達についての答えはもっていないようだ。
「あなたたちは、姉妹だから家族でしょう」
そんな二人に冷静な突っ込みを入れるラフィ。
「ラフィはどうだ?
友達って、なんだと思う?」
「恥ずかしながら、ラフィも友達はいないので……。
マルスさんは友達を超えた愛しい方ですので、とても言葉では言い表せないのですが。 あ、ですが語らせていただけるのであれば、今からいくらでもラフィはマルスさんへの愛を――」
「い、今は遠慮しておこう」
「そうですか……」
俺が断ると。
ラフィはキラキラと輝かせていた目を少し伏せて、しゅんと耳を垂れさせた。
どうやら友達について、ラフィもわからないようだ。
それから俺はセイルに目を向けた。
「……群の仲間はいるが、あいつらは家族みてえな者だしな。
そういう意味じゃ、オレも友達はいね――いや、少ねえからな……」
少ないとわざわざ言い直したのは、俺を友達だと思ってくれている証かもしれない。
「そうか……」
ここにいるみんなは、誰も、明確な答えを持ってない。
ファルトの問いの答え。
俺にとっての友達――。
みんなの意見を聞くことで、何か見えてくるかもしれないと思ったのだけど。
「……気付いたんだけどさ」
ほんの少しの逡巡の後。
「私たちって、みんな友達がいないんだね」
そう言って、エリーは苦笑した。
寂しいようにも思える言葉だが、エリーの顔は清々しくて。
「マルスがいたから、いま私たちは一緒にいるんだよね」
苦笑を微笑に変えて、エリーは俺たち一人一人に目を向ける。
「……言われてみれば」
「仲が良かったわけでもねえのに」
「確かにそう」
「不思議な縁」
全員の視線が交わって。
「ははっ」
エリーが笑って。
「ふふっ、本当に不思議なものですね」
ラフィが苦笑して。
「ふんっ」
セイルは微笑して。
「「くすっ……」」
微かに声を漏らし、双子も頬を緩めていた。
(……そうだったのか)
今まで知らなかった。
「俺はもう、お前らが友達になってると思ってたぞ?」
当然のように言うと。
その言葉にみんなは目を丸くして。
「……確かにね」
「狼男と友達なんて言われるのは、少し納得いきませんが」
「そりゃオレのセリフだっての」
「みんな、友達?」
「そうなの?」
その声音には戸惑いや驚き、意外、色々な感情が錯綜しているようだった。
みんなの視線が再び交わって。
「こんなこともわかっていなかったんじゃ、
友達ってなんなのかなんて、答えられるわけなかったね」
エリーの言葉に、この場にいる全員で苦笑した。
そうだ。
最初からわかるわけなかったんだ。
そもそも俺は、少し前まで友達と呼べる知り合いは一人もいなかった。
でも、今はみんなと知り合って友達になって。
答えなんてなくても、確かに俺たちは友達で。
だから、ファルトの言葉に対する答えなんて簡単なことだったんだ。
悩んだ末に辿りついたのは、当然の帰結。
俺の中で――ファルトの言葉に対する答えは得た。
「ありがとうな、みんな」
これは心の底からの感謝だ。
次にファルトと対峙した時には、俺の想いを明確に伝えられる。
「どうして感謝されたのかはわからないけど、
少しでも、マルスの役に立てたなら嬉しいな」
「友達についてではなく、愛についてならいくらでも教えてさしあげるのですけど」
「兎は卑猥」
「万年発情期、その二つ名は伊達じゃない」
「いつそんな不名誉な二つ名が付いたんですか!」
話が一段落したところで、双子の些細な言葉が切っ掛けとなり。
昼休みが終わるまで、俺たちは騒がしくも愉快な時間を過ごしたのだった。