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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
127/201

コゼットと子龍

「ま、マルス先輩?」


 階段を下りようとした時、コゼットが困惑したように俺の名を呼んだ。


「うん? どうかしたか?」

「あ、あの……学院長室に向かうのでは?」


 言われて思い出した。

 学院長室は最上階。

 当然のことだが、階段を下りては辿り着けない。


「……すまん。

 ちょっと惚けてしまった」


 言って俺は踵を返した。

 生徒会室を出て直ぐ、考え事をしていたせいでぼけっとしていたようだ。


「い、いえ」


 申し訳なさそうに顔を伏せるコゼット。

 悪いのは俺なので、そんなに落ち込むことはないのだが。


「ウィンも待ってるだろうし、早く行ってやろうか」

「はい」


 そうして俺達は学院長室に向かった。

 歩きながら、俺はアリシアのことを考えていた。

 逡巡し、何かを言い淀むように口を閉じたアリシアの姿が気になっていたのだ。

 何かを悩んでいるようにも見えたが。

 この学院の実力主義について、彼女は思うところがあるようだった。

 生真面目なアリシアのことだから、自分に与えられた生徒会会長という役目に、頭を悩ませているだけのようにも思えなくはないが……。


「アリシア会長は、何か悩んでいるのでしょうか?」


 俺の後ろを歩いているコゼットが、唐突に口を開いた。

 だがこの少女も、俺と同じくアリシアが何かを思い悩んでいるように見えたようだ。


「何か考えているみたいだったが……」

「わたしに出来る事なら、力になりたいです。

 入学してから今まで、アリシア会長には何度も助けてもらっているので」


(……何度もか)


 生徒会の活動の一環で生徒たちを助けていたと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。

 以前生徒会に誘われた時、学院の秩序を理由に多くの打算を窺わせる発言をしていたが、その裏にある本当の目的はなんなのだろうか?


(……いっそ、想ってることをブチまけてくれたら、よっぽど協力しやすいのにな)


 そんなことを思いながら、階段を上った。


「……うん?」


 最上階の学院長室に着いた時、俺は思わず声を上げていた。

 普段は閉まっている学院長室の扉が、微かに開いていたのだ。


「どうしたんですか?」


 だが、コゼットは何とも思わなかったようで、不思議そうな目で俺を見た。

 少女の肩に乗るプルも、不思議そうに首を傾げて。


「いや、扉が開いてるのが気になってな」

「……学院長室の扉は、いつも開いているんじゃないんですか?」


 自動で開くという意味では、いつも開いているのは間違いないが。


(……俺が気にしすぎなのか?)


 そう思いつつも、扉の中の気配を探ると。


「よ~しよしよし」

「きゅ~」


 聞き覚えのある男の声と、気持ちよさそうな鳴き声が聞こえてきた。

 まるで気配を隠す様子はなく、あまりにも堂々としている。

 これでは警戒していたのがバカらしいな。


「……入るか」

「はい」


 警戒を解き、俺は半端に開いていた扉に手を掛けた。

 学院長室の中には。


「なかなか人懐っこい(ドラゴン)だな」

「きゅ~きゅ~」


 パタパタと飛ぶ子龍の頭を撫でるファルトの姿があった。


「ファルト先輩、何してるんだ?」

「うん?」


 俺が声を掛けると、子龍を撫でていた手を止めて、ファルトが振り向いた。


「お~マルス後輩。

 いつの間に部屋に入ったんだ?」


 飄々とした態度でそんなことを聞いてきたファルトだが。

 こいつは声を掛けられる前に、いや――俺が扉に入る前からこちらの存在に気付いていたのかもしれない。

 一切動揺を見せない姿が、それを物語っているようだった。


「きゅ~!!」


 小動物のような可愛らしい鳴き声を上げて、子龍はヒューンと俺に向かって飛んできた。


「きゅ~きゅ~」


 そして、顔の近くまでパタパタと飛ぶと、自分の顔を俺の頬にスリスリしてきて。


「お~、懐かれてるな」

「あ、あの、ウィンが、ありがとうって言ってます」


 俺にはきゅ~きゅ~と鳴いているようにしか聞こえないが。

 龍の言葉を、コゼットが俺に伝えてくれた。


「もう、魔族なんかに捕まるんじゃないぞ」

「きゅ~!」


 まるで俺の言葉を理解しているみたいに、ウィンは返事をして。

 それからウィンは俺の横を飛んでいき、コゼットに擦り寄っていった。


「今日は遅くなってごめんね」

「きゅ~!」


 心やさしき半森人(ハーフエルフ)の少女と、子龍が心を通わせる様は非常に目を奪われる光景ではあるのだが。


「ちゅちゅちゅちゅう」

「きゅ~!」


 鼠と龍が語りだす様子には、思わず苦笑を浮かべてしまった。


「その鼠は凄いな。

 龍と話せるのか?」

「鼠じゃありません! ハムスターです!」

「そ、そうか……。

 すまなかった」


 激昂するコゼットがファルトを怯ませた。

 学院最強と言われる男を怯ませるとは。


「やるなコゼット」

「え……? ぁ――す、すみません。

 わ、わたし、友達のことになるとつい……」


 先程までの強気な態度が嘘のように、顔を伏せておどおどと身体を震わせるコゼットに。


「いや、おれのほうこそ悪かった。

 大切な友達にいい加減な物言いをされたら怒るのは当然だ」

「……す、すみません」


 申し訳なさそうに頭を下げるコゼットに。

 いつもよりも少しだけ真面目な面持ちで、ファルトは言った。


「ところで、お前らはなんでここに?」


 俺の質問に対する返事を貰っていないのだが。


「ウィンに――その風龍ウィンドドラゴンの子供に会いに来たんだ」

「この龍に?」

「あ、あの、ウィンはマルスさんが助けてくれたので、その……会いに来てあげてくださいと、わたしが……」


 口下手ながら一生懸命に説明をするコゼットに、ファルトは耳を傾けていた。


「この龍はマルスが助けたのか?」

「ああ。

 説明すると長くなるので省くが、今は学院長室で飼われてるんだ」

「おれがここに来たときに、この龍がパタパタ飛んでいて、少しばかり驚いたんだが。

 この龍は……学院長室で飼われているのか……」


 興味深そうにマジマジとウィンを見るファルトだったが、詳しい説明は求めなかった。

 長い説明を聞くのが面倒だと思ったのかもしれない。


「それでファルト先輩。

 先輩はなんで学院長室に?」


 さっき尋ねた疑問を、俺は再び口にした。


「ちょっと、学院長に会いに来たんだがな。

 残念ながら留守みたいだ」


 主のいない空っぽの学院長の席を、ファルトは眺めていた。

 あの学院長なら、俺達がここに訪ねてきたことくらいは把握しているのだろうが。


「魔族への対処で忙しいのかもな」

「さてな……」


 学院長に会いに来たという割には、部屋の主がここに居ないことになど、ファルトはさして興味ないようだった。


「なににしても、学院長は戻ってきそうにないな。

 その子龍が珍しくて、学院長を待つついでに少し構っていたんだが」


 俺たちが部屋に入ってきた時、ファルトはウィンを撫でていた。

 その様子はかなりファルトに懐いているようにも見えたが。


「ウィンは人懐っこいのか?」

「は、はい。

 自分に危害を加える相手かそうじゃないか、なんとなく判断が付いているのかもしれません」


 俺の言葉に、コゼットは答えてくれた。

 確かに万物の王と言われるほど強大な力を秘めた龍族ならば、その子供であっても当然知能は高いのだろう。

 それくらいの判断ができてもおかしくはないか。


「きゅ~~~~!」


 ウィンは元気よく鳴き声を上げ、部屋の中を飛び回った。


「外にも連れていってあげたいですね……」


 飛び回るウィンを悩ましそうに見上げるコゼット。

 だが、これだけ元気に飛び回っている姿を見ると、少しでも外に連れ出してやりたくなる気持ちはわかる。

 だが。


「魔族の件が片付いたら、それもいいかもな」


 少しくらいならとも思うのだが。

 危険が付き纏うのであれば、避けるのが無難だろう。


「そうですよね……」


 寂しそうに微笑みながらも、コゼットは納得したようだった。

 それからコゼットは、飛び回るウィンに手招きをして。


「ウィン、そろそろ行くね。

 また明日、遊びに来るから」


 優しくウィンの頭を撫でた。


「きゅ~……」

「ごめんね」


 気のせいかもしれないが、子龍は悲しそうに鳴いた。

 一人ぼっちでここにいるのが寂しいのかもしれない。


「今度、みんなを連れて遊びに来る。

 だから、そんな寂しそうな顔をするな」

「そうだぞウィン。

 そんな情けない声を出すな。

 今度、おれも友達を連れて遊びに来るぞ」


 俺とファルトの言葉に。


「きゅ~~~~!!」


 今度は嬉しそうな声を上げて。

 学院長室から出て行く俺達を見送るウィンは、少しだけ微笑んでいる気がした。

 勿論、俺には龍の笑顔なんて判断できたわけじゃないのだけど。

 なんとなく、そんな気がしたのだ。


 学院校舎を出ると、すっかり日が沈んでいた。

 まだ真っ暗というわけではないが、俺とファルトはコゼットを女子宿舎まで送り届けた。

 それから二人で男子宿舎に向かい歩いていると。


「なあ、マルス」

「なんだ?」


 ファルトがふと足を止めて。


「夕食を済ませたら、学院のダンジョン探索に付き合わないか?」


 意外ではあったが、折角のファルトからの誘いだ。


「わかった」


 その誘いを、俺は快く受け入れたのだった。

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