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職業無職の俺が冒険者を目指してみた。【書籍版:職業無職の俺が冒険者を目指すワケ。】  作者: スフレ
第一章――冒険者育成機関 『王立ユーピテル学院』
126/201

アリシアとコゼット

 生徒会室の前に着くと。


「き、緊張します……」


 コゼットはガチガチになっていた。


「大丈夫か?」

「は、はい!」


 俺の言葉に気合の入った声音で返事をするも、その表情は硬い。

 だが、このまま扉の前で佇んでいても仕方ないので、俺は扉をノックした。


「どうぞ」


 冷淡な声が扉の中から聞こえて、その返事の後に、俺は扉を開いた。

 部屋の中にはアリシアと。


「にょわ!? ま、マルス君!? 作戦会議中になにっ!? 敵情視察ってわけなのぉ!」


 裏返った声を上げ、俺を警戒するように謎なポーズを取ったリフレの姿が見えた。


「リフレ教官、彼は私が呼んだんです」

「え……そ、そうなのぉ?」


 疑わしい眼差しを向けつつも、リフレは徐々に警戒を解いた。

 そして俺は部屋の中に入り。


「いやぁ~ごめんごめん。

 てっきりラーニアちゃんが送ってきた刺客だと思っちゃったよぉ~」

「刺客とは大袈裟だな」


 俺は思わず苦笑し、軽く部屋を見回した。

 ファルトやネネアは来ていないようだった。

 それから俺に続くように。


「し、失礼します!」


 身を強張らせながら一礼するコゼット。

 振り落とされそうになったプルが、制服の肩布にしっかりと掴まっていた。

 身体を起こすと、ガチガチになりながら一歩足を踏み出し部屋の中に入った。


「悪い、待たせたな」

「いえ、それほど待っていませんから。

 コゼットさんも来られたのですね」

「と、突然申し訳ないです」


 ペコペコと頭を下げるコゼット。


「そんな畏まらないでください。

 何かあれば、気軽に来てくださって構いませんから」


 だがアリシアは、柔和な笑みを浮かべてそんなコゼットを歓迎した。


「あれあれぇ? アリシアちゃんどうしたのぉ?

 珍しくやっさしいじゃ~ん」

「放っておいてください。

 ……彼らと話があるので、リフレ教官は退出してもらってもいいですか?」

「え~!? わたしを追いだすのぉ~!?」


 ぶぅぶぅと不満そうに頬を膨らませるリフレ。

 ピンクの巻髪を振り乱し子供のように不平不満を隠そうともせず。

 その様子はとてもじゃないが、この学院の教官には見えなかった。


(……まさに年齢不詳だな)


 これでラーニアよりも年上というのだから驚きだ。


「私には私の予定があるのです。

 それに、マルス君がいる状況で作戦会議などしたら、

 こちらの戦術がバレバレですがそれでもいいのですか?」

「うぐっ――そ、それはぁ……」


 アリシアの意見に、リフレは大人しくなっていった。

 対戦相手である俺に作戦を知られるのは、流石にマズいと考えたようだ。


「そ、そうだ! マルス君、そっちのチームの作戦を教えてよぉ~。

 マルス君は代表の一人なんでしょ~?」


 テクテクと俺に歩み寄ってきたリフレが、人差し指を俺の胸に当て、くるくると円を書くように動かしてきた。


「リフレ教官……対戦相手に何を聞いてるんですか……」


 呆れ顔のアリシアが溜息を吐いていた。

 そんなアリシアの様子を見て、踵を返したリフレが。


「えへへ。

 も~ただの冗談だよぉ。

 大丈夫、これでも先生は、アリシアちゃんたちのことを信じてるからねぇ」

「そうですか。

 では、一刻も早くご退場をお願いします」

「え~! 冷たい! なになに、先生に内緒で怪しいことするの?」

「怪しいことなどしません。

 ただ、マルス君が委員会を設立したいというので、その相談をするだけです」

「委員会? マルス君が?」


 再び踵を返したリフレが、俺に目を向けて。


「ねえねえ~マルスく~ん。

 委員会の設立に協力してあげるからぁ~、今度の試合でわたしを勝たせて欲しいなぁ~」


 こんな提案をしてきた。

 ニコッと純粋そうな笑みを浮かべるリフレだったが、言っていることは非常に下種い。

 要するにこの尖がり帽子の教官は、わざと負けろと言っているわけで。


「リフレ教官、あなたは先程私達を信じていると言ってましたよね」

「ひっ――」


 冷淡なアリシアの声音に、リフレは背筋をビクッとさせて。


「じょ、冗談だよぉ。

 さ、さ~て、忙しいから、そろそろ戻るねぇ~」


 いそいそと急ぎ足で、リフレは部屋から出て行った。


「全く……」


 と、溜息を吐きつつ、尖がり帽子の教官を見送ったアリシア。


「お待たせしました。

 これでようやく落ち着いて話せます。

 お二人とも、適当に座ってください」


 そう促され、俺とコゼットは椅子に腰を下ろした。


「マルス君、委員会設立の相談をする前に、コゼットさんの用件を確認したいのですが構いませんか?」

「ああ」

「あ、え、えと、そ、その……」


 コゼットも何かアリシアに用事があるようだった。

 だが、用件を問われて何故か戸惑っている。


「もしかして、俺がいると言い辛いことか?」

「い、いえ、そんなことありません。

 あ、あのアリシア会長! こ、この間は、助けていただいてありがとうございました」


 額を机にブツけそうになるくらい、コゼットは深々と頭を下げた。


「この間……? ああ、少し前に狼人ウェアウルフの生徒に襲われていた時のことですか……」


 狼人ウェアウルフの生徒?

 そういえば……休日に森に行った時、コゼットがアリシアに助けてもらったとか言ってたっけ。

 確か。


『一年のBクラスの生徒は生徒会の方にかなり助けられています。

 わたしも狼人の男の人に襲われた時、アリシア会長に助けてもらいました』


 正確には覚えていないが、こんな事を言っていた気がする。


「わざわざその礼を言う為に?」

「あ、は、はい。

 改めて御礼に伺いたいと思っていたんですけど、

 一人で生徒会に行く勇気もなくて……」


 気弱で人見知りなコゼットのことだ。

 上級生に会いに行くというだけで、相当勇気がいるのかもしれない。


(……だから、俺に付いてきたのか)


 他のヤツらよりは、多少親しいと思ってくれているのかもしれない。


「こ、こんなことで、お時間を取ってしまって……その」

「いえ、ありがとうございますコゼットさん。

 ですが、私は生徒会の長として当然のことをしただけです。

 感謝されるようなことではありません」


 そんなことを言っているアリシアだが。


「嬉しそうだな?」

「っ!? ――べ、別に私は嬉しくなど……!」

「す、すみません……」

「ぁ、い、いえ、コゼットさんの気持ちは嬉しくはあるのですが」


 思ったことを言っただけなのだが、アリシアをどぎまぎさせてしまったようだ。


「と、とにかく、また何かあれば、いつでも気軽に相談にきてください」

「は、はい。

 あ、ありがとうございます、アリシア会長」


 照れているのか、アリシアは頬を赤くしていた。

 普段は冷静なアリシアの様子に、コゼットは戸惑いつつも感謝の言葉を述べて。


「多くの生徒が目標を掲げこの学院に入ってきた以上、必ずその目標を叶えて――いえ、一歩でも近付いて卒業を迎えるべきですからね」


 そんな言葉を最後に、この話を締め括った。


「コゼットさんは、この後どうしますか?

 私とマルス君は委員会設立に向けて相談をするのですが?」

「あ、え、えと……よ、よければ、わたしもここに居ていいでしょうか?」


 コゼットが俺に確認を取ってきた。

 お願いします。という意志がその双眸から感じ取れて。


「構わないぞ」

「あ、ありがとうございます!」

「コゼットさんも、マルス君の委員会コミュニティに所属するつもりですか?」

「え――あ、えと、きょ、興味はあるので……」

「あなたは、薬学の委員会コミュニティに入るべきだと思いますが」

「え――あ、そ、そうでしょうか?」

「この学院の生徒の中でも、あなたの薬学に対する知識はかなり高い位置にある。

 実際、あなたは薬学の授業を学ぶ為にこの学院に入ったのでしょ?」


 入学してそれほど経っているわけでもないのに、アリシアはコゼットのことを良く知ってるようだ。


「良くそこまで把握してるな」

「……学院の生徒のことは、ある程度頭に入れてあります。

 コゼットさんのような優秀な生徒なら尚更です」


 俺は、その言葉に少し疑問を覚えた。


「わ、わたしは優秀などでは……Bクラスですし……」


 そうだ。

 AクラスとBクラス。

 成績で分けられた確かな実力差。

 にも関わらず、Bクラスの生徒であるコゼットを優秀だというアリシアの言葉に、俺は違和感を覚えたのだ。


「実力主義のこの学院では、戦闘力の高さが成績に大きく影響しますし、

 冒険者という職業を目指す以上、戦闘力が高いことに越したことはありません。

 ですが、戦闘力が低くても優秀な生徒はいます」


 その瞳はどこまで直向ひたむきで、自分の想いを信じているようで。


「コゼットさんであれば、誰にも負けない薬学の知識と、調合の技術があります」

「……アリシア会長」

「学院の規定で能力を判断されるのは仕方ありません。

 ですが、折角この学院に入ったのであれば、多くの生徒がその才能を咲かせることを私は望みます」


 優秀の基準。

 学院の規定で決められた一面を見るのではなく、それ以外の面も踏まえれば、今よりも多くの生徒を優秀と捉えることは可能ではあるが。


「実力主義のこの学院じゃ、戦闘力以外の面を踏まえろってのは難しい話じゃないか?」

「だとしても、私が生徒会の長としてこの学院の秩序を管理できるうちは、私は私の理念でこの学院の生徒を守りたいのです。

 才能のある生徒たちの為に」


 完全実力主義。

 冒険者に最も必要は者は、どんな状況でも生き抜く為の力だ。

 そう考えれば、この学院の考えは決して間違ったものではないと俺は思う。

 なのに、アリシアはどうしてそんなに。


「随分、拘るんだな」

「……独善的で恣意的な発言に思われるでしょうね。

 いえ……実際そうに違いありません」


 アリシアは俺から視線を外した。

 その様は何かを悩んでいるようにも見えて。


「余談が長くなりましたね、申し訳ありません。

 そろそろ、委員会コミュニティの話に――」

「なあアリシア先輩、聞かせてくれないか?」


 興味を持った。

 アリシアがどんな理念で行動をしているのか。

 知りたいと思った。


「どうして、生徒を守ろうとするのか。

 そんな風に考えるようになったのか」


 いい機会だと思った。

 これから委員会コミュニティを設立すれば、アリシアとの関わり合いも増えるのだ。

 なら。


「俺に教えてくれないか?」


 自分が卒業した後の学院のことまで気に止めるアリシア。

 その理由はなんなのか?

 きっと、彼女のしようとしていることは悪いことはないはずで。


「そうですね……機会があれば……。

 もう日も暮れてしまいますし、今は委員会設立に向けての話をしましょう」


 アリシアの口からその理由が話されることはなかった。


 再び俺達に視線を向けたアリシア。

 その瞳には複雑な色が灯っていて。

 機会があればと言ったが、その機会はいつか訪れるのだろうか?

 どちらにしても、今はまだ話すことではないと。アリシアはそう判断したようだ。

 いや、話すほど信頼されていない。ということなのかもしれない。


 それから彼女は、自分の机から一枚の羊皮紙を取り出した。


「これは委員会設立の許諾を求める為の書類です。

 必要事項はある程度記入しておきました。

 一度目を通してください。

 マルス君自身の記入が必要な部分もありますから、それはご自分で記入してくださいね」


 淡々と作業的に説明をされた後。


「書類の書き方は以上です。

 書き終わり次第、一度私にも見せてください。

 問題がないようなら、恐らく委員会の設立を認めてもらえると思いますので」

「わかった」


 アリシアの言葉に俺は首肯し。

 話を終えた俺達は、生徒会を後にするのだった。

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