アリシアとコゼット
生徒会室の前に着くと。
「き、緊張します……」
コゼットはガチガチになっていた。
「大丈夫か?」
「は、はい!」
俺の言葉に気合の入った声音で返事をするも、その表情は硬い。
だが、このまま扉の前で佇んでいても仕方ないので、俺は扉をノックした。
「どうぞ」
冷淡な声が扉の中から聞こえて、その返事の後に、俺は扉を開いた。
部屋の中にはアリシアと。
「にょわ!? ま、マルス君!? 作戦会議中になにっ!? 敵情視察ってわけなのぉ!」
裏返った声を上げ、俺を警戒するように謎なポーズを取ったリフレの姿が見えた。
「リフレ教官、彼は私が呼んだんです」
「え……そ、そうなのぉ?」
疑わしい眼差しを向けつつも、リフレは徐々に警戒を解いた。
そして俺は部屋の中に入り。
「いやぁ~ごめんごめん。
てっきりラーニアちゃんが送ってきた刺客だと思っちゃったよぉ~」
「刺客とは大袈裟だな」
俺は思わず苦笑し、軽く部屋を見回した。
ファルトやネネアは来ていないようだった。
それから俺に続くように。
「し、失礼します!」
身を強張らせながら一礼するコゼット。
振り落とされそうになったプルが、制服の肩布にしっかりと掴まっていた。
身体を起こすと、ガチガチになりながら一歩足を踏み出し部屋の中に入った。
「悪い、待たせたな」
「いえ、それほど待っていませんから。
コゼットさんも来られたのですね」
「と、突然申し訳ないです」
ペコペコと頭を下げるコゼット。
「そんな畏まらないでください。
何かあれば、気軽に来てくださって構いませんから」
だがアリシアは、柔和な笑みを浮かべてそんなコゼットを歓迎した。
「あれあれぇ? アリシアちゃんどうしたのぉ?
珍しくやっさしいじゃ~ん」
「放っておいてください。
……彼らと話があるので、リフレ教官は退出してもらってもいいですか?」
「え~!? わたしを追いだすのぉ~!?」
ぶぅぶぅと不満そうに頬を膨らませるリフレ。
ピンクの巻髪を振り乱し子供のように不平不満を隠そうともせず。
その様子はとてもじゃないが、この学院の教官には見えなかった。
(……まさに年齢不詳だな)
これでラーニアよりも年上というのだから驚きだ。
「私には私の予定があるのです。
それに、マルス君がいる状況で作戦会議などしたら、
こちらの戦術がバレバレですがそれでもいいのですか?」
「うぐっ――そ、それはぁ……」
アリシアの意見に、リフレは大人しくなっていった。
対戦相手である俺に作戦を知られるのは、流石にマズいと考えたようだ。
「そ、そうだ! マルス君、そっちのチームの作戦を教えてよぉ~。
マルス君は代表の一人なんでしょ~?」
テクテクと俺に歩み寄ってきたリフレが、人差し指を俺の胸に当て、くるくると円を書くように動かしてきた。
「リフレ教官……対戦相手に何を聞いてるんですか……」
呆れ顔のアリシアが溜息を吐いていた。
そんなアリシアの様子を見て、踵を返したリフレが。
「えへへ。
も~ただの冗談だよぉ。
大丈夫、これでも先生は、アリシアちゃんたちのことを信じてるからねぇ」
「そうですか。
では、一刻も早くご退場をお願いします」
「え~! 冷たい! なになに、先生に内緒で怪しいことするの?」
「怪しいことなどしません。
ただ、マルス君が委員会を設立したいというので、その相談をするだけです」
「委員会? マルス君が?」
再び踵を返したリフレが、俺に目を向けて。
「ねえねえ~マルスく~ん。
委員会の設立に協力してあげるからぁ~、今度の試合でわたしを勝たせて欲しいなぁ~」
こんな提案をしてきた。
ニコッと純粋そうな笑みを浮かべるリフレだったが、言っていることは非常に下種い。
要するにこの尖がり帽子の教官は、わざと負けろと言っているわけで。
「リフレ教官、あなたは先程私達を信じていると言ってましたよね」
「ひっ――」
冷淡なアリシアの声音に、リフレは背筋をビクッとさせて。
「じょ、冗談だよぉ。
さ、さ~て、忙しいから、そろそろ戻るねぇ~」
いそいそと急ぎ足で、リフレは部屋から出て行った。
「全く……」
と、溜息を吐きつつ、尖がり帽子の教官を見送ったアリシア。
「お待たせしました。
これでようやく落ち着いて話せます。
お二人とも、適当に座ってください」
そう促され、俺とコゼットは椅子に腰を下ろした。
「マルス君、委員会設立の相談をする前に、コゼットさんの用件を確認したいのですが構いませんか?」
「ああ」
「あ、え、えと、そ、その……」
コゼットも何かアリシアに用事があるようだった。
だが、用件を問われて何故か戸惑っている。
「もしかして、俺がいると言い辛いことか?」
「い、いえ、そんなことありません。
あ、あのアリシア会長! こ、この間は、助けていただいてありがとうございました」
額を机にブツけそうになるくらい、コゼットは深々と頭を下げた。
「この間……? ああ、少し前に狼人の生徒に襲われていた時のことですか……」
狼人の生徒?
そういえば……休日に森に行った時、コゼットがアリシアに助けてもらったとか言ってたっけ。
確か。
『一年のBクラスの生徒は生徒会の方にかなり助けられています。
わたしも狼人の男の人に襲われた時、アリシア会長に助けてもらいました』
正確には覚えていないが、こんな事を言っていた気がする。
「わざわざその礼を言う為に?」
「あ、は、はい。
改めて御礼に伺いたいと思っていたんですけど、
一人で生徒会に行く勇気もなくて……」
気弱で人見知りなコゼットのことだ。
上級生に会いに行くというだけで、相当勇気がいるのかもしれない。
(……だから、俺に付いてきたのか)
他のヤツらよりは、多少親しいと思ってくれているのかもしれない。
「こ、こんなことで、お時間を取ってしまって……その」
「いえ、ありがとうございますコゼットさん。
ですが、私は生徒会の長として当然のことをしただけです。
感謝されるようなことではありません」
そんなことを言っているアリシアだが。
「嬉しそうだな?」
「っ!? ――べ、別に私は嬉しくなど……!」
「す、すみません……」
「ぁ、い、いえ、コゼットさんの気持ちは嬉しくはあるのですが」
思ったことを言っただけなのだが、アリシアをどぎまぎさせてしまったようだ。
「と、とにかく、また何かあれば、いつでも気軽に相談にきてください」
「は、はい。
あ、ありがとうございます、アリシア会長」
照れているのか、アリシアは頬を赤くしていた。
普段は冷静なアリシアの様子に、コゼットは戸惑いつつも感謝の言葉を述べて。
「多くの生徒が目標を掲げこの学院に入ってきた以上、必ずその目標を叶えて――いえ、一歩でも近付いて卒業を迎えるべきですからね」
そんな言葉を最後に、この話を締め括った。
「コゼットさんは、この後どうしますか?
私とマルス君は委員会設立に向けて相談をするのですが?」
「あ、え、えと……よ、よければ、わたしもここに居ていいでしょうか?」
コゼットが俺に確認を取ってきた。
お願いします。という意志がその双眸から感じ取れて。
「構わないぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「コゼットさんも、マルス君の委員会に所属するつもりですか?」
「え――あ、えと、きょ、興味はあるので……」
「あなたは、薬学の委員会に入るべきだと思いますが」
「え――あ、そ、そうでしょうか?」
「この学院の生徒の中でも、あなたの薬学に対する知識はかなり高い位置にある。
実際、あなたは薬学の授業を学ぶ為にこの学院に入ったのでしょ?」
入学してそれほど経っているわけでもないのに、アリシアはコゼットのことを良く知ってるようだ。
「良くそこまで把握してるな」
「……学院の生徒のことは、ある程度頭に入れてあります。
コゼットさんのような優秀な生徒なら尚更です」
俺は、その言葉に少し疑問を覚えた。
「わ、わたしは優秀などでは……Bクラスですし……」
そうだ。
AクラスとBクラス。
成績で分けられた確かな実力差。
にも関わらず、Bクラスの生徒であるコゼットを優秀だというアリシアの言葉に、俺は違和感を覚えたのだ。
「実力主義のこの学院では、戦闘力の高さが成績に大きく影響しますし、
冒険者という職業を目指す以上、戦闘力が高いことに越したことはありません。
ですが、戦闘力が低くても優秀な生徒はいます」
その瞳はどこまで直向で、自分の想いを信じているようで。
「コゼットさんであれば、誰にも負けない薬学の知識と、調合の技術があります」
「……アリシア会長」
「学院の規定で能力を判断されるのは仕方ありません。
ですが、折角この学院に入ったのであれば、多くの生徒がその才能を咲かせることを私は望みます」
優秀の基準。
学院の規定で決められた一面を見るのではなく、それ以外の面も踏まえれば、今よりも多くの生徒を優秀と捉えることは可能ではあるが。
「実力主義のこの学院じゃ、戦闘力以外の面を踏まえろってのは難しい話じゃないか?」
「だとしても、私が生徒会の長としてこの学院の秩序を管理できるうちは、私は私の理念でこの学院の生徒を守りたいのです。
才能のある生徒たちの為に」
完全実力主義。
冒険者に最も必要は者は、どんな状況でも生き抜く為の力だ。
そう考えれば、この学院の考えは決して間違ったものではないと俺は思う。
なのに、アリシアはどうしてそんなに。
「随分、拘るんだな」
「……独善的で恣意的な発言に思われるでしょうね。
いえ……実際そうに違いありません」
アリシアは俺から視線を外した。
その様は何かを悩んでいるようにも見えて。
「余談が長くなりましたね、申し訳ありません。
そろそろ、委員会の話に――」
「なあアリシア先輩、聞かせてくれないか?」
興味を持った。
アリシアがどんな理念で行動をしているのか。
知りたいと思った。
「どうして、生徒を守ろうとするのか。
そんな風に考えるようになったのか」
いい機会だと思った。
これから委員会を設立すれば、アリシアとの関わり合いも増えるのだ。
なら。
「俺に教えてくれないか?」
自分が卒業した後の学院のことまで気に止めるアリシア。
その理由はなんなのか?
きっと、彼女のしようとしていることは悪いことはないはずで。
「そうですね……機会があれば……。
もう日も暮れてしまいますし、今は委員会設立に向けての話をしましょう」
アリシアの口からその理由が話されることはなかった。
再び俺達に視線を向けたアリシア。
その瞳には複雑な色が灯っていて。
機会があればと言ったが、その機会はいつか訪れるのだろうか?
どちらにしても、今はまだ話すことではないと。アリシアはそう判断したようだ。
いや、話すほど信頼されていない。ということなのかもしれない。
それから彼女は、自分の机から一枚の羊皮紙を取り出した。
「これは委員会設立の許諾を求める為の書類です。
必要事項はある程度記入しておきました。
一度目を通してください。
マルス君自身の記入が必要な部分もありますから、それはご自分で記入してくださいね」
淡々と作業的に説明をされた後。
「書類の書き方は以上です。
書き終わり次第、一度私にも見せてください。
問題がないようなら、恐らく委員会の設立を認めてもらえると思いますので」
「わかった」
アリシアの言葉に俺は首肯し。
話を終えた俺達は、生徒会を後にするのだった。