午後の授業②
「ファルトの持つ転移系の技能は、
競技形式――特に死旗との相性は凄まじくいいわよ。
旗のポイントが把握できていれば、一瞬で飛べるわけだからね」
ラーニアの説明を聞きながら、俺はファルトの能力について考えていた。
まるで目の前から消え去ったように、刹那の時で移動するファルトの姿が思い浮かんだ。
「それに厄介なのはファルトだけじゃないわ。
アリシアとネネアもかなり面倒な相手よ?」
「アリシア会長はともかく、あのおバカ猫先輩がですか?」
ラフィは訝しむような視線をラーニアに向けた。
そんなラフィを真っ直ぐ見つめ。
「ネネアの技能も死旗と相性がいいのよ。
あいつは自分の姿を消すことができる。
乱戦になった際に強みを発揮するわ」
目に見えない以上は気配で動向を探るしかない。
生徒会で襲われた時は怒りも殺気もむき出しだったネネアだが、この競技は相手を倒すことを前提とした競技ではない。
となれば、簡単に相手を発見できるとは限らないのだ。
「ですがラーニア教官。
以前、マルスさんはあのバカ猫が不意打ちをしてきた時、一瞬で倒してしまったんですよ!
今回も、マルスさんが入れば余裕の勝利に違いありません!」
自分の事のように誇らしく胸を張り、ラフィが「そうですよね」と語りかけてきた。
ネネアを倒したことも、俺自身が勝つつもりでいることも事実だが。
「兎女、お前はちょっと楽観し過ぎだ」
そんなラフィの発言に釘を刺したのは、意外にもセイルだった。
「ラフィが楽観? 狼男こそ、マルスさんの実力を正しく把握していないのではないですか?」
「んなもんはオレだって理解してるっての。
だがな兎女、これは実戦じゃねえんだよ」
「? 実戦だろうと競技だろうと、実力差が埋まるものではないでしょ?」
セイルの言葉を疑問に感じたかのか、ラフィは質問を返した。
「ラフィさん、それは違うよ」
ラフィの言葉に答えたのはエリーだった。
それから、見るものを惹きつける美しい銀の瞳が俺に向いた。
「実戦じゃなくて競技の場合、マルスには色々とハンデがあるんだよ」
「ハンデ……?」
ラフィは不思議そうに首を傾げると、真っ白い兎耳がダラリと宙に垂れた。
「午前の訓練で、違和感を感じたんだ。
どうして私たちがマルスと戦えているんだろうって。
きっと、セイルも同じ事を思ったんじゃないかな?」
エリーの言葉に、セイルは黙って頷いた。
「実際、実戦なら全員でまとめて掛かっても一瞬でやられてしまう。
それほどまでに実力差があったにも関わらず、競技ではある程度は試合になっていた」
「競技ではマルスさんにハンデがあったと?」
言われてエリーは首肯し。
「マルスも、戦いにくかったんじゃない?」
「……そうだな。
致死性の攻撃が禁止な上に、あれだけの数が一斉に来ると、
手加減が難しかったのは事実だ」
どの程度の攻撃なら致死性――相手を殺さずに済むのか。
そんなことを考えていたせいで、自分の中で力をセーブする為のリミッターのようなものをかけてしまった。
「……なるほど。
競技のルールに縛られた状況では、マルスさんは力を発揮できない。
だからハンデというわけなのですね」
「うん」
ラフィの言葉をエリーは肯定した。
「強過ぎるってのは、ルールのある試合では弱点にもなるのよね。
こんなハンデがある中で、ファルトと対峙しながら、
姿を消して旗を狙うネネアの対処しないといけないんだから、楽ではないわよ。
とはいっても、マルスなら十分二人を抑えられるわ」
はっきりと断言したラーニアだったが、その割には厳しい表情を崩さない。
そんなラーニアに、俺達は視線を集中させると。
「問題はアリシアの防御を突破できるかよ。
去年の学院対抗戦を見ていた者なら記憶に残ってるでしょうけど、アリシアは昨年の死旗で、全ての試合の防衛を一人で担当している。
そして、一本の旗も奪われていない」
「一本もか?」
「ええ。たった一人で、旗を完璧に守りきったってわけ」
各学院の代表が選ばれている以上、それなりの手練れもいたはずだ。
にも関わらず、圧倒的差で勝利を収めているのか?
(……何か切り札でも持っていたのか?)
考えを巡らせていると。
「アリシア会長は、精霊に旗を守らせたんだよ」
まるで俺の考えを見透かしたように、エリーが疑問に答えてくれた。
「……そうか。
精霊魔術か」
森人であるアリシアなら、精霊と契約しているのは自然なことだ。
半森人のコゼットが、下級精霊と契約を結んでいたことを考えれば、純粋な森人のアリシアなら、中級精霊と契約を結んでいてもおかしくない。
「森人であるアリシア会長は精霊魔術を得意としている。
競技は四対四で行なわれるけど、精霊魔術や召喚魔術を行使し、精霊や魔物を使役するのは自由だから」
「ラフィも、去年の学院対抗戦を見学していましたが、
アリシア会長はたった一人で多くの精霊を召喚していました」
なるほど。
アリシアが一人居れば物量に任せた防衛ができるわけか。
「だからこそ、あんたたちには物量と戦ってもらう必要があるわけ。
エリシャとセイルはマルスの力を借りずに敵陣地の防衛を突破して、旗を一秒でも早く回収すること」
エリーとセイルは、出された指示に頷いた。
なぜクラスの生徒全員と訓練させるのかと疑問に思っていたが、我らが教官は思っていた以上にしっかりと三年生チームの対策を考えているようだ。
「マルスは旗を守ること。
一本もやるんじゃないわよ。
それと、何度も言うけど致死性の攻撃は絶対にしないこと」
「わかった」
ラーニアの言葉に、これは実戦ではなく競技だということを改めて認識した。
だが実戦だろうと試合だろうと、やるからには必ず勝つ。
俺は心の中でそんな決意を固めた。
「そしてラフィ。
あんたはこのチームの切り札。
精神系統の魔術は、攻撃にも防御にも使える。
正直、この試合の勝敗は、あんたがどれだけうまくやってくれるかだと思ってるわ」
ラフィはかなり期待されているようだ。
だが今の口振りだと、ラーニアもラフィの能力については詳しく把握しているわけではなさそうだ。
女性に対して発動可能な支配の技能を魔術と勘違いしているらしい。
(……まあ、ラフィの能力が強力だということに変わりはないか)
なにせ、支配の技能をアリシアに対して発動すれば、俺達の勝ちは確定なのだから。
「やれるだけのことはやってみます。
ラフィが足を引っ張ったせいで、マルスさんの歴史に敗北の文字を刻むわけにはいきませんからね」
ラフィが真剣な声音で答えて。
こうして攻撃、防御、補助と俺達四人は役割を決めて、午後の訓練を開始した。
だが、四十人以上からなる相手チームの防御を、エリーとセイルは突破することができないまま、本日の授業は終わりを迎えたのだった。