午後の授業①
玄関口から校庭に出て、俺たちは噴水まで移動した。
噴水の前には、既に旗が複数置かれていた。
もしかしたら、午前の授業で使った旗を片付けていないのかもしれない。
クラスの全生徒が揃い、少し遅れてラーニアが到着すると。
「午後は試合を想定した訓練をするわ。
旗は四本先取に変更」
噴水を背に仁王立ちするラーニアが指示を出した。
「それとチームは、代表選手四人 対 補欠選手込みのAクラスの全生徒で別れてもらうわ」
「ぜ、全生徒ですか? 四十人以上いますけど?」
無茶苦茶な教官に、疑問を呈したのはノノノだった。
人数差で考えれば、絶望的戦力差だとも言えなくないが。
「何か問題あるの?」
ラーニアは首を傾げ平然と聞き返していた。
「あ、あまりにも人数差があり過ぎませんか?」
「そう? 本当はもっと欲しいくらいよ?」
「も、もっとですか!?」
ノノノが驚愕の声を上げたが、流石に他の生徒の顔にも戸惑いの色が滲んでいた。
「去年の学院対抗戦はあんたたちも見てるでしょ?
ま、とにかくあんたたちは全力で代表選手から旗を奪うことだけ考えなさい。
もし一度でも勝てたなら、個人の成績に応じてあたしが叶えられる範囲で報酬をあげるわ」
午前の授業と同様に、ラーニアは生徒たちを物で釣った。
報酬という言葉に、生徒たちはゴクリと喉を鳴らし、瞳を輝かせている。
そんなクラスメイトの様相に、過去の自分を思い出した。
俺も、師匠から糧を得る条件に、無理難題に挑まされたことがあったが。
成果に対して報酬を得るという仕組みは、どんな場所でも有効のようだ。
その証拠に。
「ご主人様とデート」
「一日中甘えたい」
そわそわと落ち着かない子供のように、双子の闇森人はラーニアに尋ねた。
まるで、その条件が受け入れられるならば本気を出すと言わんばかりだったのだが。
「許可するわ」
「「絶対勝つ」」
ラーニアが了承すると、双子は声を揃えて顔を見合わせ手を合わせ、お互い意思確認するみたいにコクリと頷いた。
俺のことなのに勝手に決められているが、文句を言っても無駄だろう。
それに、負けなければいいだけの話だ。
「懲りもせず、またあの闇森人はラフィのマルスさんに手を出すつもりのようですね」
怒声を発するかと思ったが、ラフィは意外と冷静だった。
「ふふ……ラフィとマルスさんの愛の力の前に、平伏させてみせるのです」
冷静かと思ったが、全然冷静ではなかった。
不敵な笑みで、ぶわっと黒い怨念のようなものを発している。ように見えた気がして。
「ラフィ、お前怒ってるのか?」
「いえ、ラフィがそんな短気に見えますかマルスさん?」
にこやかに微笑み、ラフィが俺に寄り添った。
そう言った彼女は、いつもの可愛らしいラフィに戻っていたのだが。
「ただ、正妻が誰なのかをしっかり教えてあげようと思っただけなのです」
再びドス黒いオーラが漏れた気がしたのは、きっと気のせいだろう。
「他に質問は?」
周囲を見回しながら問うラーニアに。
「ラーニア教官のその豊満なおぱい様に顔を埋めて眠るというご褒美はありですか?」
「そんなエロ方面も有りなのか?」
「だったらオレも!」
ただ悪ノリをしていただけだったのだろう。
しかし。
「いいわよ」
「「「マジかああああああああああああああああああああああ!!!???」」」
まさかの発言に生徒たちは熱狂した。
「二度と目が覚めなくていいのならね」
死神の訪れを感じさせるラーニアの笑みに。
「……すみませんでしたああああああああああああああああああ!!!!!」
男子生徒たちが、その場で地に膝を突き、頭を擦り付けるように下げぶるぶると身を震わせた。
「……ったく、他に質問がないなら、代表選手以外は試合の準備に入りなさい」
「「「はい!!!」」」
とんでもない勢いで男子生徒たちが逃げ去っていった。
経緯を見なければ気合に満ち溢れた生徒たちだが、これでは恐怖で逃走した敗残兵のようだった。
「最低よね」
「ああいう男とは絶対付き合いたくない」
「同意同意、ありえないよね」
女子生徒たちが呆れるように口にして、軽蔑の眼差しを送っていた。
既にチームワークに乱れが発生しているようだ。
(……敵の戦力が多い場合、内部から瓦解させるのは有効な手段だな)
こんなどうしようもないやり取りでも、学ぶことがあると知った瞬間だった。
その後、相手チームは白旗を持って、正門側に移動していった。
ツェルミンはまだショックを受けているようで、ノノノに引っ張られながらのそのそと歩いている。
そんな二人の様子を見ている俺に。
「ご主人様、行ってくる」
「勝ったらご褒美はナデナデ」
それだけ言って、双子はチームメイトの背を追いかけた。
この場に残ったのは、教官であるラーニアを除けば選手に選ばれた四人だけだ。
「で、あんたたち四人はこの物量とやり合ってもらうわけだけど、
正直な話、アリシアやファルトと戦うことを考えると、
この人数じゃ訓練にならないくらいなのよ」
ラーニアは重々しく口を開いた。
だが、エリーとセイル、それにラフィは同意するように頷いて。
「去年の学院対抗戦は、私たちも見ていますから」
エリーがそんなことを言った。
「何かあったのか?」
「何かあったってわけじゃないんだけど」
伺うようにエリーの双眸がラーニアに向いて。
「去年の学院対抗戦ーー死旗で優勝したのはウチの学院なの」
ラーニアの真剣な眼差しが俺に向き。
「基本的に、学院対抗戦の代表には三年生が選ばれるのだけど、
死旗の代表選手は、三年を押しのけて三人の二年生が選手に選ばれたの。
その三人が、アリシア、ネネア、そしてファルトってわけ」
つまりそれは。
「俺たちが相手にするのは、この競技において最強の敵ってわけだ」
「そういうこと」
苦笑したラーニア。
軽く勝てる相手ではないと、その表情は語っていた。