委員会設立の相談①
部屋の中を見回したのだが、アリシアの姿はない。
「アリシア先輩はいないのか?」
ネネアを弄ぶファルトに俺が尋ねると。
「ああ、少し前に飯に行ったんだ。
そろそろ戻って来る頃だと思うぞ」
手に持った雑草を右に左に動かしながら、ファルトは俺の質問に答えてくれた。
「くっ……や、やめられにゃいにゃ! にゃ! にゃ!」
鳴き声を上げながら一生懸命に雑草の動きを追うネネア。
猫人族の本能なのだろうか?
恥ずかしそうに顔を赤くしているのに、右に左に手を動かし、一生懸命に獲物を捕らえようと奮闘している。
「ま、マルス……ダメだ。
オレはもう堪えられねえ!
部屋の外にいるから、話が済んだら出てきてくれ」
苦悶の表情を浮かべたセイルが部屋から出ようとした時だった。
「……またやっているのですか?」
開いたままだった扉から、アリシアが入ってきた。
訝しむようにじと~っとファルトとネネアを見ている。
「おう、アリシア。戻ってきたか」
アリシアの声に、ファルトが振り向いた。
その隙にネネアが。
「隙ありにゃ!」
ファルトが手に持つ雑草を奪おうと飛び掛かったのだけど。
「甘い」
ネネアの突進をかわし、ファルトは腕を振り上げた。
だが――。
「あ……」
勢い余ったようで、手に持っていた雑草がファルトの手から離れ。
「にゃああああああ!」
ここぞとばかりにネネアは跳びはねた。
雑草は弧を描きながら、セイルの顔の辺りにまで飛んでいって。
「うおっ!?」
「にゃうん!?」
セイルとネネアが激突し、床に倒れ伏せた。
しかし、そこまでして雑草を追いかけた成果は出たようで、ネネアの手にはしっかりと雑草が握られていた。
「よっしゃあああ! やったにゃ! やっと奪ってやったにゃ! うにゃああああ!!」
尋常じゃないくらい喜んで、ガッツポーズまでするネネアが勝利の咆哮を上げた。
そんなネネアに押し倒されたセイルは、銅像にでもなったのではというくらいに固まっていた。
無我の境地とでもいえばいいだろうか?
一切動かず余計なことは何も考えずただ無表情だ。
ふと、ガッツポーズしていたネネアと、無表情のセイルの視線が交差した。
すると、ネネアの身体はプルプルと震えだし。
「っ!? ――て、テメー、セイル! よ、良くもあたしのあられもない姿を見やがったにゃ!?」
「み、見てないっす。
ネネア先輩が獣人の本能に負けてにゃんにゃん言ってたところな――」
「見てんじゃにゃいか!!」
「うぼっ!?」
セイルの頭頂部にネネアの猫パンチがヒット。
ガクンと身体をふらつかせたセイルは、そのまま床にバタンと倒れた。
「ふぅ……乙女の秘密を堂々と見るにゃんて、この後輩は獣人の風上にもおけんにゃ」
一見、理不尽な暴力を奮われたような気がしなくもないが、獣人たちには獣人たちの価値観があるのかもしれない。
「ひどいなネネア。
後輩を苛めるなよ」
「それはうちのセリフにゃ!
ファルト、テンメーいつもいつも、うちで遊びやがって!
もう許せないにゃ! 許してやんにゃいにゃ!」
「なんだ? 怒ってるのか?」
「怒ってんにきまってんだ――にゃ!?」
驚愕の声を上げたネネア。
それがなぜかと言うと。
「ほら、これが何かわかるよなネネア?」
「にゃ……にゃあ……!」
いつの間にか、ファルトの手にはもう一本。
犬の尻尾を模したようなあの雑草が握られていたのだ。
「う、嘘だろ? 嘘だと言ってくれにゃ……」
「ほらほら」
ファルトがその場にしゃがみ、再び雑草をペシペシ振ると。
「にゃ!」
先程の再現が始まった。
パシ! パシ! パシン!
ペシ! ペシ! ペシン!
「うにゃ~、ダメにゃ、この誘惑には勝てないにゃ……!」
「ふっ、猫人破れたりだな……」
じゃれつくネネアと、それをからかうファルト。
(……仲がいいな)
二人の様子を見ていて、そんなことを思っていると。
「ところでマルス君、何か用ですか?」
二人を特に止めようともしないアリシアが、俺に声を掛けてきた。
「ああ、報告と、ちょっとした相談があってな」
「報告と相談?」
眼鏡の奥の瞳が細められた。
訝しむようにじと~っと俺に目を向けるアリシアに。
「その前に、あいつらを止めなくていいのか?」
「ファルトとネネアはいつもあの調子だから、気にしないでください」
なるほど。
いつもあの調子なら、確かに止める必要はないだろう。
「それで、まず報告から聞かせてもらっても?」
その言葉に俺は首肯した。
「報告は二つ。
まず一つだが、やはり俺は生徒会には入れない」
「……理由は?」
「それは報告の二つ目に関係することなんだが。
俺は、自分で委員会を作りたいと思ってる」
自分の中での決定事項をアリシアに伝えた。
すると。
「委員会を? それは何の為に?」
アリシアの瞳が鈍く光った。
それは明らかな疑いの眼差しだ。
何をするつもりだ? と問いたいのだろう。
「友達と一緒にいられる場所が欲しいんだ」
「え……?」
俺の言葉が意外だったのか、アリシアはきょとんとした顔を見せた。
「おかしいか?」
「……い、いえ。
おかしいというわけではありません。
そうでしたね……。あなたは、友達を作る為にこの学院に入ると言っていましたっけ」
どうやらアリシアは、前に生徒会室でした話を覚えていてくれたようだ。
「ああ。
少しずつだけど、俺にも友達が増えてきた。
そいつらと一緒に、もっと色々なことをしたい。
もっと仲良くなりたい。
その為に、委員会を作りたい。
こんな動機じゃ、委員会の設立は認められないか?」
どうしたら委員会の設立を認めてもらえるのか。
その辺りの相談もしたいのだが
「……なるほど。
委員会の設立の為の相談をしにきたというわけですか」
「……ダメか?」
アリシアに相談を受けてもらえないなら、ラーニア辺りに相談するしかないが。
(……今はリフレの件で機嫌も悪そうだしなぁ)
ガミガミと関係ないことで説教されかねない。
だからこそ、今はアリシアに頼りたいのだが。
「そんなことはありません。
生徒たちの相談を受けることは、生徒会会長として当然のことです」
アリシアは当然のように、相談を受けることを当然だと言ってくれた。
なんて頼りになるのだろうか。
他者の為に当然のように何かできるというのは、それだけで凄いことではないだろうか?
生真面目過ぎるだとか、頭が固いところがあるだとか思ったこともあったが。
頼ってみれば、これほど心強い生徒はいない。
「アリシア先輩、ありがとな!」
俺は彼女の手を握り、ぶんぶんと振った。
するとアリシアの頬に紅が差し。
「じょ、女性の手を、き、気軽に触ってはいけません」
「そうなのか?」
「そうなのです!」
強い語調で断言された。
どうやら不機嫌にさせてしまったようだ。
「それは、すまなかった」
「ぁ……い、いえ、こちらこそすみません。
その……親しくなるまでは、あまりそういうことはしないほうが宜しいかと」
「な、なるほど」
(……そういうものなのか?)
アリシアに注意され、俺は人間関係を構築していくことの難しさを改めて知るのだった。