クラス訓練⑧
2015/12/03 修正
突っ込んでくるセイルに右手を向けた。
利用する元素は火。
想像するのは炎の魔弾。
大気中の火の元素を多く集めていく。
すると、手の平サイズの魔弾が形成され。
「さて、どうでる?」
――差し出した右手から魔弾が射出されようとした。
その時――。
「――水流!」
ツェルミンの声が聞こえ、魔術が行使された。
セイルの後方、俺の位置から十数メートルほど場所にツェルミンが立っている。
気配はあったが、ここまで目視はできていなかった。
(……魔術か技能で姿を消していたのか?)
そんな考えに気を取られていると。
魔力により凝縮した水が、滝のような水流となり俺に迫ってきた。
俺はその水流に構わず、高速の炎弾を数発撃ち込んだ。
目では捉えきれぬ程の高速の炎弾。
当たれば気絶は免れない一撃だったが。
「っ――」
その炎弾がセイルに着弾するより早く、放たれた炎弾と水流が激突した。
水流を切り裂き水飛沫を散らせた炎の魔弾だったが、最後には互いを消滅させる形で魔術が消失し。
「ふははははっ! どうだマルス、この僕の魔術は!」
誇らしそうに高らかに。
離れていてもよく通るツェルミンの声。
だが、俺はその声に答えている暇はない。
「風よ――!!」
目前に迫っていたセイルが、得意の風の魔術を行使した。
蒼き人狼はその風を身に纏う。
鉄爪を装着した腕を伸ばすと、突貫するように前方に跳躍しその身体を回転させた。
セイルを中心に風が巻き起こり――一本の槍となった蒼き狼は俺に突貫する。
(……かわせないなら、防ぐしかないか)
ポケットから魔石を取り出し、大剣を形成した。
俺はその大剣を地面に突き刺し、セイルの突貫を受け止めた。
突進力と回転力を合わせた最高の一撃。
鉄と鉄とがぶつかり合い、キンキンキンキンと金切り声のような衝突音が響く。
だが回転は収まらず、それどころか大剣を貫かんと回転速度を上げた。
暴風に身体が吹き飛ばされそうになったが、地面を踏みしめ大剣を握る左手の力を強め。
火の魔術を行使した。
師匠直伝の魔術。
ただ、魔力でありったけの火の元素を集め叩きつけるだけの単純な一撃。
勿論、使用する魔力量も凝縮する火の元素も少ない、加減したものだが。
掌に炎の塊が形成され。
セイルを中心に巻き起こる暴風の渦の真上から、その魔術を叩き込んだ。
――ドガアアアアアアア!
炎の巨塊と暴風が衝突し、轟音が響いた。
「ぐがっ!?」
暴風は消失し、炎の塊がセイルの背中を打ち抜いた。
だが、ほぼ相殺されていた為、威力は弱く意識を断つほどの一撃ではなかったようだ。
俺は地に刺さった大剣を引き抜き、セイルに歩み寄った。
膝を笑わせながらも立ち上がろうとするセイルの意識を断つため、拳を振り上げた。
瞬間――。
「させないよ!」
薙ぐように振られた剣閃を、大剣で防いだ。
「いいタイミングで割って入ってきたな」
俺の言葉に、白銀の剣を持った銀髪の少女が微笑する。
「マルスはやっぱり凄いよ。
あれだけの攻撃を受けて、その場から一歩も動いてないんだもん」
「褒めたって、旗はやらないぞ?」
「いいよ。その方がやり甲斐がある。
必ず実力で奪ってみせるから、見ていて」
そんなエリーの言葉に、今度は俺が微笑を返した。
見ていて。なんて、これから戦う相手に言う言葉ではないのだが。
俺を見据える双眸はどこまでも真摯だった。
「なら、期待させてもらうぞ」
俺の言葉にエリーは頷き、そして再び白銀の剣を振った。
型の整った見る者の目を引く、美しい連撃だったが。
「軽いな、それに遅い。
それじゃ俺には届かないぜ?」
「そうかもしれない。でも、それでも十分だよ」
その言葉の意図は直ぐにわかった。
「っ――そういうことか」
周囲に敵の気配はあった。
だが視界に入る範囲内に敵は見えなかった。
先程からずっと、それをおかしいとは思っていたのだが。
今、その謎が解けた。
地面にできた影の中に、黒く深く丸い穴が生まれた。
その穴は複数出現し、その穴の中から一人また一人と敵チームの生徒が這い出てきたのだ。
数は十人以上。
そして、最後に穴から出てきたのは闇森人の双子の姉妹。
「ご主人様」
「今日だけは」
二人の金色の瞳が俺を見据え。
「「私たちも本気」」
その真剣な声音は、絶対に勝つと物語っていた。
「よし! 行けるぞ貴様ら!
これだけの人数で一斉にかかれば勝てるはずだ!」
ツェルミンのその声を皮切りに、一斉に生徒たちが向かってきた。
そいつらの動向を観察していると。
「マルス、余所見は禁物だよ!」
容赦なく切りかかってくるエリー。
だが、当然の剣筋は見えている。
俺はその場から半身を動かしその剣閃をかわした。
「勿論、ちゃんと見てるよ。
見ていろって言ったのは、エリーだろ?」
「み、見ていてって言ったのは、私が旗を取るところだよ!」
焦ったように声を荒げ、エリーの剣筋が鈍った。
俺は大剣を下から上に振り上げ、銀髪の剣士が持つ片手剣に叩き込んだ。
「しまっ――」
エリーの手から離れた白銀の剣が弧を描く。
バックステップで俺から距離を取ったエリーに、俺はそのまま手を向け、魔術を行使しようとした。
だが。
「行くよ、マルス君!」
小人族のノノノが俺に炎球を放ってきた。
手の平サイズの小さな玉が俺に向かってくる。
それをかわすのは容易だったが。
「ご主人様」
「ごめんなさい」
ルーシィとルーフィの魔術が行使された。
俺の足元が闇の穴に呑まれていく。
それに気を取られている間に、ノノノの放った炎球が俺に接近してきていた。
(……この穴をどうにかする前に――)
迫り来る炎球を、俺は剣で切り裂いた。
真っ二つに裂け消滅する炎球。
「嘘っ!? き、切り裂かれた!?」
ノノノは驚愕の声を上げていた。
だが、その攻撃を防いでことで安心している暇はない。
既に十人程の生徒が一斉に迫ってきていたのだ。
俺は右手を真っ直ぐに伸ばし、炎弾を連続で撃った。
地面を抉り穿つ炎弾に怯むことなく、生徒達は突っ走る。
「うおおおおおお――いくぞおおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げ迫り来るその姿は、まるで戦に赴く兵士のようだ。
俺は手に持った剣を横に凪ぎ剣風を起こした。
その剣風は突風となり。
「うおお――うあああああああああああああっ!?」
迫り来る生徒を吹き飛ばす。
その風に乗り数十メートル先に吹き飛んだ後、生徒たちは落下した。
迫ってきた生徒の大半が吹き飛んだ中で。
「はあああああっ!!」
再びエリーが振り上げた剣を振り落としてきた。
それなりに重く速い一撃だった。
衝撃が大剣を通じ腕に響く。
「ルーシィ! ルーフィ! 行って!」
エリーが叫んだ。
いや、それよりも前に、双子は動いていた。
背後にある旗を獲得する為に、双子は俺を挟み込むように左右から接近する。
その双子をサポートするように、流れるような剣閃が乱れ舞った。
だが――。
「行かせねえよ」
俺は右手だけで剣を持ち、エリーの剣戟を全ていなすと。
空いた左手で魔術を行使した。
光玉を形成し地面に叩きつけ、邪魔だった漆黒の穴を消し飛ばした。
「っ――!?」
眩い閃光に、エリーは腕で顔を覆った。
その隙に、左右から俺の背後に抜けようとしていた双子を妨害する。
空いている左手でルーフィの制服の肩口を掴み、右手に持った剣は地面に落とすと、そのままルーシィを取り押さえる為に手を伸ばした。
丁度、襟元の辺りを掴んだのだけれど。
「「甘い」」
しっかりと制服を掴んでいたはずの指先が空を切り、するりとすり抜けてしまった
どうやら魔術で服の性質を、一瞬だけ変化させたようだ。
(……たった一瞬で、しかも無詠唱でこんな魔術を行使するなんてな)
この双子の魔術の才能に、俺は軽く驚きを感じた。
「「貰った」」
二人が旗に手を伸ばした。
その旗が双子の手に触れようとした瞬間――俺は『本気』で動くことを決め、刹那の間に双子の腕を掴んだ。
「惜しかったな」
だが。
「ご主人様」
「油断大敵」
二人の視線の先。
俺の背後。
振り向くと――。
「があああああっ!」
セイルが飛びかかってきた。
目前に迫ったその人狼の攻撃を反射的に避けてしまった。
そして――それが失敗だった。
「マルス、旗は貰うよ」
長髪を靡かせたエリーが、俺の視線の先を流れるように駆け抜け――。
「残念ですが、試合終了です!」
その声が聞こえたのは、エリーが黒い旗を掴んだのと同時だった。
「マルスさん! 全ての旗を回収してきました!
マルスさんとラフィのラブラブチームの勝利です」
いつそんなチーム名になったのかはわからないが。
相手チームの白旗を、チームメイトたちがパタパタと地面に落とし、その勝利を証明し。
「「「ラフィちゃんに勝利を!!!」」」
見事に統率の取れた男子生徒たちと。
「あれ? わたしたち何をしてたんだっけ?」
「……勝ったの?」
「試合、終わってる?」
支配の効果が解けた女子生徒たちの、呆気に取られた姿が印象的なまま、午前の最後の試合が終了した。
それから俺達は、ラーニアのもとに集まった。
まだ昼休みを知らせる鐘は鳴っていない。
それは試合がかなり早く終わったということだったのだが。
(……疲れた)
数字の上では圧倒的勝利だったとしても、試合内容は楽ではなかった。
「黒旗チームの獲得した旗が十本で、白旗チームがなしか。
随分と大差が付いたわね」
皮肉を言ったわけではなく、ただラーニアは素直な感想を述べただけだったのだけど。
「っ――もうちょっとだったのに……」
珍しく、拗ねた口調で唇を尖らしたエリー。
「ちっ……」
不満そうに口をヘの字に曲げるセイル。
「「……」」
悲しそうに視線を伏せるルーシィとルーフィ。
「やはり僕が指揮官を務めるべきだったのだ!
そうすればこれほどの大敗をすることなど……」
ツェルミンは納得できず不満を述べ。
「ま、まぁ……結果はダメだったけど、内容は悪くなかったんじゃないかな?」
皆を慰めるようにノノノが口を開いた。
他の生徒も。
「つうかさ、マルスが張り付いて防御するとか卑怯過ぎだろ!」
「一人で二十人前後を相手にしてたもんな」
「マルス一人いれば、三年に勝てるんじゃねえか?」
それぞれ思うままに言いたい放題だが。
(……それほど楽ではなさそうだ)
実戦よりも、ルールのある競技のほうが間違いなく難しい。
これは俺の正直な感想だった。
「とりあえず、ここまでの実績で代表を決めるわ。
午後の授業の時に代表を発表するから、楽しみにしておきなさい。
んじゃ、ちょっと早いけど午前の授業はこれで終わりよ」
そう言って手をひらひらとさせて、ラーニアは一足先に学院校舎に戻っていった。