クラス訓練⑥
俺達は赤髪の教官の待つ噴水の傍まで戻ってきた。
「全員揃ったわね? じゃあ回収した旗を出しなさい」
ラーニアに言われるまま、俺達は獲得した旗を地に置いた。
合計八本の旗が確認できた。
それに対して白旗チーム。
獲得した者が旗を置いていく。
その中にはエリシャとセイルの姿が有り。
エリシャが一本、セイルが二本の旗を獲得したようだった。
そして白旗チームが獲得した旗は――。
「合計九本。白旗チームの勝ちね」
ラーニアにより白旗チームの勝利が宣言された。
(……負けたか)
慣れないチーム戦とはいえ、やはり勝負に負けるというのは面白くはない。
そう感じているのは俺だけではないようで。
「ぼ、僕のチームが負けた……」
ショックを隠そうともせず、愕然とするツェルミン。
負けたことが信じられないといった様子だ。
「それにしてもあんた達、これだけ人数がいたのにどっちのチームも旗を全て回収できないなんて……」
頭を抱えたラーニアが失望の声を上げた。
「でも、人を上手く使ったって意味じゃ、白旗チームが勝ったのは当然かしらね。
個別で行動するよう提案したのは誰かしら?」
言いながら白旗チームの生徒の顔を見回す。
すると相手チームの生徒たちがエリシャに顔を向けた。
「エリシャ。
どうして班を組まずに個別で動いたのかしら?」
問われた銀髪の少女は。
「人数の問題です。
通常の死旗は四対四の少人数での競技なので、ある程度連携も取りやすいですが、今回の特別ルールはあまりにも人数が多く全員に指示を出すのは困難だと考えました」
簡潔にその問いに答えた。
「なるほど。
何らかの意思伝達手段でも持っているならまだしも、指揮官が指示を伝達できない以上は班行動をしても、回収の効率が下がるだけ。
急造のチームじゃ、大して連携が取れるわけでもないでしょうしね」
全員で行動という大胆な発想のような気がしたのだが、エリシャのアイディアにラーニアも賛同のようだった。
だが、確かにその通りだ。
実際、俺達のチームは何か行動を決める度に意見がまとまらなかったからな。
「それと、単純に物量で攻める数任せの探索もありかと思ったんです。
二十人以上チームメイトがいるなら、死旗を引いて最大二人が行動不能になるだけで、大した痛手ではありませんから」
続けてエリシャが口を開いた。
作戦というにはおざなりだが、今回の特別ルールにおいてのみなら、それで十分だったように思える。
「旗に守備を付けていたら、また違った展開になったかもしれないわね」
ラーニアの言葉に、ツェルミンが苦汁を飲むように顔を歪めた。
「黒旗チームは行動に移るのがとにかく遅いわ。
指揮官がしっかり纏め上げる力がないなら、それこそ単独行動を取らせるべきだったわね」
そう言った後に。
「でも、後半はそれなりにいい動きだったわ。
班行動に囚われず、状況を判断して動いたのは評価できるわよ」
褒めるところは褒めた。
負けはしたが、俺たちの班も全てに問題があったわけではないということだろう。
「どちらの班も、個々人優れた点はあったわ」
それは、勝利の結果だけで代表を決めるわけではないという意味の発言だろう。
個々人優秀な者がいたのは事実だ。
そう思い、俺は傍にいるラフィに目を向けた。
目が合うと、くりっとした赤い双眸がとろんと緩み微笑した。
旗の獲得数こそないが、ラフィは得意の誘惑の魔術で白旗の位置を全て掴んできていたくらいだ。
意外と、というのはラフィに悪いが、こういった競技で一番活躍できるのは、この純白の兎人かもしれない。
「旗の獲得本数が唯一二本だったのはセイルだけなのね」
言われて気付いた。
セイル以外は俺も含めて旗を二本旗を獲得できた者はいない。
「ふん……」
つまらなそうに顔を背けたセイルだったが、多分照れ隠しだろう。
口元が緩んでいたのが見えた。
今日は尻尾が揺れていない辺り、必死に喜びを抑えているのだろう。
素直に喜ばないのが、この狼人らしいと感じた。
「身体能力だけじゃないわよね」
「……ある程度まで近付けば、だいたいの場所は匂いでわかった」
ラーニアの顔は見ずに、セイルは答えを返した。
獣人は人よりも嗅覚がいいが、旗の匂いまで嗅ぎ分けられるとは。
魔力の探知が困難な場合にも対応できそうだな。
「まあ、死旗は元々、身体能力の高い狼人が活躍できる競技でもあるから。
そういう意味では順当な活躍かしらね」
褒めるのも程々に。
「少しの休憩の後、チームメンバーを変えてもう何試合かやるわよ。
午前の授業いっぱいで代表メンバーを決めるからね!」
まだまだチャンスはあるから、気合を入れろとばかりにラーニアは宣言して。
「次は必ず勝ってみせるぞ!」
ツェルミンを筆頭に、何人もの生徒が気合を入れていた。
それから休憩時間を挟みつつも、何度か試合を繰り返し。
試合が終わる度にラーニアのダメ出しを受ける俺たち。
「そろそろ昼食の時間になるわよね?
次の鐘が鳴るまでが午前中最後の訓練よ」
そうしてチーム分けが始まった。
俺はまた黒旗チームだった。
今回はエリー、セイル、ルーシィ、ルーフィ、ツェルミン、ノノノが相手チームだ。
ちなみにチームを分かれる際に双子から。
「一緒はだめ?」
「私たち、キラい?」
と、寂しそうな、悲しそうな目を向けられた。
「二人とも、今は訓練だから仕方ないよ」
「双子、そんな甘えキャラでマルスさんに迫るつもりですか!
そういうキャラはラフィの担当です!」
柔和な笑みで二人を諭すエリシャ。
そんな彼女とは対照的に、猛々しく咆えるラフィ。
だが、二人は俺の言葉を待つようにじ~っと俺の目を見つめている。
普段表情のない二人にこんな顔をされると、ダメだと突き離すことができず。
「もし二人のチームが、俺達のチームに勝ったら、二人の頼みを一つだけ聞いてもいいぞ?
勿論、俺にできることならだが」
俺は条件を付けることで納得してもらうことにした。
「ま、マルスさん!?
そんな羨ま――ではなく、甘いこと言わないでください!」
「そ、そうだよマルス! そういうのはよくないと思う」
ラフィだけではなく、エリーにまで止められた。
「わかった」
「早くやる」
二人はもう乗り気になっていた。
これで二人が本気になってくれるなら、面白い試合ができそうだ。
「あんたたち、さっさと始めるわよ!」
急かすようにラーニアの声が響き。
「ぐぬぬっ――これは絶対に負けるわけにはいかなくなりました!
皆さん! 申し訳ありませんが、今回の試合はラフィに従ってもらいます!」
憤怒――とまではいかないが、ラフィは今までにないくらい本気の表情に変わり。
自ら指揮官をすると名乗り出たのだった。
「フィールドの端っこに旗をまとめて設置します。
その旗をマルスさんが守ってください!」
ラフィが俺に指示を出した。
今回の試合で、初めて防御を担当することになった。
「皆さん、これだけで勝率はグッと上がります!
いえ、敗北はなくなったと言っていいでしょう。
ただし! ラフィたちが旗を取れなければ勝つこともできません!」
激しい物言いをチームメイトたちに向け。
「皆さん、ラフィの目を見てください!」
チームメイトたちが一斉にラフィを凝視した。
そして。
「心を奪う、恋は盲目――」
ラフィは誘惑の魔術を行使した。
魔術に掛かったようで、男子生徒たちが虚ろな目に変わった。
続けて――ラフィは女子生徒たちに支配の技能を使った。
これでチームメイトたち全てがラフィの支配下に置かれ。
「いいですか皆さん! 死力を尽くして旗を奪うのです!」
従順な兵士たちに、ラフィは命令を下し。
「「「ラフィちゃんの為なら!!」」」
誘惑の魔術は恐ろしいものだ。と男子生徒たちの従順な様子を見て、俺は大真面目にそう思った。
「旗を奪えばいいのね!」
「絶対に勝つわ!」
「みんな全力でいこうね!」
女子生徒たちもこれでもかという程にやる気が満ちている。
こうして、圧倒的チームワーク? を手に入れたラフィ軍団。
そしてついに。
「それじゃあ――試合開始!!」
ラーニアの言葉と同時に、チームメイトが全力で駆け出すのだった。