双子の確信
ルーシィ&ルーフィ視点継続
「申し訳ありませんでした。
何の根拠のない誹謗中傷について、
同じ森人族として、心の底から謝罪させていただきます」
心の底からという言葉は嘘ではないとわかるくらい、その声音は真剣そのものだった。 聞いているこちらが、その誠意ある態度に胸が痛くなるほどだ。
(……そもそも、なんでこの会長さんが謝るんだろうね?)
(……そうだよね、謝られる理由はないと思うけど)
実力主義のこの学院において、弱いというのは悪であることとかわらない。
だから、もし私たちが暴力に屈したとしても、彼女が謝るようなことではない。
「あなた方の名誉を傷付けておいて、そう簡単に許しを得られるとは思っていません。
ですが、我々(エルフ)の全てがこのような愚か者たちであるとは考えないで欲しい。 勿論、我々とて嘘を吐くことがないとは言いませんが、根拠もない理屈で相手を責め立てるような者は極少数です」
頭を下げたまま会長は言葉を続けた。
私たちとしては、彼女にこれ以上、謝罪をされる必要性を感じない。
「……別に謝らなくていい」
「……でも、私たちは魔族じゃないから」
魔族であるという誤解だけは解いておく必要はあるだろう。
そうして、アリシアはようやく顔をあげて。
「勿論です。
闇森人が魔族であるわけがありません」
「で、ですが会長、私の森人の里では、闇森人は悪であると――」
恐怖からか身体を震わせていた森人の女が、おっかなびっくりと口を開いた。
「そういった嘘を教えられて育てられてきたという意味では、確かにあなた方は被害者かもしれません」
「……嘘? 嘘などではありません! 私は子供の頃からお爺様に闇森人は魔物を従え里を襲ってきたと……!
里の文献にもそれは残されています!」
金髪碧眼の森人は目を見開いた。
「闇森人に魔族を操る力などありません。
仮にそんな力があれば、過去の闘争で我々(エルフ)は滅ぼされていますよ」
「森人の力が闇森人などに劣るわけが!」
「そういった過去に縛られたような発言はやめなさい。
森人がどの種族よりも優れているという考えを捨てなさい。
我々の祖先のように、一生を森人の里で暮らすのであればともかく、
今は他種族が協力し手を取り合って生きていく世の中なのですから」
「……」
アリシアの言葉に、金髪碧眼の森人は愕然と肩を落とした。
その姿は、信じていたものを失ったような、縋るものがなくなったような、哀情すらも感じさせる姿だった。
「それと、ルーフィさんとルーシィさんを襲った生徒の中で魔王戦争について知識を持っている生徒はどの程度いますか?
魔王戦争で活躍した十二人の英雄の名を全て言える者は?」
アリシアの質問に答える者は誰一人いない。
「アリシア先生~! リフレもわかんな~い!」
「……はぁ、リフレ教官。
私は真面目な話をしているところなのですが」
「え~、だって~本当にわからないんだも~ん!」
睨むアリシアに物怖じ一つしないリフレ教官。
「ならば勝手に文献などを漁って調べてください。
話を続けます。
魔王戦争は英雄の叙事詩としても語り継がれていますが、
其の実、詳しい内容を知っている者はほとんどいないでしょう。
実際、魔王の存在の重要性というよりは英雄譚としての描かれ方をしていますからね。 ですが、魔王戦争の絵本を読んだことくらいはあるのでは?」
首肯する者が数人いた。
そもそも、私たちは魔王戦争という戦いがあったことしか知らない。
絵本を買ってくれる人などいなかったし。
「しかし絵本は、十二人の冒険者が魔王を倒して英雄と呼ばれるまでが描かれるだけ。
その十二人の種族などは一切描かれません。
そうなった理由は、英雄を輩出できなかった種族からの抗議。
子供を楽しませる絵本に種族がどうこうなどという話は必要ない。
色々と予想はできますが、それはまあ今は本題からずれるのでいいでしょう。
さて、余談が長くなりましたが本題に入ります。
史実として、魔王戦争の十二人の英雄の一人に闇森人がいます」
数人の生徒から「え」という驚きの声が漏れた。
それは森人たちにとって、あまりにも意外なことだったのかもしれない。
「魔王を討伐した十二人の一人。
その中に闇森人族がいる。
そんな闇森人族が、魔族のわけがないんですよ」
「へ~、そうなんだ~」
素直に感心するような声を上げるリフレの声を無視し、アリシアは続けて口を開いた。
「学院に保管されている文献に目を通していれば、魔王戦争の詳細はわからなくとも、その程度のことはわかります。
図書館に行って魔王戦争関連の書物に目を通してみなさい。
それほど多くの文献があるわけではありませんし、全てが事実かはわかりませんが、英雄たちの名前と種族くらいはわかります。
本来は、英雄と呼ばれた生ける伝説であるカドゥス学院長がいるのですから、話を聞ければ一番確実なのでしょうけど」
口早く説明をして、アリシアは一息吐いた。
「つまり、疑いは解けた?」
「ちゃんと、わかってくれた?」
「少なくとも、魔族であるという理由で襲われることはないと私が保証します。
また森人が私情や怨恨であなた方を襲撃するようなことがあれば、私自身が森人の誇りを守る為にあなた方を守りましょう」
言うことがなんだか大袈裟だけれど。
これで、今晩はゆっくり眠れそうだ。
「それとは別に一つご相談です。
この者たちの処遇をどうするかを考えているのですが、
お二人は、彼女たちを許しますか?
それとも、自らの手で罰を下しますか?
気が乗らないようなら、私が罰を与えておきますが?」
正座させている生徒たちを、私たちは見回した。
ほとんどの者たちが恐怖に身を竦ませる中で、
この件の首謀者――金髪碧眼の森人だけは肩を項垂れ何も反応を示さない。 その姿はなんだか哀れだった。
これ以上、罰なんて与える必要はないと思えるほどには。
(……罰なんて必要ないよね?)
(……うん、私たちが弱かったのがいけない)
お互いの考えを決めて。
「別にいい」
「必要ない」
アリシアの提案を断った。
「それは、この者たちを許すということですか?」
「やられたことは忘れない」
「痛かった気持ちは残ってる」
だけど、罰を与えればこの気持ちが消えるのかと言えばそれは嘘だ。
何があってもこの痛みは消えない。
何があってもこの悲しみは消えない。
だったら。
「許さないでいるってだけで疲れる」
「憎んでいるってだけで面倒」
――痛いとか悲しいとか、辛いことはもう十分。
「「だから、もういい」」
私たちは、自分の意見をはっきりと伝えた。
すると――項垂れていた金髪碧眼の森人が、やっと顔を上げた。
その表情は複雑な、言葉では言い表せないような顔をしていた。
過去に植えつけられた固定観念で悪だと決め付けていた私たちが、自分たちを許したことが意外だったかもしれない。
「……そうですか。
被害者であるお二人がそれでいいと言うのなら、私はそれに従いましょう」
アリシア会長は首肯し「解除」と呟くと、地面に正座する者達の拘束が一斉に解除された。
彼女たちの両手足を拘束していた緑色の手錠は、どうやらアリシアの魔術だったようだ。
「後は好きにしなさい。
あなたたちを拘束しておく理由はなくなりました」
拘束が解けた生徒達は、大慌てで逃げて行った。
小人族の生徒だけは、私たちに申し訳なさそうに頭を下げてから立ち去って行ったが。 ほとんどの生徒は、謝ることすら忘れている。
まあ、あの様子ならまた喧嘩を吹っ掛けられることはなさそうだ。
ただ一人――金髪碧眼の森人を除き。
彼女だけはこの場を去らず、私たちを見ていた。
何か言いたいことがあるのだろうか?
「……」
でも、口を開きはせず。
だから、私たちは先に言ってやることにした。
「もしやるなら、一対一で」
「それならいつでも受けて立つ」
どうせまた、二体一だと文句を言われるのだろうけど。
文句があるなら『自分の力』で伝えに来いと。
「……っ――」
私たちの言葉を聞いた森人は、泣きそうな顔でこの場を去って行った。
何か言い返してくると思った。
それこそ罵倒の一つくらいは想像していたのに。
でも――これで私たちを襲撃した生徒は誰もいなくなった。
戦いは終わったのだ。
そう思っていたのだけど。
「……ロニファス教官が担がれているのはジェネッタですか?」
アリシアは走り去っていく者達から視線を外し、ロニファス教官に質問した。
そうだ。
まだこの森人が残っていたっけ。
「ああ、そうですよ。
リフレ教官、彼は医務室で寝かせておけばいいでしょうか?」
「怪我はわたしが治癒したから~、宿舎で寝かせとけば大丈夫だけど~?
それか~、ここで放置しちゃっていいよ~。
もう学院の敷地内だから~、学院長防御も張ってあるし死ぬ心配はないしね~」
学院長防御ってなんだろう?
魔族からこの学院を守る為の結界か何かだろうか?
「……そうですね。
冒険者を目指しているのであれば、野宿も訓練の一つです」
そんなことを言って、ロニファス教官は背負っていたジェネッタを地面に下ろした。
気絶しているジェネッタだが、難しい表情を浮かべながらうなされていた。
「たすけて、たすけて」と譫言のように言い続けている。
もしかしたら、この森人は夢の中でマルスに襲われているのかもしれない。
「それじゃ~、わたしたちは外に戻るね~。
もうちょっと見回りを続けないといけないからねぇ~」
「魔族の件が片付くまでは、あまり無理をしないようにお願いしますよ。
アリシアさん、そこの彼にきちんと言い聞かせておいてください。
何かあっても自己責任ですから」
リフレ教官とロニファス教官は、再び正門を通り外に出て行った。
「……では、私も生徒会に戻ります。
まだ少し、片付けたい仕事もありますので。
ルーシィさん、ルーフィさん。
万が一にも、闇森人が魔族だなどと言う噂が蔓延しないよう、
こちらで手は打っておきますので」
軽い会釈の後、アリシアは踵を返し学院に戻って行った。
そしてこの場に残ったのは、同じ二年Aクラスの私たちだけになって。
「送っていくよ。
セイルも、それでいいか?」
「……おう」
マルスの一言で、私たちは宿舎まで一緒に帰ることになった。
宿舎までの短い道のりをみんなで進む。
(……ルーフィ以外の人と帰るのは初めてだね)
(……私だって、ルーシィ以外の人と帰るのは初めてだよ)
マルスに兎、狼に人間。
今日までは学院で少し話す程度だった人達。
なのに、今はこうして一緒に帰っている。
まるで友達になったみたいに。
(……不思議だね)
(……うん、考えもしなかった)
考えもしなかったと言えば。
私たちは視線をマルスに向ける。
正確には、マルスの隣で腕を抱き胸を押し付けるように歩いている兎の姿をだが。
(……なんだか腹立たしいね)
(……うん、あの淫乱兎はマルスに馴れ馴れしい)
胸の中がモヤモヤする。
こんな気持ちになるなんて、昨日まで考えもしなかった。
(……マルスのことをもっと知りたい)
(……うん、もっともっと知りたい)
だから――私たちは。
「「マルス!」」
兎が抱きつく反対方向の腕に、私たち二人は抱きついた。
手や身体に伝わるその逞しい腕の感触に私たちの胸は高鳴った。
「っと――どうしたんだ?」
精悍な顔立ち。
力強い眼差し。
逞しい肉体。
圧倒的戦闘力。
そして何より――その優しさ。
「マルス、今日はありがとう」
「マルス、本当に感謝」
兎が目をひん剥いている。
でも、それでも構わない。
「感謝することなんてない。
俺が好きでやったことだからな」
温かい微笑み。
彼の笑顔は私たちの心をこれでもかってほど温かくする。
ドキドキさせる。
もう、この気持ちは疑いようがない。
「マルス、私たちのご主人様になる」
「そう、私たちはマルスに尽くしたい」
もっと知りたい。
マルスのこと。
誰よりも知りたい。
だから、一番傍にいたい。
「なっ――ご、ご主人様!? こ、この双子はいきなり何を言ってるんですか!」
兎は大慌てで、プンプン怒り出した。
でも、兎にマルスを独り占めさせるわけにはいかない。
「……ダメ?」
「……イヤ?」
私たちは懇願する。
心の底から。
口下手な私たちの言葉の意味に、彼は気付いてくれているだろうか?
この気持ちの意図に、彼は気付いてくれているだろうか?
「……ご主人様ってのはちょっとな」
「「……」」
断られてしまった。
やっぱり私たちじゃダメなのだろうか?
「でも、俺は二人と友達になりたいと思ってる」
「「……友達?」」
「ダメか?」
少し、ほんの少しだけど、マルスの声音から不安な気持ちが伝わってきた。
自信に満ち溢れているマルスだけど、私たちと一緒で人付き合いに関してはまだ不慣れなのかもしれない。
彼はまだ転入してきたばかりなのだから。
少しずつでも距離が近付いていくのは悪いことじゃない。
それに、彼の願いを私たちが断るわけがない。
「ダメじゃない」
「私たちは、もっとマルスのことが知りたい」
だからまずは。
「「友達になる」」
私たちのその言葉に、マルスは本当に嬉しそうに笑って。
「なら――今日から俺たちは友達だな。
俺も、二人のことをもっと知りたいぞ」
知りたいと言ってくれた。
今まで二人だった私たちのことを、初めて知りたいと言ってくれた人。
私たちはそのことが本当に嬉しくて。
ドキドキと胸の鼓動が早まる。
張り裂けそうなほどに、抑え切れないほどに。
この日、初めて知った感情。
芽生えた想い。
それは――間違えようもなく。
「でも、友達だけどマルスは私たちのご主人様」
「そう。略して友ご主人様」
――私たちが本当に、彼に恋をしたのだと確信した瞬間だった。