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奇妙な奇術師と黒髪のシタール弾き

祭りの日とあって、ウェラディアも民族衣装風の服装をまとっていた。


祖母の屋敷に住んでいるときも収穫祭はあったけれど、さすが王都。

人出も賑わいも段違いだ。

祝祭にあって、マナハルトの紋章旗がたくさん飾られる下、通りを埋め尽くす人もみな、黒や赤の布地に刺繍を施された民族衣装で華やかに着飾っている。


「見て、ロードナイト。奇術師が来ているみたい! 早く早く」

「でん……フロー! 周りを見て歩いて……あ、おいほらっ」

「わ、あ……ご、ごめんなさい」

歩いているひととぶつかりそうになったところを、ロードナイトに腕を引き戻されて、すんでのところで免れた。


「何かあったら、こっちの心臓が止まります……さっきカルセドニーにも注意されたばかりでしょう」

「うん、カルに怒られてしまうものね。ありがとう、ロードナイト。でもロードナイトも名前は注意してね」


「……善処しますよ。ったくもう……肝心なときに王都に慣れたカルセドニーが逃げるから」

「しょうがないじゃない。前からの約束だって言ってたから」

「とりあえず、“フロー”、腕に掴まってくれませんか。ぱっと走り出されると、私の命が縮みますから」


「え……」

"フロー"。

殿下でもなく、ウェラディアでもなく。

ウェラディア・エルト・フロイヤール・マナハルト。

それがウェラディアの正式な名前だ。


だから街中で名前を呼ぶときは、フロイヤールの愛称として、“フロー”と呼ぶようにと言ってみたところ、

「ウェラディア・エルト・フロイヤール・マナハルト……そういえば確か、賢王デュライにも、フロイヤールの名前が入ってましたね」

そういわれて心臓が跳ねた。


そうなのだ。

ウェラディアの名前のなかに、賢王デュライと同じ名前が入っている。

そのせいもあり、子どもの頃から偉大な過去の王に、妙に親しみを感じていた。

まさか、もうひとりの――ウェラディアが男装したデュライのことと結びつけて考えはしないとは思うけれど、騙している身としては、ロードナイトの口から賢王の名前が出るたびに、ひやりとさせられてしまう。


ロードナイトってば、本当に歴史の類は詳しいんだから……。

そんなことを考えてる間も、掴まれとばかりに肘を出されるから、おずおずと腕を腕に絡めた。

男装のデュライの姿でないと言うだけで、こんな接触が妙に恥ずかしい。

体が触れ合わない程度に申し訳程度に腕を絡めていると、後ろから駆けてきた子どもにぶつかられて、体が密着する。


「わわっ!」

「ったく。躾のなってないがきだな。大丈夫ですか? お財布は?」

「え、あ……ああっ。ない!?」


「やっぱり……どうにもお約束な人ですね……。中身は私が持ってて正解でした」

「うぅ……お洋服とお揃いの、刺繍つきのお財布ぅ~。可愛かったのに」

しゅんとウェラディアが俯くと、ぽんぽんと頭を慰めるように叩かれた。

うう。これって男装しているときのデュライにされているのと同じみたい。

いまは、普通に女の子の格好しているのに。

そう思うとちょっと情けない。

ため息が漏れてしまう。

そんなウェラディアの気持ちなど、もちろん気づく由もないというのに、ロードナイトは珍しくやわらかな声音で話しかけて、腕を引っ張った。


「で……フロー。ほら、新しい奇術をやるみたいですよ。前の席を取らないと」

街の円形広場は、円形のくぼみとなっていて、周囲が階段状になっていてちょっと面白い作りになっていた。


祝祭の催しがあると、一番底の舞台でおこなわれ、観客は階段に座って見下ろすように楽しめる。

ウェラディアはロードナイトに連れられるようにして円形広場をくだり、どうにか隙間を見つけて舞台近くの席に陣どった。


「はい。蝶がいいですか? 鳩がいいですか? ナンデモあなたのおのぞみのママ! え、鳩!? 蝶も綺麗なんですよ……」

「鳩がいいっていってんだから、鳩を出せよ。阿呆」

奇術師のそばに座り、シタールで賑やかな音楽を奏でていた青年が顰めっ面でつっこみをいれる。


「はいはーい。鳩ね。鳩……イーチ、ニーの、サーン!」

異様なほど背が高い奇術師が頭から黄色い帽子をとり、その帽子に真っ赤なマントを被せた。

かと思うと、さっと大仰な仕種で帽子を天高く掲げると、そこからばさばさばさ……と、無数の白い鳩が飛び出した。


「ついでにこれも!」

奇術師が帽子をくるりと回してもう一度マントをくぐらせて、今度は左手で帽子を天高く掲げると、ふわりと黒に美しい青色を耀かせた蝶が数羽、空に舞った。

「ふぁぁぁぁっ! な、にあれ……あんなの、初めて見た……すごい。まるで……魔法みたい!」

ロードナイトの袖を引いて、夢中で話しかける。


「魔法みたい……ですか。……そうですね」

甲高い声をあげてはしゃぐウェラディアとは対照的に、ロードナイトは考え込むような声を吐き出した。

けれども奇術師がまたすぐに次の奇術を始めてしまったから、ウェラディアはロードナイトの様子に気にとめる余裕はない。目くらましのように滑らかに動く白い指先から目が離せない。


「はーい。この花の種にミルクをやって、蜂蜜をやって、存分に食べさせてやると、あら不思議ー!? 真っ青な薔薇が美しく咲いてしまいマシター! はい、拍手ー!」

奇術師は、背が高いその頭に、さらに帽子をかぶり、黄色い服に真っ赤なマントを片掛けにしたなにやら人目を引く格好をしている。片眼鏡モノクルをした顔は、掘りが深く、見慣れない顔立ちが印象的だ。


ウェラディアがじっと観察していることに気づいたのだろうか。

妙な奇術師は白い手袋をした手を器用に動かして、蒼い薔薇をさっと近づいてきたウェラディアに差し出した。


「この薔薇と同じ蒼穹の瞳の色をしたお姫さまにゴ進呈ー」

「お姫さま?」

腕を組んでいたから、隣にいたロードナイトが緊張したのが、はっきりとわかってしまった。


剣士の威嚇は、一瞬にして、祭りの賑やかでのどかな雰囲気をぬぐい去る。

近くにいた親子なんて、ひっと短い悲鳴を上げてそそくさとその場を去ってしまったほど。

 

ちょっとキリが悪いので、22時にもう一回更新するかも。

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