愛人の王子さま!?
「昨日、『裁判所の音楽会をのぞきたいわ』とかいっていたのは、おまえのほうだぞ、マーゴット。これは午前と午後の二回しかないんだから、『早めに行かないといい席が埋まってしまうわね、きっと』とか、自分で言ったのを忘れたのか!?」
「それは、可能性の話であって、絶対行くって話じゃなかったじゃないの! せっかくだからどんな植物があるかも見たいし、この収穫の舞踏というのも気になるし……本屋だって、その、のぞいてみたいじゃないの」
「だから、先に音楽会に行ってから街を回ったって、充分買い物する時間ぐらいあるだろうが」
「でも! こんなにたくさん人がいるんだもの。珍しいものや変わった本があったら先に売り切れてしまうじゃない!」
「うーん、確かにそれはそうかも……」
うんうんと頷きながら、ウェラディアが無造作に相槌を打つと、ぱっとマーゴット嬢とクラウス帝が間をとって離れた。まるでいま初めて、そこに他の誰かがいることを思い出したかのようだ。
近くで話だけは耳にしていたのだろう。御者を城へ帰したロードナイトがすっとウェラディアの隣りに立って助け船をよこす。
「ウェラディア王女殿下、裁判所の音楽会でしたら、殿下の席にお連れすればいいのでは? それでしたらば、並ばないで午後の回に入れるでしょうから」
「あ、そうよね。そうだった忘れていた。ロードナイト、賢い! いま、チケットを持ってきてはいないけど……」
「ちゃんと持ってきてますよ。はい、クラウス皇帝陛下、こちらをお持ちください」
「悪いな。ほら、マーゴット。これでいいんだろ。行くぞ」
「……わ、わたし別にクラウスと回らなくたって、いいわ。ひとりで行きますから、陛下は先に音楽会へどうぞ」
マーゴット嬢は波打つ長い黒髪をらして、スカートをふわりと空気をはらませてくるりと体を翻した。
民族衣装の、刺繍が華やかに飾られたスカートに白いエプロンを着けていると、昨日の濃厚なまでに漆黒色したドレスを纏う姿とは雰囲気が一変して、森の近くに住む村娘と言った素朴な可愛らしさがある。
「マーゴット」
「夕刻にここに戻ってくればいいのよね」
「は、はい。刻の鐘が四回鳴りますから、わかると思います」
じゃあ、とマーゴット嬢が一人で歩き出そうとすると、クラウス帝が素早く腕を掴んだ。
「おまえ、疲れているんじゃないのか? 昨日から拗ねやすいぞ。まったく……この俺様を我が儘放題に振り回して……虜囚にして愛人のくせに」
「別に疲れてなんて……わっ」
「ほら、行くぞ。本屋と薬草屋、どっちを先に回りたいんだ?」
「薬草……あ、でも本のほうが早く売り切れてしまうかしら……というか、そのまえに読める、のかしら? ……やっぱり……」
「……俺はどっちでもいいが、大路に着くまでに決めろよ、マーゴット。本屋と薬草屋は場所が離れてるからな」
「わかってるってば!」
なんだかんだと言いながら、マーゴット嬢とクラウス帝は手を繋いで街の中心部へと歩きだした。
後に残されたウェラディアとロードナイトは、はーっと脱力する。
「虜囚にして愛人……ってどういうことかしら……?」
「さぁ……セレーン嬢が言うところの、“歪んだ愛情表現”というやつですかね?」
「なるほど、“歪んだ愛情表現”!」
確かにロードナイトの言うとおりかもしれないと思う。
愛人という言葉は、もちろんウェラディアも知っている。過去のマナハルト王のなかにも、愛人がいた王さまというのが、もちろんいた。
けれどもなんというか、ふたりが話しているときに漂わせる甘やかな雰囲気は、頭のなかで想像していた愛人とその主人というのとは、何かが違うのだ。
しかもときには、マーゴットは敬語じゃないまま話しているというのに、皇帝は気にしているふうでもない。寛容でもって許しているというより、あきらかにふたりは親しい。
「なんというか……普通の恋人同士みたいよねぇ?」
その声音に、どこかしらうらやましい響きが滲んでしまうのは、しょうがない。
自分の母が、自分の父王について語るときも、あんな甘やかな響きが籠められていたのを、ウェラディアはよく覚えている。
「……そうですね」
「クラウス帝は、マーゴットさんにとっての“王子さま”なのかしらね……」
人波に見えなくなるふたりに、なにものも透徹したような蒼穹の瞳を向けて、くすりと笑う。
その笑いはどこか儚さを帯びていたのだけれど、ウェラディア自身よくわかっていなかった。
遠くに思いを馳せるようなウェラディアを、じっとロードナイトがものといたげな眼差しで見つめていたことも。
ありえない……12月です!
体調不良と仕事が忙しかったのとで
あまり書き進んでません。゜(。>ω<。)゜。
月曜日は更新おやすみして、
火曜日に又更新予定ですー。
もともとはこの、クラウスとマーゴットを
書いてるのが楽しくて
他のキャラも久々書きたいなーと思ったのが
きっかけでした。
キャラ同士のいちゃいちゃした掛け合いって
楽しい……