それもひとつの愛なんです
「もちろん、連れてきてもらってよかった。なんといってもこの手紙の結びの文が……」
「“収穫の祝祭、前祝いの黎明に船着き場に異国の客が訪れる。
もてなせ。さもなくば、悪させん。
もしもてなしが気に入れば魔女がおまえの願いを叶えるだろう”
――あんな戯言、信じてるんですか?」
「さぁ、どうかしら……でも、確かめてみるだけなら、ただじゃない?」
言葉ではそういいながらも、ウェラディアが手紙の文言に心惹かれているのはよくわかっているのだろう。
ロードナイトはまだ何かいいたそうに、白金色の髪に縁取られた玲瓏とした相貌を歪めたけれど、開き賭けた口をさっと引き結んで、それ以上の苦情は言わなかった。
ここはマナハルト国王都クルムバートレインの王城の一室。
石造りの部屋は厚い絨毯を敷いていてもひやりとして、朝から暖炉には火が焚かれている。
ロードナイトとカルセドニーは、王女ウェラディアの居室に報告へやってきたところだ。
男装していたウェラディアは、街でふたりの剣士と別れ、馬車で急いで王城に戻ると、これまた急いで王女としての服を身に付けた。
秋の紅葉を再現した赤や黄色の多彩な刺繍がはいったスカートは、前が開いて白いペチコートがのぞいて見えるのが、どこか装いを華やかに見せている。
たっぷりとした袖のブラウス。その上に色とりどりの刺繍が施された真っ赤なベストを纏い、動きやすい中にも明日の収穫祭を意識した民族衣装ふうの服装だった。もちろん、手早く着替えられるという利点も忘れてはいけない。
「見極めるだけなら確かにただだな。見たところ、敵国のスパイという感じじゃないし……ただの直感にすぎないが」
「カルセドニーもこういってるし。そういう直感が、意外と大事なんだと思うのよね……。というわけで。父上のお手を煩わせるほどのことでもないとのことで、今回はわたくしの客として扱うことになりました」
えっへんとなぜか王女ウェラディアは自慢げにいってのけた。
みそっかす姫などといわれ、これまで滅多に王城にいなかったせいだろうか。接待の主人役をして、自分の客を迎えることに少しばかり浮かれているのかもしれない。
ロードナイトはウェラディアがあまりにもはしゃいでいるので、これはもう止めることはできないと悟ったのだろう。深く大きなため息を吐いている。
「それはいいんですが……殿下、デュライは報告に上がらなくてよかったんですか? 他の用事を頼まれているとか言ってましたが」
ぎくり。と心臓がとびあがった。
「そう……そうなのよ。ちょっとしたお使いを頼んでいたので、デュライからは話はあとで聞いておく。それで、おそらくその三組のお客様は収穫祭に観光に来たらしいとの話だったけれど……ひとまず、王室の客が泊まる客室棟へと案内しておいてちょうだい」
「「御意」」
「しばらく退屈しそうにないわ」
浮かれる王女の声に、カルセドニーは「本当だな」と同意の声を上げ、ロードナイトは「たまには退屈して欲しいものだ……」と秀麗な眉目を顰めて見せた。
† † †
「それで、ツアーの内容とはどんなものなのかと思って聞きにきたのだけれど……」
「王女殿下自らお越しいただけるとは光栄だが、何で俺のところへ?」
客室の応接室で、刺繍をほどこされたソファに座る茶髪の青年――フレイは、にこやかに応対してくれたけれど、言葉遣いはどこか鋭い。あるいは、どこかの国の要人だというのなら、迎え入れるウェラディアたちよりも、見知らぬ国に唐突にやってきたこの旅人たちの方が警戒しているのかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。
「ツアーの内容について触れていたのは、あなただけだったのでね。特に他意はない。それと……そちらのレディがフレイと呼んでいたようだったが、なんとお呼びすればいいか?」
いっしょについて来たロードナイトが、固い声でやり返す。
「ロードナイト……わたくしのお客さまなんだから、そんな言い方しないで」
「問いかけの意味が、身分を問うと言うことでしたら、フレイは公子なんです」
「公子……マナハルトでは、確かインチュベリ領とかの領主が公爵で、その子は公子とか公女と呼ぶわよね」
「そうですね……それではフレイ公子殿下、身分をつけずにお呼びしたことで気分を害されているというなら、謝罪するが、せめて殿下にソファを勧めるくらいの気遣いはないのか?」
「別にそんなことはないよ? 接待の主人役としてはともかく、王女殿下の身分であれば、いつだって自ら着席して話したいと、こちらに命じても問題はないかと思うのだが……殿下は私の身分を気にしてくださったのでしょう。ということは、配下である君がその気遣いを含めていつ進言するのかと、興味深く見守っていただけだ。ウェラディア王女殿下、どうか、お座りください」
「な……」
「ありがとう、フレイ公子」
ウェラディアは、絶句するロードナイト無理やりソファに座らせ、自身もそのとなりに腰掛けると、メイドを呼んでお茶を持ってこさせた。
† † †
「ようは、マナハルトには二泊三日。前後に移動のために船に一泊ずつする計四泊五日、何処に連れて行かれるかわからないミステリーツアーで、明日は一日自由行動になっていると」
「そういうことだ。残念ながら、我々のことは放っておいてくれていい」
「もちろん全然残念じゃないので、ご安心を。そちらのレディは……着るものだけはご用意しますか?」
ロードナイトとフレイは相変わらず、剣呑なやりとりを繰り返して、正直、ウェラディアにはぴりぴりとした空気が痛くすら感じる。ある意味、やりこめられるロードナイトというのが新鮮で面白いと言えば、面白いのだけれど。
「えっとですね。わたしが補足します。自由行動というのは、こちらが干渉しなくていいということでわかりました。ただ、秋の収穫祭では貴族でも街に出るときは民族衣装を着る習慣がありまして……」
「民族衣装! 私、それ見てみたい!」
白金色した長い髪に男装の女性は、確かセレーンといったはず。ウェラディアは礼を失しないように、頭の中で名前を思い出しながら、「じゃああとで、お持ちしますね」と笑いかけた。すると、沈黙していると少し冷たくも感じる人形のような顔が、頬を赤らめて綻んで、心が通じ合えたような心地になる。少しうれしい。
そういえば、家庭教師兼侍女のオルタをのぞけば、女の子の友だちなんて、いないからなぁ。
それにセレーン嬢は、背が高く澄ました美人顔をしているから、民族衣装姿の、刺繍入りのブラウスにスカートにひらりと白いエプロンを着けた姿を想像するのは、ウェラディアとしては楽しい。
美人は男でも女でもいいものだ。
思わず口元が緩みまくってしまう。
終始フレイと嫌味の応酬を繰り返して、渋面だったロードナイトを尻目に、にこにこと満面の笑みを浮かべて部屋を去ろうとしたそのとき。
セレーンが白金色の長い髪を揺らして、見送りするように追いかけてきた。
背後に残した青年を気にしてちらりと肩越しに見遣ると、声を落とした。
「あの……気を悪くしないで……くださいね。フレイってば……多分、ロードナイトさんのことが、気に入っているんだと思うんです。気にしないで……といっても無理かもしれないけど」
「は? あ、いえ。気に入ってる……ようには見えなかったのですが……別に、気になんかしてませんから問題ないです。わざわざお気遣いいただき、ありがとうございます」
「ううん。初対面の人にはわからないと思うけど……ちょっと、愛情表現が、歪んでるだけだから!」
「愛情表現が歪んで……わかる。その気持ち」
「なにがわかるんです……?」
ウェラディアの同意に、ロードナイトが苦悩が滲んだ呟きを吐き出す。
「だってロードナイトってなんだか、いじめたくなるっていうか……」
「へぇ……?」
ロードナイトの片眉が皮肉そうに跳ね上がった。
フレイに喋らせると、止まらない……
(;´゜∀゜`)っ))ナンデヤネン