金の瞳の魔女
「だからなんで皇城を離れてまで、こんなドレス着させられなくてはならないのかしら、陛下?」
「何だ、レースの出来が気に入らないのか、屍毒姫。職人を見つけ出して罰してやらねばならないか?」
「何をバカなこと言って……! この精緻にして複雑な文様のどこに問題があるって言うのよ!? 出来じゃなくて、問題は色! こんなのじゃなくて、普通のドレスが着たいんだってば!!」
かつかつと腕を組んだ親しげな様相で下りて来たカップルの服装を見て、ウェラディアは蒼穹の瞳を大きく瞠ってしまった。
夜の闇のように綺羅綺羅しい漆黒と、真昼の光が燦めくごときはなやかさを体現する純白。
「うっわ……黒の……ドレス……」
「なんつー派手な伊達男だ。白と金色と紫の服にきらっきらの銀髪だなんて……すごいな」
「伊達男とか、おまえがいうとおかしい。カルセドニー」
「あはははは」
鋭いつっこみにたまらずに笑い声が漏れる。
「なに、ここ……あなたがたは……?」
笑い声に反応したのだろう。漆黒のドレスの淑女が、ウェラディアを直視した。その目線に、はっとウェラディアは息をのんだ。
少しウェーブのかかった長い黒髪に漆黒のドレスを纏う淑女の、その瞳の金色。
黒髪はマナハルトでも珍しくはない。ただその瞳が金色というのはどうだろう。少なくともウェラディアは見たことがない。
しかも……ウェラディアは切ってしまった髪がないことにいまさらながら違和感を覚えながら、首を傾げてみせる。
ただ変わった組み合わせと言うだけじゃない。この淑女の金の瞳には、言葉に言い表しがたい何かが漂うように思えてならない。
「魔法の気配のような……まるで魔女が持つ瞳のような……」
期せずしてウェラディアは呟いていた。
「魔女ですって!?」
非難するような声にウェラディアははっと我に返る。なのに、声を上げた本人を見て、うっと噴き出しそうになった。
非難されているには非難されているのだろうけど……。
真っ赤になって上目遣いに睨む顔は、なんというか、いましがた感じていた不思議さは完全に拭い去られて、むしろ可愛らしい。もしかしてウェラディアとあまり年は変わらないのかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。
「よかったな、マーゴット。見ず知らずの人からだって魔女だと認識されてるぞ。さすがは我がラインベルグ帝国で名高い毒使いの魔女さまだ」
「その言い方やめてよ、クラウス! しかも全然よくないし! 魔女だなんて呼ばれるの、いやなんだってば!」
「じゃあ、屍毒姫とお呼びした方がいいか? 触れるだけで人を死に誘う猛毒のごとき娘と――」
銀髪の伊達男はもったいぶった仕種で、黒髪の少女のおとがいに白い手袋に包まれた長い指を伸ばす。
その芝居がかった仕種が、妙にこなれているようで、見ているこっちまで気恥ずかしくなりそうなのに、どきどきして目が離せない。
興味津々だからか、目を惹きつけられて繋ぎ止められているのか。
そんなウェラディアの心境を見透かしているのだろうか。
クラウスと呼ばれた銀髪の青年が、ちらりとウェラディアを弄ぶかのように横目に見遣ってくる。どきん。鼓動が意図せずに跳ねた。
なんて華やかにして蠱惑的な美貌だろう。
視線を向けられただけで、ウェラディアは顔に熱が集まるのがわかった。
マーゴットと呼ばれた黒衣の少女が、顔を真っ赤にして固まっているのも無理ないと思う。
あんな美貌を前にして平静でいられるなら、それはもう、女じゃない。
カルセドニーもロードナイトもタイプは違えど、端正な相貌をしていて、顔を近づけられると、ウェラディアもいつも平静ではいられない。しかし、このクラウスと呼ばれた青年の華やかな顔はあまりにも、貴族的で、ちょっと質が違いすぎるように感じる。
カルセドニーもロードナイトも、やっぱり実践派というか、宮廷にいる伊達男と言うより、剣士なのよね。
そんな違いをまざまざと見せつけられた心地がした。
ウェラディアがそんなどうでもいいことを考えているうちに、黒髪の少女の愛らしい顔と金髪に縁取られた怜悧な絶世の美貌が近づいて――。
ええっ!?
こんな人前で、本当にキスするの!?
年頃の娘らしく、ウェラディアが頬を赤らめたまま、蒼い瞳を見張ったところで、ぱしり。何かを弾くような音が響く。
「わ、あ……」
あわや唇が触れる寸前といったところで、マーゴットと呼ばれた少女の黒い扇が、銀髪の青年の胸を弾いていた。
「クラウス、馬鹿な真似は止めてよね! 見ず知らずの国に来てまで人前でこんな……恥ずかしいとは思わないの!?」
「なぜ皇帝の俺が、愛人に口付けするのに場所を選ばなくてはならない。見たくないというなら、見たくないものがどこかに行けばいい。違うか、マーゴット」
「違うもなにも……わたしは頭が痛いわ。今すぐ部屋に戻りたい……」
「それは大変だ。毒使いの魔女ともあろうものが、頭痛の薬は持ち合わせていないのか? それとも氷嚢でも持ってこさせようか?」
その頭が痛いは、なにか違うと思うけど……とはウェラディアは懸命にも口に出さなかった。変わりに、そばで呆気にとられているカルセドニーへと目線を走らせる。
「ねぇ……異国からの客って……」
「……だな。なにやら愉快なことになりそうな収穫祭だ」
「こっちだって、頭痛いくらいだ」
そういいながらも、他にどうしようもない。しかもスパイの疑いはともかく、身なりや窺い知れる雰囲気からすると、三組が三組ともあきらかに貴人にしか見えない。雰囲気から察するに、男性三人は下手したら、どこかの王族かもしれない。と言うことは、なにかあったら国際問題だ。
「殿下の裁可を仰ぐしかないか……」
苦悩するロードナイトの呟きをよそに、カルセドニーとウェラディアはひそかに楽しみだという目線を交わし合う。
結局、三組の客を王城へと連れていくことになった。
12月の新作のキャラですー
ツンデレ俺様ヒーロー×ツンデレゴスロリヒロインですw
しゃべるヒーローのかぎかっこ占有率半端ない!