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猫だって石畳で滑ります

白く立ちこめる気配は、早朝の草花に露を光らせ、あたり一帯の視界を覆い隠すかのように埋め尽くす。

王都クルムバートレイン――レイン川の畔という名が示すように、王都のそばには大河レインが滔々と流れて、美しい。

川辺には、石造りの船着き場はともかく、川の大半は護岸されておらず、みずみずしい草や花々、豊かな餌に釣られてやってきた優雅な水鳥たちが、そこかしこに見られる――いまは霧に沈んで見えないけれど。


そこに、白い霧に包まれるようにして、大きな白い船がゆっくりと遡上してきた。


「なんだ、あれは……船……だよな?」

ウェラディアもといデュライは、茫然と見慣れない船を見上げた。

といっても、霧が濃くて、その全容は窺いしれない。

レイン川はともすれば対岸が霞むほどの大河だったから、海から直接、大きな帆船が上がってくることもあったけれど、それにしたって、船の外装が舳先から船尾まで、どうやら真っ白。

まるで霧そのもののような船にも見える。


「“異国の客”――か」

呟かれた言葉に振り向くと、いつもはにやにやと人の悪い笑顔を浮かべるカルセドニーが、すぅっとその緑の瞳を眇めさせていた。愛想のいい顔が、一瞬にして獲物を狙う猛獣の面持ちに変わっていた。


そばに立つロードナイトが、さっとデュライの前に立つ。守られている――その自然の行為に、ウェラディアとしての自分は喜んでながら、従騎士としては少しばかり面映ゆい。ロードナイトの背中が緊張しているのがよくわかるから、なおさら。

いったい何が起きるのだろう。

ごくりと生唾を嚥下した、そのとき、


「おい、慌てて渡船橋を駆け下りるな、ばか! 滑って落ちるぞ!」

「だって、殿下……あ、きゃああああ!」

ずるっという明らかに足下を危うくしたとおぼしき音と甲高い悲鳴が響き渡る。


「まるでどこかで聞いたような……」

ロードナイトの苦い怒りがにじんだ声に、ウェラディアは「ははは……」と乾いた笑いを浮かべるしかない。

一瞬緊張しただけに、どう対処したらいいかわからないでいると、カンカンカンと金属質な音が近づいて……。


「猫……ピンク色の猫を抱えた……王子さま?」

ウェラディアは精一杯、自分が見ているものを理解しようとしたけれど、よくわからずに首を傾げてしまう。


「いやいや待てデュライ。さすがにそれは失礼じゃ……たとえ、親猫が首皮掴むがごとく首根っこ掴まれて吊されていても、どう考えてもあれはレディだぞ」

すかさずカルセドニーのつっこみが入る。


「うぅ……殿下、わたし、猫じゃないです! 下ろしてくださいってば!」

「そうだな、シンシア。おまえは猫じゃない。猫だったら、あんなところで足を滑らせたりしないだろうからな」


「それはその……殿下、ひどい……」

「転げ落ちる前に捕まえてやったのに、ひどいとか罵るお前がひどいだろ。むしろ俺の心臓が縮みそうになった慰謝料を取りたいくらいだ。かつ、殿下と言え呼び名は禁止だと何度言ったらわかる、シンシア。それとも、もう忘れたのか?」


「で……うぅ……ユージン……もう下ろしてくださいよう」

首根っこ掴まれた薄紅色の髪……こういうのを、ストロベリーブロンドとでもいうのだろうか。

金色が勝った薄紅色の髪は、夕暮れに鮮やかに開けに染まった空を思わせて、はっと目を瞠ってしまう。


その綺麗なストロベリーブロンドの女の子は、猫扱いされるのもなんだか納得してしまうほど、どこかしら小動物的なかわいさを漂わせて愛らしかった。見ていると、なんだか哀れみを感じてしまうのは、もしかして同類相哀れむというやつだろうか。まるでロードナイトにつるし上げられる自分を客観的に見ているようで、ウェラディアは助けてあげたい衝動を覚えずにいられない。


「実のところ、たまに猫も、滑りのいい石畳の上でつるって滑って、そのあと、誰も見てなかったようなといわんばかりにあちこち見て、見ていたの気づかれると、気まずそうにして立ち去っていたりするよな」

「まぁ、確かに王都でもたまに見かける光景だが……デュライ、それ、違うだろ」

「おまえら、この状況にすんなり順応するな!」


ストロベリーブロンドの女の子をかばうようなウェラディアの呟きに、肩までの黒髪をさらりと流した紳士が、じろりとこちらを睨んでくる。背高く体格のいい姿は、ダークカラーの長外套を纏っている外側しか見えないにしても、人を威圧するような、圧倒的な存在感がたっぷりと漂っている。


「まるでどこかの、王族みたい……」

「デュライ、おまえにしては珍しく的確な意見だな……俺もそう思う」

いつもは反対意見ばかりされるロードナイトにすんなり同意されてしまった。

何かよくないことの予兆じゃなければいいけど! っていうか、うれしいけど!

そんな浮かれているのも束の間、見知らぬ船から、新たな声が聞こえてきた。


「ほら、レーン。手を貸して」

「な、だからさっきからいいって言ってるじゃない! 別にドレス着てるわけじゃないんだからひとりで歩けるの!」


「男装の下衣筒トラウザーズじゃなかったら、君は俺の手を拒まないのか? だったらいますぐドレスに着替えさせようか? 祭りを見たいからって動きやすい服装がいいって言っていたのは、君のほうだったと思うけど、セレーン?」

「わかった。わかりました! フレイの手を取ればいいんでしょう!? 手を取れば!」


半ばやけくそのように、カンカンカンと怒りを滲ませた強い靴音が下りてくる。

長い白金色の髪を背中に揺らした、男装姿の女性と、その女性の手をさも麗しのレディを抱いていると言わんばかりに慈しみを帯びた手つきで掴んでいる甘やかな顔立ちの男性の若いカップルだ。


先ほどの問答からは、問いかけの形を取っていても会話の主導権を圧倒的に握って反論を許さない気配を感じたけれど、品良く華やかな服装をした男性の雰囲気は、明るい茶色の髪と相俟ってか、どこかやわらかい。

連れの女性を思いやるエスコートにウェラディアは羨望さえ覚えてしまう。


「やぁ、ツアーのお出迎えかな?」

「ツアーのお出迎え?」

「“どこに行けるかは、着いてのお楽しみ! 闇鍋ミステリークルーズは何が起こるかわからない! もう普通のツアーには飽きたあなたへ……素敵な趣向を用意してお待ちしております!”――の参加者だけど?」


「は? やみなべミステリークルーズ……ってなんだと思う? ロードナイト」

「そう……だな。……どうやら、行き先を知らずに船に乗り込む趣向のツアーらしいな……言っていることが真実なら、だが」

ロードナイトの懐疑的な言葉に、確かフレイとかいわれていたらしい茶髪の紳士は、にこやかな顔に楽しそうに片眉を跳ね上げる。


「そちらの君は、俺たちをどこか敵国のスパイだとでも言いたげだな。まぁ、そういう思考は嫌いじゃないけど。あいにく証拠はないが、ただ観光に来ただけだ……それでもダメなのか? うちのセレーンがこのツアーをとても楽しみにしているんだが」

そういって手を取っていた白金色の髪の男装姿の女性を片腕に抱き寄せている。


「わ、ちょっとフレイ、人前で止めてよ……誰が見てるかわからないんだから……」

「こんな異国で誰か見てるわけもないし、コールドベリィ公国でだって誰に見られても構わないに決まってる。君は俺の婚約者なんだから」

「そ、それは……そうだけど、じゃ、なくて……わ、私が恥ずかしいから、嫌なの!」

セレーンと呼ばれた白金色の女性は真っ赤になって嫌がっている。から、何というか、本気で嫌がっているようにはとても見えない。


「カルセドニー、どう思う?」

「目の前で惚気られるとか、さすがにあまり面白くないな」

「…………面白いとか面白くないとか、そういう問題か」


ロードナイトが頭を抱える姿に、うーんとウェラディアが首を傾げたところで、また新たな客が下りて来た。

 

猫や犬が足滑らせたときの挙動って

なんか好きw


「ロイヤル・スウィート・クルーズ」から

ユージンとシンシア。

「ご主人様と甘い服従の輪舞曲ロンド」から

フレイとセレーンです。


フレイトとか、しゃべらせるとこいつヤバイ…

しゃべりすぎだって!

と思うけど、もひとりしゃべるのがでますー

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