霧の王都で従騎士となって
真っ白いミルクのような霧が渦巻く光景は、何度見ても不思議でどきどきする。
いつもは石造りの建物が重なるように丘に建ち並び、叩いてもびくともしない王都の重厚な街並みが、ふーっと息を吹きかければ霧散してしまうような霧に勝てない。真っ白に存在を掻き消されてしまう。
「街が静かで……まるで魔法をかけられて眠ってるみたいだ」
ウェラディアはその不思議さに半ば魅入られるように呟いた。
少年の男装をしているにしては夢見がちな、どこかうっとりとして響きが籠められている声で。
「デュライ、おまえきょろきょろしながら歩くと、足下危な……」
「うわっ」
「おまえな……言ったそばから滑るか普通。霧なんかに見蕩れているからだ、馬鹿」
気がつけば、デュライと呼ばれた少年――王女ウェラディアはよく光る石畳の上で滑り、転びそうになっていた。ところで、そばを歩いていた剣士、ロードナイトに腰を掴まれ、助けられていた。
「従騎士のくせにみっともないぞ」
「うぅ……それをいわれると、反論しにくい……」
「あたりまえだ。騎士の言うことに反論する従騎士だって、浮かれて足を滑らせる従騎士同様、論外だ。論外」
王女と言っても男装の時はデュライと名乗り、従騎士ということになっている。
デュライもといウェラディアは従騎士に相応しいチュニック姿に、霧のしずくに濡れないためだろう。軽い毛織りの深緑色のケープコートをふわりと纏っている。上質なコートは従騎士には不似合いなほどだったけれど、貴族の子弟だと思われているのか、深くは追求されなかった。
そのケープコートが波打って乱れるままに小脇に腕を入れられ、背中がロードナイトの広い胸に寄りかかる。
「だってなんだか、いつもの王都なのに、知らない街みたいだから……」
両手を封じられた格好で体が密着すると、ロードナイトの匂いにときめいてしまうのとは別に、ドキドキする。胸当てをしているとはいえ、自分が女であることがばれてしまうのではないかとひやひやさせられてしまう。あるいは、なにかの拍子に王女であることがばれてしまうのではないかと、気が気じゃない。
そんなウェラディアの気も知らずに、低い声が耳朶を震わせる。
「大丈夫か? 足とか捻らなかったか?」
「だ、大丈夫だよ! こんなちょっと滑ったくらいで……ロードナイトは心配性すぎるんだ。この間の漆黒の騎士選考大祭の時だって」
息がかかるほど耳元で気遣わしげに囁かれて鼓動を高鳴らせている場合じゃない。あまりこんな体勢で密着しているのはまずい。ウェラディアは無理やり腕を引き剥がして、素早くロードナイトから距離をとった。
「そうやってすぐに手を差し出すのは、若者の成長を阻害するんだぞ!」
うーっと猫が毛を逆立てるときのように身構えてしまう。
「若者の成長ねぇ……見ているものにすぐ心配させるようなおまえが悪い。ちゃんと足下も含めて回りに気を配って歩けよ。そうじゃなかったら、危なくて祭りの間なんて街を歩けないぞ」
「わかってるって!」
悲鳴のような声を上げてしまう。
私だって子どもじゃないんだから!
そう思うけれど、実のところウェラディアは、地方ではともかく王都の祭りの最中に街を歩いたことなんてないから、強く否定は出来ない。もちろん王都に慣れていないらしいロードナイトだって同じだと思うけれど。というか思いたい。この冷静沈着な男だって完璧な人間じゃないのだから。
「まぁ、石畳で変に転んで頭でも打つと危険だから、気をつけろってことだ。意訳すると」
「……うん、心配かけて、悪い。ロードナイト。カルも意訳、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「何が意訳だ……おまえら……」
6-8話程度で終わりです。
わりとかけあい会話中心のお話しです。