物書きと雨音
雨音が、体中を巡る。
温かい、淹れ立てのカプチーノが入ったカップに手を添えながらふとそんなことを思った。
ガラス越しに見える、小さなヘッドライト。水溜まりを横切りながら、低スピードでやってくるその小さな車は、店の駐車場で停車し、チカチカ光っていたライトは、エンジンが落ちる音とともに消えた。
そこから出て来る、ひとりの運転手。傘を忘れたのか、上着を雨除け代わりに、走ってやってくる。ばしゃばしゃ。
店のドアを開けた運転手。その格好はまるでよぼよぼな子犬のよう。
気合いを入れてきたのか、新調したてに見えるそのスーツは雨に打たれてしわくちゃで、髪もまた同様にぼさぼさだった。
驚いて目を丸くした私に、運転手はへこへこと平謝りを繰り返す。すみません、すみません!お忙しい先生をこんなに待たせてしまって。
実を言うと、ここにいるのはかれこれ3時間になる。打ち合わせの前に、ここの店長さん、さらに言えば私の友人に頼まれたものを買いに外に出たところ、急に雨に降られて予定より早く着いてしまっただけなのだが。
私は平謝りを続けている運転手……新しい担当に、一言、小さく声をかけた。大丈夫だから、はやく始めよう?
そうすると彼はその小さな声を聞き取ったのか、少し驚いた顔をしてそれからすぐに笑った。
原稿を手に取り、まじまじと見つめる彼。その横にかたん。店長がコーヒーを置く。
香ばしい挽きたての豆が、店内に広がる。担当は視線を上げると、柔らかい笑みをこぼしながら呟いた。この香り、キリマンジャロですね。
すると店長は顎に手を当て、ほう、これがわかりますか。えぇ、実家が喫茶店をやっていたもので。
2人の楽しげな会話を聞きながら、私は、頭に文字の羅列を並べ始めた。
雨音の心地良い音を背景に、楽しげに話し、笑いあう。
私はこの感じを忘れないよう、鞄から万年筆と原稿用紙を取り出して、書き連ねた。
私と彼が付き合うのは、まだ先のお話。