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二人の英雄と、パンピー召喚

 へその下をぎゅっと引っ張られるような、一瞬の浮遊感。


 あまりの不快さに思わず倒れこむと、伸ばした両の手のひらが地面に触れた。ひんやりとしていてどこかザラついたそれは、どう考えてもアスファルト舗装された地面の手触りじゃない。


 おれが恐る恐るといった感じで目を開けると、景色はさっきまでいたはずの通学路から、何処か別の場所へと変わっていた。


「――え? ……どこだ、ここ」


 自分の不安そうな声が、部屋の中で反響する。


 ていうか目の前が真っ白なんですけど。さっきの足元のフラッシュみたいなの直視しちゃったからか周りが全然見えない。


 これは怖い。超怖い。心臓がバクバクする。


 よ、よし。落ち着けまずは冷静になるんだ。そうだ。こういう時はまず冷静に、人の字を大きく吸って深呼吸だ。


「ひっひっふー、ひっひっふー」


 そんなことを繰り返している最中、おれは自分が全然冷静じゃなかったことに気づいた。

 なんだこれ。なにやってるんだおれは。人の字を吸うってなんだよ馬鹿か。


「そんなに息を荒くして、もしかして召喚酔いかな。ねえ君、大丈夫かい?」


「ひふっ!?」


 突然、すぐ近くで誰かの声がした。


 おれは全力で声のした方向とは反対の方に後ずさりながら、慌てて目を瞬かせた。だめだ、まだぼんやりとしか見えない。


「あっ、すまない。驚かせるつもりはなかったんだ。ただちょっと、心配に思っただけで……」


 その人影は申し訳そうに謝ってきた。

 そんな情けない声で謝られると、なんか逆にこっちが申し訳ない気分になってくるじゃないか。


 とりあえず、悪いやつではないらしい。


「いやあ、勇者サン。たぶんそいつ、まだよく目が見えてないだけなんじゃにゃいかにゃあ。さっきまでの様子見てる限りだと、そんな感じにゃ」


 えっ。ごめんなに? もう一人いるのはわったけど、えっ。チョイチョイ聞き取れなかったんだけど。


「ああ、そうか。召喚光をあやまって直視してしまったのか。なるほど。それは気付かなかったな。目がいいんだね。さすがはアーブヘイムに悪名高き、伝説の盗賊王だ」


 もう一人の人物にそう声をかけながら、聞き違いじゃなければ勇者とか、そんなふうに呼ばれた方の人影がこちらに近づいてきて、おれの目の前に手をかざした。


「にゃふん。いい心がけだにゃ。もっと褒めろにゃ」


 ああやっと聞き取れた。にゃ、ね。にゃって言ってるのね。はいはいなるほどね。わかったわかった。

 こっちの人はちょっと頭があれなんだね。


 と、まだ顔も知らない猫キャラ女におれが哀れみの念を送っていると、不意に目の前が鮮明に見えるようになった。


「えっ、あれっ?」


「大丈夫かい? もう目は見えるようになったはずだけど、何か異常があればいってほしい」


 あ、大丈夫です。と、そう言おうと顔を上げると、目の前に勇者がいた。


 金色のサラサラとした髪にエメラルド色の瞳。上下一揃いの白を基調とした美しい鎧は全体が青色で縁取られ、腰から提げられた黄金色の一振りの剣は見ているだけでいいしれない威圧感を感じる。


 ていうか絶対エクスカリバーだあれ!! 絶対そうだ!!


 おっとっと。また柄にもなく興奮してしまった。いけないいけない。クールにいこう。


 たとえば借り物競争で『勇者』ってお題を引いたやつがいたとしたら、その全員がノータイムでそいつのもとに殺到するくらいの。

 全身から勇者っぽさを振りまいている青年が、そこにいた。


「ゆ、勇者……」


 ていうかなんだこのイケメン。現実に存在していい顔面レベルを超越してやがる。


「ん? ああ、自己紹介が遅れてしまったね。そうだ、僕はリーズヴァルム領公理教会所属の勇者、アレク・ディートレイド。気やすくアレクって呼んでくれ。よろしくね」


「ど、どうも」


 おれは軽くズボンを払いながら立ち上がり、へっぴり腰ぎみになりながらアレクと握手をかわした。すげえ。手がでっかい。ゴツゴツしてる。


 おれが人生初の勇者っぽい人との邂逅に感動していると、背中から何かに結構な勢いで抱きつかれた。


「にゃーはローシィにゃ。よろしくにゃあ」


 おれはその衝撃にたえられず、そのまま飛びついてきたやつごと床に倒れ込んだ。


「ぐへえっ!!」


「にゃにゃあっ!?」


 完全に下敷きになる形で潰される。あだだだだ。肌がっ! 肌が床と擦れてごりごり削られてる!


 さすがに怒ったぞ。背中に乗ったままのそいつを振り落として起き上がる。


「いきなり何しやがるこの猫キャラ女っ! いい加減背中からど、け?」 


 振り向くと、どこかの地域の民族衣装のような、上下の布地が一体となった独特な格好をした少女がいた。


 そしてピコン、と。上から見たその女の真っ赤な長髪の中に、ひとそろいの猫の耳みたいな形をしたものがあった。ていうか人の頭に猫耳が生えていた。

 え、これマジ?


 とっさにぐわしっという感じで両手で猫耳を掴む。にぎにぎ。

 え、これ本物なんじゃ。いやまてまだわからない。とりあえず引っ張ってみる。


「痛いにゃ!!」


「ぶえへっ!?」


 バチュンッ、となんだかすごい音がした。

 すごいおもいっきりひっぱたかれた。ていうかなんだこいつ力つええ。




「いきなり人の耳引っ張るにゃんて、にゃに考えてるんにゃお前っ!ありえないにゃ! 世のにゃかの常識ってもんを知らにゃいのかにゃっ!?」


「あ、はい。すいません。おれが悪かったです」


 ぐうの音も出ないほどの正論だった。ああ、まさか頭に猫耳はやしたやつから常識を説かれる日が来るなんて。


 なんだろう。この胸のうちを通り抜けていくすき間風は。


「まあ、ちゃんと反省してるならいいにゃ。今回だけは特別に許してやるにゃ。素直なのはいいことにゃ」


 おれが謎の悲しみにうちひしがれていると彼女、ローシィは一応怒るのをやめてくれた。


 まさに紙一重。危ないところだった。もう一発顔面にいいのをもらっていたら、間違いなく泣かされていた。

 高校生なのに。男子なのに。


「だ、大丈夫かい!? けっこうすごい音がしたけど。ほら、顔を見せてくれ。すぐに僕が治すから」


 そういって駆け寄ってきたアレクが手をかざすと、顔と、ついでにその他もろもろの痛みが一瞬で消えさった。

 なんだこれすごい。魔法?

 さてはこれ魔法ですねアレクさん。


「あ、ありがとうございます」


「次からは気をつけるんだよ? 初対面の女性の耳を引っ張るなんて、そんな乱暴なことはもうしちゃダメだ」


「あ、はい。すいません」


 アレクにまで怒られた。いやおれが悪いんだけど。ああ、なんかへこむ。


「そうにゃそうにゃ! にゃーはれでぃにゃんだからもっと大事にするにゃ! 宝物のように扱うにゃ!」


 アレクの後ろで猫女が調子に乗っていた。チッ、仕方ない。もう一度謝っておいてやろう。


「はいはいそうですね。すいませんでした。……チッ」


「にゃにゃっ!?」


「こらっ。まったく。……ところで、君の名前を聞いてもいいかな? 僕達は同じ使命のためにこの世界に集った、仲間なんだ。ローシィだけじゃなく、僕は君のことも早く知っておきたい」


「あ、はい。緒岸ミチルです。高校生で、あの、いや。……学生やってます」


 何かないかと考えたけど、何も人に誇れるような経歴がなかった。人に言える資格なんて、せいぜい高校の推薦用に昔とった英検三級くらいだ。全然役に立たなかったけど。


 ていうか、え? 使命?


「あの、ところで使命って――」


「えええっ!? がくせーって、あれにゃ? 学徒のことにゃ? おいおいまさかオマエ、パンピーなのかにゃ?」


 ローシィが驚きの声を上げた。いや人の話聞けよ。ていうか一般人パンピーって。あってるけども。


「……そうなのかい? ミチル」


「いや。……まあ、そうです、けど」


 そう答えると、ローシィには可哀想な人を見るような目で「うわー、マジかにゃ。ご愁傷さまにゃ」と言われ、アレクもいやに真剣な表情で黙り込んでしまった。


 え? おれ何かやらかした? 何もしてないよね? アレクさん? イケメンが真面目な顔して黙ってるとすごい怖いんだけど。


「なんの能力もない一般人が、召喚に巻き込まれてしまったのか。……それは問題だな。――聞いた話だとこの後ここにもう一人、呼びかけに応じた者が召喚されるらしい。けど、先にこの国の王にこの事を話しておいたほうがいいかもしれないね。行こう、ミチル、ローシィ」


 そう言って部屋を出ていくアレク。なんというリーダーシップ。すごく勇者っぽい。


 ていうかね。うん。やっぱりおれ何かに巻き込まれちゃったんだね。ですよねー。だっておれ惣菜パン買って道歩いてただけだもん。


「まったくしょうがないにゃあ。ドジ踏んだパンピーくんの面倒見てやるにゃんて、勇者サンの心はヤシャスの海より広いにゃあ」


 そんなことを言いながらアレクの後を追うようにしてローシィも部屋を出て行く。ばたん、とドアの閉まる音がする。


 ひとりぽつんと部屋に残されたおれは、誰に言うでもなくぼそっと呟いた。


「いやそのパンピーくんって呼び方、地味に傷つくんですけど」


 いや別に気にしてないけど。全然余裕だけど。









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