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まさかの召喚

――あなたに語りかけています。異世界の勇者。英雄の資質を持つものよ。あなたの助けが必要です。


 直後、スーパーでの買い物を終えようとしていた緒岸ミチルは財布を片手に持ったままの状態で数秒間硬直した。


 思わず掴みそこねた数枚の硬貨が音を立てながら床を跳ねる。


 その音に気づいてようやくのろのろと動き始めたミチルだったが、正直それどころではなかった。


 頭のなかで声が聞こえる。なんだこれ、すごい怖い。


――私はユミルメ国を統べる王アーサーの娘、アルテンシア。お願いします。パスをつないで、異界の勇士よ。あなたの力で、病める我が国を救ってください。


 小銭をひろおうとしゃがみこんだところで、またあの声が頭のなかに響いた。なんだろう。きれいな声だ。聞いているだけで心が安らぐような、不思議とずっと聞いていたくなるような。


 救ってください、ください、さい、さい――。

 エコー鬱陶しいな。


 頭のなかに響いていたその不思議な声は微妙なエコーを最後に徐々に小さくなっていき、始まった時と同じようになんの前触れもなく突然止んだ。


 少し待ってみても、もう声は聞こえない。ん? 終わり? なんだ今の。

 いや全然意味がわからない。


「あ、袋要らないです」


 ともかくシール付きの商品を受け取って、おれは足早にその店を出た。



 携帯電話のディスプレイを見ると、一時間目の授業がちょうど始まっている時間だった。


 おれは何も言わずに携帯電話をズボンのポケットに突っ込んで、次に学校指定の黒色のカバンから朝食用に買った方のパンの袋を取り出した。


 遅刻が確定してしまったので、もう逆に開き直ってついでに学校につく前に朝飯を済ますことにしたのだ。諦めの極地ともいう。


 誰もいない通学路をひとり歩く。おれはもさもさと買ったばかりの惣菜パンを食べながら、さっきの出来事について考えていた。


 何だったんださっきの。


 突然聞こえてきて同じくらい唐突に消えた女の人の声。自分が何かしたわけでもなく声が止んでしまったので、何気になにも解決していない。


 まあ今となっては、不思議体験の一つや二つくらい些細な問題である。それでなんだっけ? 勇者がどうして王女がなんだって?


 おれは一度パンを口元に運ぶ手を止めると、大げさに肩をすくめた。


 ははは。まったくやれやれだね。もうおれは高校生で、しかも入学してからすでに一年間を過ごしてるんだぜ。中二病なんてとっくの昔に卒業済みさ。それなのに勇者とかさ。まったく。どこの誰だか知らないけど困ったもんだよ。いくらなんでももう子供じゃないんだからさあ。正直全然興味がそそられないんだよね。


 おれは鼻息も荒く惣菜パンをかじった。すいません嘘です。するする。超興奮する。


 やばい。なにあれ。あの店あんなサービスしてるの? 惣菜パン二つ買うだけで不思議体験させてもらえるの? 知らなかったわ。なんでもっと早く気付いとかなかったんだおれ。去年一年間何やってたんだよ。


 おれはかつての自分の不甲斐なさに激しく憤った。


「ああ、ずっとアニメ見てたわ」


 よく考えたら何もしてなかった。おれはかつての自分の不甲斐なさに絶望した。


 あ、でもそういえばさっきの声、昨日見たアニメのヒロインの声とちょっと似てたな。お姫様らしいし、今度また声が聞こえたときにお願いしたらお兄ちゃんとか言ってくれないかな。


「ふひっ――、おっと」


 とっさに口元を手で覆い隠すようにして、その後でおれは小さく頭を振った。


 いけないいけない。もうおれは高校生だ。クールにいこう。ニヒルに笑おう。中学の時のような暗黒のキモオタライフを再び繰り返してはいけない。真人間になるんだ。高校に入学するときそう決めたじゃないか。まだ何もしてないけど。


 いやほんとに。考えてみれば、おれはまだ去年のあの決意から、いまだに何もできていない。いつかはやろうと思うばかりで、何かをしようと言ってみるばかりで、結局そんな言葉さえ数日で忘れてしまうような有り様だ。


 チャンスはこれまでに何度もあったはずなんだ。入学式だったり体育祭だったり学祭だったり期末試験だったり、一年の高校生活のどこかに埋まっていたはずのターニングポイントに、関わろうと思えばそうできたはずなんだ。それなのに何もしようとしてこなかったのは、もう言い訳のしようもないくらいに、完全におれのせいだ。


 よし、決めたぞ。次のターニングポイントは絶対に躊躇しない。絶対にだ。


 今度は忘れないように気をつけよう。


 と、気づけばパンを食べ終わっていた。おれは適当にカバンの中に袋を押し込んでから、小さく溜息をついた。


「だけどなあ……」


 まあそれはともかくとしても、せっかくの不思議体験だったんだから何か、例えば返事とか、しとけばよかったかなあ。


 もちろん終わったから言えることではあるけど。


 でも声綺麗だったもんなあ。しかもお姫様らしいし、絶対かわいいんだろうなあ。


 アニメや漫画の世界の半分も面白くできていない世の中だ。頭の中ならどうせ誰にも聞こえないんだし、何か返事でもしてみればよかった。


 うん。でもそもそも返事をするにしても、どんなふうに返すのが正解だったんだろうか。


 そうだな、たとえばこの前読んだファンタジー小説ラノベの感じだと……。


 ――いやちょっと待て。おれは周り入念に視線を巡らせた。前方確認、よし。後方確認、……よし。いや待て、今何か動いたぞ。にゃーん。猫だった。なんだ猫か。ビビらせやがって。


 おれは気づいた。気づいてしまった。ちょっとぐらいクサイセリフだって、今なら天下の往来でいってしまえるということに。


 よし、言うぞ。せっかく誰もいない時間帯に路上に一人でいるんだ。遅刻までしてるんだから、どうせなら普段絶対にできないことをやってやろう。へへっ。おれの右手が久しぶりに疼いていやがる。


 小さく息を吐く。

 イメージするのは正義の勇者。義に熱くて正義に燃える、最高にかっこいいヒーローの姿を想像する。

 

「ユミルメ国の王女アルテンシア。あなたの願いは今、この私によって聞き届けられた。――国を憂う異界の姫よ。世界を阻む境界をこえて、私があなたを救いに行こう。国を覆う闇の天蓋を切り払い、あなたの国に再び光を差してみせようっ」


 的なね。いいんじゃないの? セリフ終わりにポーズも決めてみる。


 あたりを確認すると、さっきの猫がなんのリアクションもなくじっとこちらを見ていた。どっかいけよ。


 可愛げのない猫をさっさと追い払ったあと、おれは全身にうっすらと冷や汗をかきながらも、達成感に身を震わせていた。やった。やってやったぞ。


 まあだからなんだって言うわけでもないけどさ。まあおれぐらいの鋼メンタルにもなると、誰も見ていないとわかっていればこのくらいは軽い。


 ところで、腰に手を当てて考える。


「いや、でもこれは無いな。ないない。さすがにちょっとクサすぎる。自分でいっておいてあれだけど、こんなことをいってるやつを見たらドン引きするに違いない」


 つまりはおれのことだった。改めて思い返してみるとドン引きである。くそっ、ラノベで半端にかじった厨二単語の呪縛が。いやでもちょっとくらいクサイほうが逆に独自性が……。


 そんなことを考えていたおれは、突然足元に現れた変な模様のことに気付かなかった。


――ありがとう、異界の勇者よ。あなたの勇気とその気高き精神に敬意を。今、契約は成されました。


 突然声が聞こえた。頭のなかに。


「えっ?」


――これより、あなたをこちら側の世界に召喚します。その場でしばらくお待ちになってください。『境界の縁に住まう、眠り続ける女神エトリアよ。汝の――』


「え? なに? えっ、えっ、えっ? あっ、なんか足元光ってるっ。えっ嘘だろなんだこれっ!?」


 足元で何か光っていた。その不思議な紋章はどんどんその輝きを増していく。しかもこの模様、足元を完全にマークしているようで、さっきから離れようとしてるのに全然振りきれない。


――『――世界を隔てる高き壁を超え、異なる世界を――』


「えっ、ちょ、ちょっと待ってっ。怖っ! なにが起きてんの今!? 怖っ!!すごい怖い!!」


 なんだこれっ。なんだこれっ。いやいや落ち着けまずは冷静になれ。クールにいこう。ニヒルに笑おう。そうだ反復横跳びだ。光より早く反復横跳びをして足元のこいつを地平線の彼方まで抜き去るんだ。


 足元の輝きがどんどん強くなっていく。もう目を開けているのが辛いくらいだ。


 ところでなんでおれは反復横跳びなんてしているんだろう。


――『――異なる世界の無双の勇者たちよ、我が呼びかけに応え、我が元へと集えっ。英雄、召喚ッ!!』


「うおおおおおおおおおッ!!?」


 そうしておれの視界は、完全に光に包まれた。


なんとなくスタート。よろしくお願いします。

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