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「世界は広いんだな……」

 今作戦の拠点はキャンプ・ツヴァイトだ。

 リサたちがキャンプへ入ったのは、ジェイドとの打ち合わせから五日のことだ。シェーンブルクからキャンプ・ツヴァイトへの移動は大陸を渡るものだが、要した時間は一瞬だった。キャンプには転移陣があり、シェーンブルクと繋がっているのだ。


 キャンプ・ツヴァイトには所々に、歩哨が見張りをする櫓が設置されていた。

 外界は魔導石が普及していない。その代わり、アークよりも魔法が発展しているようだ。危険な魔物が多いといっているわりに、木造のひ弱な塀しか建てられていないのは、魔除けの結界が施されているからだ。ただ、魔除けの結界も万能ではない。時には、結界をものともしない魔物がやってくることもあるそうだ。

 しかし、そのような薀蓄などどうでも良い。転移して、何よりも先に目に入ったのは、目前に広がる大海原だ。


「これが、海……」

「おお! すげぇな!」


 白く細かな砂が敷き詰められた向こうに、見たこともない大きさの水溜りがあった。空よりも深い青色をした水溜りは、幾重にも水面が波打ち、眩しく陽光を反射している。

 シェーンバルトは凍えるような冷たい空気をしていたのに、ここは比較的温暖な空気をしていた。陽光が当たる日向は気持ち良い暖かさだ。


 空気を肺一杯に吸い込む。これが潮の香りというものかと感慨を覚えた。

 初めて目にする海に、ジュードも目を奪われ、そして言葉を失っていた。その瞳は、微かに輝きを取り戻したように見えた。


「アークからは、海を臨むことは出来なかったのですね」


 エリオットは外套を脱ぎながら言った。この暖かさなら、防寒用の外套は必要ない。


「世界は広いんだな……」


 海に向かって走り出したウィルの背を見送りながら思わず呟く。すると、隣にいたエリオットが穏やかに微笑した。


「これから、もっと広がりますよ。まだまだ、この星は私たちを魅了してくれる」


 海に入ったウィルが、波に足を取られて派手に転ぶ。


「ははは! 冷てぇな、この水! それにしょっぱい! やべぇ。目に入ると沁みるな!」


 子供のようにはしゃぐ彼を見て、リサは呆れたように小さく笑った。

 何故だろうか、苛立ちは覚えなかった。初めて目にする雄大な景観に、目ばかりでなく心も奪われているのかもしれない。


「風邪ひくぞ。あいつ」

「さすがに、海水浴にはまだ早いですからね」


 横目でジュードを見る。先程はわずかに目を輝かせていたが、今では相も変わらず激情を抑え込んでいる表情に戻っていた。


 ウィルにジュードに構っている余裕があるのかと問われてから、リサは彼に声を掛けられずにいた。何を話すべきか判らなくなってしまったのである。無論、ソフィアとの関係を知ったこともひとつの原因ではある。

 関係を打ち明けられてから、ジュードがどれほどソフィアを大切に思っているのか理解した。しかし、理解すればするほど痛ましい想いは増すばかりだった。


 夜になり、あてもなく浜辺を歩いていると、キャンプの外れにジュードの姿を見つけた。

 覚えず足をとめる。声を掛けるべきか思案したが、しかし結局のところ、リサはジュードと少しばかり距離を置いたところに腰を下ろした。


「ディオンか……」


 名を呼ばれたのは久しぶりだ。


「申し訳ありません。妹のことで……」

「謝るなよ。まるで俺が、ソフィアと何の関係もないように聞こえる」


 ジュードが近くに落ちていた貝殻を手にし、海に向かって放り投げた。


「俺はな、ディオン。彼女が器となったことが納得出来ない。きっと、ソフィアじゃなかったなら、迷わずにアークを選んだろうにな」


 器がソフィアではなかったのなら、自分はどうするのだろうかと考える。世界なんてどうでもよいと言っていたように、リオンに頼まれても手を貸そうとはしないのかもしれない。


「計画を打ち明けられた時、器は私だと言われました。カンヘルといえど、魔法の才に優れた者は他にいないと。その時、心のどこかで自分ではなくソフィアかもしれないと思いました。ただ、怖くて言い出せなかった」


 ウィルにも言い出せなかったことをジュードに話したのは、リサ自身にとっても謎だった。だが、義務感のようなものに突き動かされたのは確かだ。


「――ディオンでも、怖いと思うことがあるのか」


 力なく笑うジュードに、リサは短く息を吐き出した。


「ありますよ。人を何だと思っているんですか」

「けれど、おまえは笑っていられる。俺には、ディオンの心境が判らない。それに、ウィルもだ」


 ジュードの口調にはどこか批難の色が含まれていた。それも仕方ないだろう。こんなにも、苦悩している彼からすれば、苛立ちを抱かれてもやむを得ない。


「ソフィアは、死んでしまうんだ。助ける術もない。死に方を選べと言われているんだぞ」


 大量殺戮者となる前に殺すか、器としての役目を終えての死か。どちらにしても、報われない運命だ。


「俺はどうすればいいんだ……?」


 その問いに答えることは出来なかった。彼女自身が答えを出してはいないのだ。答えられるわけもない。


「判りません……」


 リサは立ち上がり、その場を去った。


 キャンプの宿へと戻る途中、エリオットの姿を発見した。どうやら、ジュードとの会話を立ち聞きしていたようだ。


「間諜も仕事のひとつか?」

「いいえ。趣味です」

「あまりいい趣味とは言えないな」


 すれ違ってから足をとめ、振り返りもせずに背後の男に問い掛ける。


「今回の件、おまえが考えたのか?」

「私は協力を頼まれただけですよ」


 リサは思わず鼻で笑った。


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