「神様でも呼ぼうとしてんのかもな」
それからしばらく経ち、魔力の注入と解析が終了した。不明だった魔導石は、ひとつが攻撃魔法を宿したもので、もう一方が動力源としてのものだった。
「軍人だから、攻撃魔法の魔導石を持っていても不思議はないけれど、もう片方のはどうしたんだい?」
攻撃魔法を宿した魔導石は、保管庫で発見されたものだ。もう一方の魔導石は遺跡で回収したもので、リサとウィルは亜人や不審者と関係するものだと考えていた。しかし、動力源としての魔導石となると、関係性が推測出来ない。
「まぁ、かくかくしかじかあって拾ったんだ」
「拾っただって?」
ウィルが黙って顎を引く。すると、ランセルは判然としないとばかりに眉根を寄せた。
「使用済みの魔導石は一応回収が義務づけられているはずだ」
「へぇ。じゃあ、どこから回収されてないとか判らないのか?」
ウィルの問いにランセルは肩をすくめる。
「義務づけられているといっても、絶対ではないからね。努力義務みたいなものさ。それに、機械の種類とか使用頻度によっても、魔導石の寿命は変化するから管理は難しいんだ」
どこが回収していないか判れば、不審者への手がかりになるのだが、そうは問屋が卸さない。
「だったらさ、盗まれた魔導石とかなかったか? 怪しい奴を見掛けたとかでもいい」
「そんなことはないよ。魔導石を盗もうとした奴を見掛けたら、僕が殴り飛ばしているよ。レンチで」
即答だった。さらにいうと、物騒だった。
ここでも不審者の手がかりになるような情報は得られないようだと二人は肩を落とした。だが、もうひとつ聞いておくべきことがある。
「出荷は街ごとにしてんだろ? 出荷量とかは判るのか?」
「ああ。それなら記録が残っているから判るよ」
「教えてもらえるか?」
「部屋で待っていてくれ」
ランセルは足早にその場を去って行った。彼の背を見送り、二人は最初に訪れた部屋へと戻った。しかし、部屋に入ることはしなかった。廊下でランセルの帰りを待つ。
少ししてランセルが現れた。入っていても良かったんだよと言われたが、入る気になれなかったとは言えなかった。
彼はウィルに紙を手渡した。各都市への出荷量が書かれた紙だ。リサも隣から紙をのぞき込む。
「出荷量が多いのは教都だね。施設が出来たから、人も多くなるだろうし。教都が魔導石の増量を希望したのも当然だよね」
ランセルの言う通り、教都への出荷量は多かった。施設竣工に伴い、人口は増加している。それに加え、教都は出入りする人間も多い。他の都市と比べて、出荷量が多いのは当然だ。だが、人口なら中央の方が多い。それなのに、中央を上回る量が出荷されているのは考えものだ。
「もうひとつ聞きたいんだが、扉を閉じる魔法陣を発動する魔導石は出荷されているのか?」
リサの問いにランセルは首を傾げた。
「そんな魔導石、聞いたこともない」
ソルジェンテの遺跡で、神殿の閉ざされた扉は不審者が施したものとする見解が芽生えたが、どうやら見当違いだったようだ。そうなると、あの扉はずっと以前からあるものだったのだろうか。
頭を抱える二人を見て、、ランセルはもう一度首を傾げた。
「けれど、動力源の魔導石に術を付加させればいいだけだからね」
「付加させてんのはここだろ?」
ウィルが憮然と呟く。
「まぁ、量が量だから」
リサは納得した。確かに、各都市に出荷される魔導石の加工は、ここで行われているのだ。貴重品とされているが、生存圏全体となると膨大な量にもなる。
――いや、待てよ。
納得して、思考をとめては進歩がない。
「それは、量が多いからこの場でまとめてやっているということか?」
「そうだよ」
「つまり?」
ランセルに問う。
「つまり?」
ランセルはリサに問うた。その先の言葉を理解していないようだ。
「ここじゃなくても出来るということか?」
「そういうことなら、出来るよ。やり方さえ知っていればね」
「誰でも?」
「そう。誰でも」
「人種問わず?」
「ついでに、年も性別も問わずに」
リサとウィルはうなずき合い、勢いよく立ち上がった。
「色々と参考になった」
踵を返した二人に、ランセルが残念そうに声を掛ける。
「もう行っちゃうのかい? まだどこで名前聞いたか思い出してないのに」
――まだ考えていたのか……。
リサとウィルはランセルに後ろ手を振り、足早にその場を離れた。
閉ざされた扉の魔法陣は、はるか昔に施されたものではない。推測は潰されずにすんだ。
駅へと向かう道中、二人は考える。
「魔導石に余裕があるのは教都だ。施設が新しく出来ることを理由に、魔導石を稼ごうとした」
しかし、魔導石と亜人に明確な関係があると断言は出来ない。ただ、アウトローを唆した不審者の持っていた魔導石が教都に出荷されたものだったのなら、十中八九、不審者も教都の人間と考えられる。
「教都で幅を利かせているのはリガス教だ」
教都を代表する者もリガス教の聖職者だ。二つが関係していないとは思えなかった。
「ああ。リガス教が関係していると考えるべきだろう」
「問題は動機だ。仮にリガス教の奴らがアウトローを唆した犯人だとして、何で食糧なんか狙うんだ?」
生産地帯から食糧は不足なく届けられているはずだ。アウトローとは違い、食い物に困窮することはないだろう。食糧を奪う目的が判然としない。動機がなければ、疑う余地もない。
「動機、か……」
困窮していなければ、奪う目的はない。ならば、逆はどうだろうか。困窮していれば、奪う目的はある。今困窮していなくとも、これから困窮すれば奪う目的が出来る。
「何かが起きるのか……?」
「どういうことだ?」
「これから、食糧が困窮すると判っていたらどうだ?」
ウィルが理解しがたいと眉根を寄せる。
「予知か?」
「出来るのならそうかもしれない。けれど、予知ならリガス教が騒ぐだろう。どこにでも信者がいるんだ」
眉根を寄せたままウィルは息を吐き出した。
「予知が違うとなると、厄介なことになる」
リサは顎を引いた。予知で未来を透視することが出来ないのなら、未来を知り得る理由はひとつに限られるだろう。
「リガス教は何かを企んでいる」
ウィルは嘲笑を浮かべた。リガス教の目的は判らないが、くだらないことを考えているのは間違いなさそうだ。人を捨て駒に利用するなど許されるわけがないなどと説教する気は毛頭ないが、愚かしい企みを放っておくわけにもいかない。
「神様でも呼ぼうとしてんのかもな」
冗談でもリガス教の教徒が耳にしたら憤りを露にするだろう。神になど一片の興味も示さないリサとウィルにだからこそ言える冗談だ。
「存在しない奴をどうやって呼ぶんだ?」
「違いねぇ。この案は没だな」
案とも言えない戯言だ。案と言い張るのなら、もう少しまともなことを言ってもらいたいものだ。
「戦争でも吹っ掛けるのか?」
「それもないだろう。態々、自分たちの立場が悪くなるようなことをしなくとも、リガス教は充分に発言力を持っている」
何より、戦争をする力をリガス教は持っていない。勝ち目のない戦いを起こすわけがない。
「戦争の前に思いつくことがあるだろう?」
戦争が目的になることはない。戦争は手段でしかないのだ。その先に目的がある。
「国をつくるとかか?」
リサは顎を引く。
最も考えられるとすれば建国だ。信者は山ほどいるのだ。民になり得る者も必然的に多くなる。クレムスでは教都に出来た新しい施設へ移転希望を出す者が大勢いた。他の街でも同じことが起きていたかもしれない。
希望が叶わなかった者は、さぞかし肩を落としたことだろうと考え、リサは眉根を寄せた。クレムスで施設居住者が騒動を起こした時のことを思い出したのだ。
騒ぎを起こしたほとんどの者が、教都へ移転させろと口にしていた。騒動の原因は、亜人と殺人事件の情報が居住者に漏れたことにある。何故情報が漏れたのかは判明しなかったが、それもリガス教の仕業だったのかもしれない。
「壮大なことを考えるな。教会も、おまえも」
「他に何か考えられるか?」
リサの問いに、ウィルは肩をすくめて見せた。
「馬鹿の考えることは馬鹿にしか判らねぇよ」
「まるで私も馬鹿の仲間のように言う」
リガス教の人間と同じ扱いはされたくなかった。彼女は無神論者で現実主義の人間だ。聖職者や信者とは住む世界が異なる。
「おまえは時々、馬鹿みたいに頭が冴える」
表現方法が気に食わないと口を開きかけるが、声は出なかった。
不意に無線が鳴った。ウィルのものだ。彼は気が進まないと渋面をつくるが、それでも無視は出来ない。リサが顎先で応答するように促したのでなおさらだ。
〈私だ〉
聞き慣れない男の声だった。リサは一瞬、誰の声か理解出来なかったが、すぐに思い出す。これは、彼女の上官になった男――アドルフの声だ。
〈保管庫の件について報告がまだだが、アウトローは始末したのか?〉
「していません」
機械の向こう側で、アルベルトが眉をひそめる気配がした。それでも構わずに、ウィルは続ける。
「アウトローは利用されただけです。保管庫から食糧を盗んだのは、別の人間だ」
ウィルの言葉にアルベルトが息を呑んだ。彼もアウトローの犯行だと信じて疑わなかったのだろう。
「それに、盗むのに関わったアウトローはみんな死んでしまいましたしね」
〈判った。すぐに戻って報告をしろ〉
無線が切断され、二人は息を吐き出した。逃げることは出来ない。ウィルは大丈夫だと言っていたが、どうなるか判らないというのが本音だった。
「まぁ、命令違反になったところで停職だ。特に怖いものでもねぇだろ?」
リサは小さく笑った。彼の言う通りだ。停職は独房に入れられるわけでも、外出制限を受けるわけでもない。ただの休みと考えれば怖いものではないだろう。
「おまえが言うと、大したことないように聞こえるな」
「大したことねぇよ。それに、まだ命令違反だって決まっちゃいない。案外褒められるかもしれねぇぞ。よくやった。早く真犯人を捕まえてこいってな」
ウィルが片頬で不敵に笑って見せる。この男は楽観的すぎる節があるが、隣にいるとそれが伝染するかのようだった。
「アルトシュタットはまた後だ。とりあえず報告に行かないと、本当に命令違反になる」
二人は上官に報告するため、中央へ向かう列車に乗り込んだ。




