「何百年も昔からの悲願だ」
街の灯も消え、暗くなった室内で二人の人影が動いた。
影だけでは、男か女かも判断することは出来ない。
影の一方は、紙を手にしているようだった。横顔が俯き加減に傾いて、手にした紙を見下ろしていた。片方の手を顎に宛がい、影であろうとも何かを思案していることがうかがえる。
「少しばかり、まずいことになったようだな」
紙を持った人物から、低い声が発せられた。この声は男のものだった。
「まさか、勝手に動いているとは……」
もう一方の影が苦虫を噛んだような苦しい声を出した。この声も、また男のものだった。
「俺の不注意だ。すまなかった」
頭を下げた男の肩を、もう一方の男が軽く叩いた。
「まぁ、いいだろう。すぎたことをとやかく言っても仕方ない」
男は続けた。
「それに、おまえのことだ。すでに手は打ってあるんだろう?」
「ああ。最優先事項だからな」
頭を下げた男が、今度は不敵な笑みを口元に浮かべた。
片を叩いた男が手にしていた紙を折り畳み、胸のポケットへとしまい込んだ。
「何百年も昔からの悲願だ」
「簡単に破綻させやしない」
男たちの声からは、意志の固さが聞き取れた。
祖父よりもずっと先の代から計画されたことだ。立案者がこの世を去り、それでも同調した者たちが陰で力を合わせてきた。そして、彼らの代でようやく悲願が達成されようとしている。
「失敗すれば、我々の祖先に申し訳が立たない。ただあの世に行くだけではすまされないぞ」
一方の男が喉奥で笑い声を立てた。
「あの世なんて物騒なこと言うなよ」
「物騒ですめばいい」
男は腕を組んで、肩をすくめた。
「一から計画をやり直すには、大変な労力を要するからな」
「完璧な計画だ。失敗するはずがない」
「おまえに限ってつまらない失敗はしないと思うが、油断はするな」
今度は違う男が肩をすくめて見せた。
「言っただろう? すでに手は打った。これ以上先に進むことは出来ない。となれば、手詰まりだ。充分に時間は稼げるだろう」
「それに関しては心配していない」
男は手近にあった椅子に腰を下ろした。
「未来の同胞のためだ。我々の責任は大きい」
「だからこそ、やりがいがあるんだ」
立ったままの男の口調に熱がこもる。
「この時代に生まれたことに感謝しないとな」
彼はそう言って唇の端を上げる。そして祈りを捧げた。




