「相変わらずつれねぇな」
リサとウィルは、その日のうちにブライトを出た。手渡された地図を見ると、二人が次に目指すアウトローキャンプはブライトから北北西の方角に印されている。水郷都市ソルジェンテを経由して行くのが一番早いだろうと判断した。
しかし、近いといってもソルジェンテからは徒歩で移動することになる。ソルジェンテを夜明け前に出発しても、アウトローキャンプに到着するのは完全に日が暮れてから、という見込みになった。
貨物列車とは異なり、乗り心地の良いモノレールで一度中央へと戻る。その後乗り換えをして、クレムスとは反対方向の列車に乗り二駅目がソルジェンテだ。ちなみに、中央とソルジェンテの間には、娯楽都市オルレアンがあり、ソルジェンテの先には教都が鎮座する。
水郷都市ソルジェンテは、三つの大きな湖といくつもの小さな湖に囲まれた街だ。暑い季節には、涼を求める人々が大勢訪れて賑やかさを増す。この季節クレムスも賑わいを見せるが、ソルジェンテには遠く及ばない。
昼間ならモノレールから見る景色が絶景だとされていた。緑の絨毯と、いくつもの水面が空の青色を映しだす風景は、ここでしか見られない。
夕刻もまた綺麗だといわれている。遥か地平線に沈む太陽が、水面を茜色に染めるのだ――と、離れた座席に座る男女が楽しそうに話をしているのを、軍服を着込んだ男女はつまらなそうに聞いていた。
高架線の下は真っ暗だ。とうに日も沈んでいる。外に見える明かりといえば、遠く離れた場所に小さく光る街の明かりくらいだ。あれは教都だろうか。背後に聳える高い山は、上部に雲を纏っているようだった。
雨が降るかもしれない。車窓に頬杖をついたリサは、そんなことを考えていた。
車両が速度を緩める。どうやら、そろそろソルジェンテに到着するようだ。
車窓から高架線の下をのぞき込むと、街の明かりがすぐ近くまで迫っていた。
列車が停車し、扉が開くと二人はプラットホームへと降り立った。直後に、ウィルが耳打ちする。
「うんちくを披露するんだったら、ちゃんと見える時にしろって話だ」
「くだらない」
リサはウィルの言葉を鼻先であしらった。
列車が動き出し、ひんやりとした風が吹く。中央の人工的な冷たい空気とは違い、ソルジェンテの空気は気持ちが良いと感じた。
二人はソルジェンテの駐屯地へと向かった。彼女たちは今夜そこに泊まる。宿泊する時は通常施設を利用するのだが、いかんせん今日は急すぎた。そこで、ブライトを出立する前にウィルがソルジェンテ駐屯地に勤務する知り合いに連絡を取り、寮の部屋を貸してもらえないかと頼み込んだのだ。
彼の知り合いは、すぐさま上官に許可をもらってきた。
かくて、二人はソルジェンテの寮に泊まることになったのだが……。
「それにしても、レインとディオンの腐れ縁はまだ続いてたんだな」
「何言ってんだよ。切っても切れないからこその腐れ縁だろ?」
狭い室内に笑い声が幾重にも響く。頭にも響く。
「……少しは静かにしろ」
ひとりだけベッドに座したリサが、憮然とした表情で足を組んだ。しかしながら、何故か彼女の部屋に集まり、酒盛りを始めた士官学校の同期二人は耳を貸さなかった。
「久しぶりに会ったんだ。ディオンも飲めよ」
「断わる」
「相変わらずつれねぇな」
「言ってろ」
リサのつっけんどんな言葉にも、腹を立てる様子は見せない。それどころか笑っている。
この同期二人は、士官学校で能天気二人組と呼ばれていた。がっちりとした体格の男がブレイン、長身痩躯の男がレアードという。今はウィルも合わせて能天気三人で、思い出話に花を咲かせている。
「こいつこんな顔して酒弱いんだよ」
こんな顔とは何とも失礼な言い方だ。
「へぇ。酔ったらどうなるんだ?」
「こう……、ちょっと目がとろんとなるとか。そういうことか?」
同期二人の食いつきようにリサは呆れを隠せない。愛想だけは良いウィルも、面白そうに話をするので、笑い声は収まることを知らなかった。
「酔った時くらい女らしくなるかと思うだろ?」
前のめりになって話に耳を傾けるブレインとレアードに、ウィルはにやりと笑って見せた。
「けどな、残念ながら酔ったらすぐに寝ちまうんだよ。いくら帰るぞって言っても、起きやしねぇ。だから、俺がいつも家まで送り届けるんだ」
二人が同時に落胆の声を出すが、片方が気を取り直したように先を促した。
「んでんで? その先はどうなんだよ?」
ウィルは呆れたように溜息を漏らした。次いで肩をすくめて、実に尤もらしい口調で言う。
「馬鹿野郎。その先は秘密だ」
「おお!」
ブレインが声を上げたが、それを無視して近くにあった褐色の頭に拳を落とした。
「ふざけるな」
「まぁ、何にもないってことだ」
「当たり前だ」
再び能天気二人組が肩を落とした。
ようやく笑い声が途切れ、男たちが息を吐き出しながら天井を仰ぎ見た。
「確かさ、おまえらって最初の配属は中央じゃなかったよな?」
ブレインがしみじみと呟く。
「ああ。俺もこいつもクレムスだった」
「ディオンはクレムス出身だから判るんだけどさ、レインは物好きだよな」
中央出身のウィルはクレムスに行ったことなど一度もないと言っていた。それなのに、態々希望地にあのような辺境都市を選んだのだ。物好きと言われてもおかしくはない。
その理由について、リサは一度だけ尋ねたことがあった。すると、彼は苦笑しながら「物好きで変な奴の影響だ」とだけ答えた。それ以上は話そうともしなかったので、彼女は一言相槌を打ってその話を終わりにした。
「特に行きたい場所もなかったからさ、鉛筆に希望地書いて転がしたんだよ。そしたら、偶然にもクレムスが出たってわけだ」
「さすが腐れ縁!」
いい加減なことを言う男だと短く息を吐き出した時だった。部屋のドアが勢いよく開けられて、四人の心臓が飛び跳ねた。
姿を現せたのは、鬼の形相の寮監だった。
「消灯!」
大声と共に、部屋が真っ暗になった。




