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簡単! 多文化理解のすすめ

作者: 骨折ギプス
掲載日:2013/06/15

最近、方言についての認識が、好ましい方に、劇的に変化している。

昔は方言について、「あまり人前で話すべきではないもの」という、とても悲しい共通認識があった。

特に年配の方などは、方言を恥ずかしいもの、正しくないもの、と認識していらっしゃる方が多い。

これは、言語統一による情報伝達の効率化を目論んだ、「方言矯正運動」も大きく影響している。

方言を話すと仲間はずれにされ、いじめられた、という悲しい事件もあった。これはもちろん現在でも、

その数こそ減っているが、なくなってはいない。だが、その状況が今日、変わりつつある。

最近の意識調査アンケートによれば、

「方言を使うことに対してどのように感じるか」という問いに対して、

60代以上では否定的な感情が圧倒的に多いのに対して、40代では否定・肯定半々くらいになり、

20代の若者に至っては、肯定的な感情が多数派となり、否定的な感情はごく少数にとどまった。

方言を持たない、いわゆる標準語を話す若者たちの中には、

「方言がないことが恥ずかしい」というような意見が多数見られた。これには、

全体的に能力の画一化を目指した教育方針から、個性や独自性を発揮させることを目的とする

教育方針に変化したことが、少なからず影響を与えているものと、私は判断する。

すなわち、今の若者は「自らの方言」を「自身の個性」と認識している、ということだ。

これは、社会にとって良い効果を生み出すに違いないと私は考える。

なぜなら、自身が確固たる主体性を獲得し、自己を確立させるのに役立つからである。

きちんとした主体性を持った若者が増えることは、社会の発展に大きく貢献する。

言葉と文化は密接に関係していて、相互に影響を及ぼし合っている、と私は思う。

それゆえに、用いる言葉が異なれば、異なる文化が形成されるのは当然だ。

異なる文化は互いを刺激しあい、切磋琢磨する。これは、それぞれの文化の発展を大きく前進させる。

さらに、身近に異なる文化が多数存在すれば、自ずから人間は「多文化理解」を獲得する。

グローバル化が急速に進む今日、異国の文化に触れることは日常茶飯事である。

それにいちいち戸惑っていては、始まらない。

多文化理解の精神があれば、自分と異なる文化に出会っても、

自文化至上主義(自身の文化こそが最も優れているとする思想の事)に陥ることなく、

相手の文化を尊重でき、様々な文化が共存する「多文化共生」につながる。

様々な主義主張を持った集団が、お互いの文化を尊重し、共存できる。

そのような光景が訪れたとき、

世の中に安らぎと穏やかさや、心の豊かさ等が満ちるだろうと、私は信じている。

どうだろう、たまには祖父母たちをを訪ねて、親愛を深めながら、

地域の方言や文化などを尋ねてみないかい?

きっと君の人生に大きな収穫を与えてくれるだろうと、私は思う。

君の地域の方言はどんなかな?

読んでくれてありがとう。

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