第5話:運命の友達
―――あんたが好きだ。
何故そんな事を言ってしまったのだろうか?
僕は言ってしまってからそんな事を頭の片隅で思った。
だけど、言ってしまったものは既に取り返しがつかないのも事実だし、僕が十朱に好意を持っているというのも事実だ。
まあ彼女が僕の名前を呼んで初めて気付いたのだが。
「あ、あの・・・瀬亜・・・くん?」
僕の腕の中で、十朱が恥ずかしそうな声を漏らす。
いかに世間知らずで箱入りのお嬢様だと言っても、僕の言葉の真意くらいは分かるらしい。
十朱は、僕の腕に抱かれながら、顔を上げた。
僕もそれに釣られ、顔を下げる。
その結果、僕たちは至近距離で見つめ合う形になった。
十朱の綺麗な瞳、形の良い唇、弾力がありそうな頬。・・・そして、さっきから体に当たっている胸の感触全てが、僕が十朱の事を好きなんだと思わせる。
「あの、瀬亜くん。私もあな―――」
『咲ー?』
「「――――ッッッ!?!?」」
十朱が何か言おうとした瞬間、扉の向こうから、岬さんの声が聞こえる。
流石に今のこの光景を見られるわけにはいかない。どうにかして隠れなけれ―――。
と僕が焦って考えを巡らせようとした瞬間、十朱はいきなり僕の腕を取り、それを合気の要領で僕の体勢を崩した。
「・・・は?」
あまりの出来事に完全に対応を忘れる僕。
そしてそんな僕など知った風ではないと言いたげに、十朱は僕を跳び箱の中に叩き伏せた。
―――ゴンッ!
「~~~~~~~~~~!!!」
その時に跳び箱の角に鼻をぶつけ、僕は跳び箱の中で悶絶する。
「放課後また来ますからそれまでこの中で隠れていてください!」
と小声でそう言った彼女の声を聞きながら、僕は必至で痛みに耐えていた。
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一体どれだけの時間が経ったのかは分からないが、放課後になったのだろう。
跳び箱の一段目がどかされ、開けた天井から、十朱がひょっこりと顔を出した。
「あの・・・瀬亜くん?大丈夫でし・・・ってどうしたんんですかその血!?」
十朱が驚いた声を上げる。
血・・・?
僕はまさかと思い、おもむろに手を鼻の位置に持っていく。
すると案の定、鼻を強く打った為、鼻血が流れていたらしい。
・・・どうりでクラクラすると思ったら。
「大丈夫だよ。少し鼻打っただけだから」
僕は彼女に心配をかけまいと、そう言うが、僕の「鼻を打った」という言葉で、あの時だと思ったようだ。
「す、すいません。私が乱暴な事をしたから・・・」
十朱は、謝り、しょんぼりと表情を暗くする。
「いやいや。別に気にしてないから。それにしても、あんた武術出来たんだね。中々の合気だったけど」
「はい。お父様に言われて護身用にと」
「護身用ってレベルじゃなかった気がするけど・・・」
あれは完全にそれなりの実力を持っている人の動きだ。
「いえ。本当に護身用なんです。ただ・・・」
「ただ?」
「もし瀬亜くんが見つかったら、瀬亜くんが大変な事になると思って、どうしても助けたいって思ったら、身体が勝手に」
恐らく自分でもうまく纏まらないんだろう。
言っている文脈はメチャクチャだ。
だけど十朱さんの思いは伝わった。
そして、それだけで僕は少しだけ気分がよくなった。
彼女が自分の為に頑張ってくれたと聞いただけで気分が良くなるなんて随分とアレだな、と思うが仕方がない。
「・・・そ、それで瀬亜くん。あの時のお返事なんですが・・・」
その言葉で、僕の心臓は大きく跳ね上がった。
そして、ある一つの思いが湧きあがる。
―――本当にこれでいいのか?
もしこれで、彼女との関係が進んでしまって僕は本当に後悔しないのか?
僕は、ゆっくりと彼女を見た。
「あ、あの・・・。わ、私・・・私も・・・」
彼女は震えていた。
それを見た僕は、咄嗟に叫んでいた。
「―――友達になろうっ!」
「・・・・え?」
「だから、僕たち友達になろう」
それは単にビビったからなのか、それとも彼女の事を想っての行動なのかは分からない。
「と、友達・・・ですか?」
けど僕は言葉を一生懸命綴っていた。
「ほら、僕とあんたの出会いって結構運命的だろ?たまたま俺が助けて、その後にたまたま合コンで一緒になった。ほら、完全に運命じゃん」
「た、たしかにそうですね!私もそう思います!じゃあ私達―――」
十朱は、どこか無理をしたような笑顔で、
「―――“運命の友達”ですねっ!!」
そう、言った。
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あの後、僕は十朱と別れを告げ、そのまま家に帰った。
学校に荷物を取りに向かおうかとも思ったが、何故かそういう気分になれなかった僕は、結局帰宅する事にした。
誰もいない家に帰ると、そこには何故か母がいた。
「あら翔太。おかえり」
「・・・・・・・・・」
母の言葉を無視して、僕はそのまま階段を上がり、自分の部屋に入り、そしてベットにいつものようにダイブした。
僕がベットに大分するのは、その日一日が終わったという証みたいなものを感じれるからだ。
厳密には終わっていないのだが、気を張らなくてよくなったというのは、僕の心に、大きな余裕をもたらす。
母がいたことで幾分か気分が悪くなったが、どうせすぐに消えるのだ。たいした事じゃない。
まああのクソ女の匂いが家に残るのは嫌だったが、クソ男のじゃないだけまだマシだった。
「・・・あー気分悪い。風呂入って寝よ」
夕食を食べる気力も湧かず、僕は風呂・・・厳密にはシャワーを浴びて、そのまま寝た.