第3話:一歩を踏み出せ
公園から帰ってきた僕は、誰もいない家の中にある質素な自室のベットにダイブした。
「何をこんなショック受けたんだよ・・・」
無様な自分を自分で罵倒する。
別にそういう性癖というわけではないので勘違いはしないで欲しい。
でも、ショックを受けているというは本当だった。
十朱に許嫁がいたからか・・・。
「てかそれしかないよなあ・・・」
しかし、それは僕にとって重大な事だった。少なくとも簡単に受け入れられる事実ではない。
そう。問題は彼女に許嫁がいた事じゃない。彼女に許嫁がいた事にショックを受けている僕がいるという事だ。
つまりそれは、ある一つの結論を導きだす事にな―――。
「ってありえないだろう!!」
そう、ありえない。
僕はあまり他人に対して興味を抱かない人間だった筈だ。だからこそ僕は誰が何しようと平気だったし、気にしなかった。
興味が無いからこそ僕は他者に対して優しく接する事が出来たのだ。
「それが出会って1日で・・・?」
僕は必至に浮かんでくる考えを否定するが、一度導き出した結論は中々消えない。
・・・既に認めるしかないらしい。
「僕は十朱咲に恋してるのか・・・?」
・・・とうとう言ってしまった。
しかし、「人が前に進むにはまず自分を理解しろ」というエマの教えがある。つまりここで大事なのは、この恋をどうするか、という事だ。
普通に考えて僕の恋・・・より正確に言うならば初恋は、想うだけ無駄だ。
なぜなら、十朱さんの許嫁は「あの」鏡正院家だからだ。
これがマンガとかなら、「金持ちがなんだ!大切なのは気持ちだろ!?」とかなるのだろうが、生憎現実はそう甘くはない。
それに鏡正院家は普通の資産家とは一線を画す存在だ。
設立当初は鉄道事業でのし上がり、今では、電化製品、携帯産業、自動車等の乗り物産業、スポーツ産業、更には芸術界にまでその規模は及ぶ。
一族の中には、国会議員までおり、何人かは総理大臣にまでなった事もある。
簡単に言うならば、鏡正院家は、日本の裏の支配者と言うべき存在だ。
そんな存在に一回の高校生が敵うはずがない。
仮に僕が覚悟を決めても、僕以外の人間に迷惑がかかれば僕はどうしようもない。
「初恋は成就しないと言われるけど。これは少し嫌がらせが過ぎるんじゃないか?神様?」
ベットの上で仰向けになり天井を見つめながら、僕は小さく呟いた。
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次の日。
昨日の夜眠れなかった僕は、重い身体を引きずりながら自分のクラスのドアを開けた。
教室に入ると、深見と目が合い、深見は僕の所にやって来た。
「おい瀬亜、昨日はどうだった?上手くやれたか?」
勝手に消えた文句を言われると思ったが、予想に反して深見は期待を込めた声で俺にそう尋ねた。
上手くやれたかというのは、恐らく十朱とどうなったかという事だろう。
「いや。何も無かったよ。彼女を送ってそのまま帰っただけだ」
僕は昨日の事を努めて思い出さないようにしつつ、冷静にそう言った。
しかし、深見の顔は心配の色に染まった。
「何か会ったのか?」
予想外の言葉に、僕は思わず息を詰まらせる。
何で?という言葉すら出てこない。
「その様子じゃ、やっぱり何かあったんだな?」
「い、いや、別に深見が気にするこ事じゃ・・・」
「今日昼休みにメシ持って屋上に集合な」
「え、あ、ちょ―――」
僕が何か言い終える前に深見はその場から立ち去った。
強引や奴だなと思ったが、僕は強引なのは別に嫌いじゃない。誰かにひぱって貰ったほうが考えなくて済むからだ。
それよりも気になるのは深見が僕の嘘を見破った事だ。
自慢じゃないけれど僕は嘘には少しだけ自身がある。・・・本当に自慢じゃないな。
ほとんど初対面の人間に見破られる事なんてありえない。
「まあ、それも含めて昼休みに聞き出すか」
それに僕は今誰かに聞いて欲しかった。客観的な意見が欲しかったのだ。
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そして、昼休みになった。
僕は約束通り、屋上へ向かった。
「おう。来たか」
そこには既に深見がいて、相変わらずの爽やかな笑みを僕に見せてきた。
「約束を守るのは人として当然だよ。例えそれが一方的な約束でもね」
せっかくなので皮肉を返してみるが、深見はあまり気にしていないようだ。
「はは。・・・まあ、早速本題に入るんだが、お前、昨日何があった?あの・・・と、と・・」
「十朱咲だよ」
「そうそう。十朱咲を連れ出した後、何がお前の元気を奪った?」
・・・まさか。
僕は今、心の底から驚いていた。
なんで目の前のこの男は僕の心の内を言い当てる事が出来る?
「なんで君は僕の心の内をそんなはっきりと断言出来る?それに何故僕の事をそんなに気に掛ける?」
僕の問いに、深見は、ひどく真面目な顔をした。
少なくとも僕は、深見のこんな顔を見た事は今まで一度もない。
部活の助っ人の時も、体育祭の団対抗リレーでアンカーだった時も。この男のこんな真面目な顔は見た事がなかった。
「俺はさ。ずっとお前を見てきたんだよ」
深見から発せられた言葉を僕は理解する事が出来なかった。
「・・・どういう意味だ?」
「ああ。別にホモとかそういうんじゃない。たださ、俺は入学式でお前を見た時からずっとお前を見てた。――――親友になりたくて」
「・・・親友?僕と?何故?」
「それはさ。お前があの入学式で誰よりも“何か”を切望していたからだ。少なくとも俺が見た限りではな」
確かに僕は、この高校に来て何かを変えたいと思っていた。
今の下らない自分から決別したいと思っていた。
「だけど。それが深見が僕と親友になりたい理由にはならないだろ?」
そう。仮に深見が僕にそれで興味を持ったとしても、深見が僕と親友になりたいという理由にはならない。
「それはお前の価値観だろ?少なくとも俺はその時のお前を見て親友になりたいと思ったんだ。それじゃ不服か?」
「――――不服だね。きちんと納得できる理由を言ってくれ」
それを聞いた深見は、楽しそうに微笑んだ。
「やっぱりお前は最高だよ。周りには平凡なフリしてるクセに、本性は全くの逆だ」
深見は一度一呼吸置いた。
「俺がお前と親友になりたい理由は、そこにある。・・・俺はずっと人生が詰まらなかった。何をしても上手く行った。だから高校に入ったと同時に俺は運動は出来るが勉強は出来ない気さくなキャラを演じる事にした。だけど一ヶ月ほどで飽きちまったんだ。そして、その時に思い出したのがお前だった。お前と一緒にいれば俺は人生を最高に楽しいものに出来ると思ったんだ。・・・これが本当の理由だ」
嘘だな。
僕はそう確信した。少なくとも全部は確実に言っていない。
何故か理由は分からない。けど、彼からは、エマが嘘を吐くときの、「匂い」と言うべきものが漂っている。
でも、これ以上追及するのが面倒になったし、これ以上踏み込みすぎるのは流石にマナー違反だろう。
「分かった。納得しよう。・・・今の所は」
「・・・くははっ!そりゃどうも。じゃあ今日から俺とお前は親友ってことだな?」
「そういう事になるね」
「じゃあ親友。昨日の事を包み隠さず全部話してくれ」
現金なやつだ。
親友だという事を認めた時点で図々しくなりすぎだろ。なんだ「包み隠さず」って。
「はあ・・・。分かったよ」
結局僕は昨日の出来事を全部深見に話す事にした。
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「あははははははははは!!!ダセェ!お前超ダセェ!」
深見に昨日の事を全部話したら・・・爆笑され、滅茶苦茶バカにされた。
「・・・流石に笑い過ぎだろう」
と、抗議の声を上げるが、
「あははは!ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!ぐうぇうぇうぇうぇうぇうぇ!!!」
気持ち悪い爆笑を止める気配はない。
少しイラッとした僕は、深見の顔を蹴り飛ばす。
「べひぇひぇひぇひぇひぇぐぼわっ!!―――何すんだコラ!」
「笑い声が不快で更に気持ち悪い」
「す、すいません・・・」
僕の滲み出る怒気に気圧された深見は、素直に謝罪する。
「ま、まあ。笑ったのは悪かったけど、お前ダサすぎっていう所は変えねえよ」
まあそれは僕も思ってた事だ。
「確かにあの時の僕は確かにダサか―――」
「ちげえよ。あの時のお前の判断は正しかったと思うよ。その時に鏡正院のクソに噛み付いてたら本当に面倒な事になってただろうからな。問題なのは今日になってもウジウジしてるってことだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「こんな普通な事言いたくはないけどさ。諦めんな。好きなら最後まで諦めんなよ!初恋だぜ!?一生に一度の恋だぞ!?全力で走らなきゃどうすんだ!」
「・・・・・深見」
「相手に許嫁がいるとか、許嫁が金持ちとか、そんなの全然理由になってねえだろ!お前はただ勇気を出せていないだけだろ!変わりたいんじゃなかったのかよ!?高校生になって、何かを変えたかったんだろ!?なら変えろよ!どんな事でもいい!一歩を踏み出せよ!お前!――――男だろうがっ!!!」
「―――――――――ッッッ!!」
僕は、咄嗟に駆け出していた。
まだ答えが決まったわけじゃない。
この気持ちが恋だとは完全には分からない。けど、深見の言う通り、一歩を踏み出さなきゃ、
「―――――僕は一生僕のままだ」
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翔太が消えた扉を見つめながら、深見は虚空に向かって小さな笑いを零した。
「『一歩を踏み出せよ』・・・か。その一歩を踏み出せなかった奴が何を偉そうに・・・」
深見の声は悲しげで、今にも涙がこぼれてきそうな印象を持たせる。
「・・・お前は変われよ。絶対に、後悔すんじゃねえぞ。・・・翔太」
そう呟く深見の声は、空に溶けていった。