第1話:出会い
自堕落な生活。
目的のない生活。
高校二年生である僕、瀬亜翔太の現在の生活を表すならその言葉が一番適切だろう。
中学まではアメリカで生活していて、高校進学を機にこの日本にやって来た。初めから何か特別な事をしようとしていた訳じゃない。
高校デビューなんて興味は無かったし、彼女も別段どうしても欲しいという訳ではなかった。
でも、この高校生活で何かが変わればいいなとは思っていた。
今までとは違った別種の楽しさを味わえればいいな。
そんな子供染みた幻想を抱いていた。
だけど、それはこのまま行けば、本当に幻想で終わってしまいそうだった。
僕が通っている私立月波学園は、文字通り、学園自体は本当に月並みな学園だった。勉強が得意なわけでもなく、スポーツが強い訳でもない。
そんな平凡な学園だった。
そして僕も今ではその平凡な人間の中の一人となっていた。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
「ねー、駅前に新しくケーキのお店オープンしたらしいよー」
「うそーマジで!?行ってみようよ!」
「おい。今日はゲーセンよって帰ろうぜ」
「ワリー、俺今金無いんだわ」
僕は、放課後になり繰り出される、定番ともいえる会話に耳を傾かせながら、リュックに教科書を詰めていく。
僕が使っているリュックは、アメリカで出会った俺が一番尊敬する女性から貰ったスポーツリュックで、五年経った今でも変わらず愛用している。
その女性とは、今でも手紙のやり取りと月一で行うし、電話も半年に一回程度だが行っている。
荷物を詰め終わった僕は、そのまま家に帰ろうとした。
それが僕のこの学園での当たり前の行動だったし、特に親しい友達のいない僕にしてみれば、それしかする事がないとも言えた。
しかし、今日は少し違った。
「おい瀬亜!ちょっと待てよ」
呼び止められ、僕はその場で振り返る。
僕を呼び止めたのは、クラスで一番人気の深見拓人だ。ジャヌーズ顔負けのイケメンである彼は、良く女子から「なんでジャヌーズに入らなかったの~?」とアホな質問を受けているのを見た事がある。
その度に彼は、「いやぁー恋愛出来ないジャヌーズって俺にとっては結構しんどいっつーかさ」と嫌な顔せずそう言って返していた。
そして彼はスポーツ万能でもあった。
特定の部活に属してるわけではないが、よく助っ人などで試合に出ているのを聞いた事がある。
そして彼の最大の特徴は、190㎝もあるその身長だろう。
とまあ、そんな学園の人気の人である深見が僕に何の用だろうかと思っていると、深見はポンっと僕の肩に手を乗せ、とても爽やかな笑顔で、
「合コンいかないかっ☆」
と言ってきた。
フム。
合コンとはあの男女が集まり、王様ゲームとか棒状お菓子ゲームとかをするアレだろうか?
「お断りするよ」
僕はそう言うと、深見の手を肩どかし、そのまま帰ろうと踵を返した。
「おいおいおいちょっと待てよ!人数が足りないんだよ。何とか出てくれ!」
深見は僕の腕を取り、必死に懇願してくる。
「それなら僕以外の奴に頼めばいいだろ?なんだ僕なんだ?」
「相手の女子にイケメンを用意するって言っちまったんだよ!俺が知ってる奴で今すぐ都合がついてイケメンって言ったらお前しかいなんだよ!なあ?頼む!」
正直面倒くさいと思ったが、イケメンと評価されては悪い気はしない。
人助けの為と割り切り出てみるか。
「分かったよ。何時に行けばいいの?」
「出てくれるのかっ!?ありがとう。よし、そうと決まれば早速行くぞ!」
どうやら今から直ぐに向かうらしい。
計画性の無さは、勉強の出来ない深見らしいなと思いながら、僕は深見の後に付いていった。
「なあ深見、相手の女の子はどんな子達なんだ?」
ただ黙って歩くのも芸がないなと思った僕は、隣を歩く深見にそう尋ねた。
「んー?ウチの学園の芸能科の女子達だよ」
「なっ―――」
それを聞いて流石の僕も驚いた。
僕が通っている私立月波学園は、普通科の他に芸能科というものがある。
その芸能科には様々な芸能分野のプロを目指す人達がいる。音楽や、美術といった代表的なものから、女優や俳優を目指す人や、仲には声優とか漫画家といったものを目指す人達もいる。
そんな一芸のプロの女子達が普通科の男子と合コンとは。
大丈夫なのだろうか?
そんな僕の表情を勘違いしたのか、深見は能天気に笑う。
「心配すんなよ。来る女子は皆美人ばっかだから」
そんな事はどうでもいい。
暫くすると、駅前について、僕と深見は残りの合コン参加者の男子と合流した。
「なあ拓人。そいつが急遽見つけた奴か?たしかに顔は結構いいが・・・」
恐らくジミだと言いたいんだろう。
まあ、今の僕からは覇気というものは一切出ていないだろうから、ジミだとかんじても無理はない。
「はは!まあいいじゃねえか!それよりも早く予約した店に行こうぜ!」
そう言いながら、深見は歩き出した。
僕は歩き出した深見の所へ行って、小さく耳打ちした。
「僕余りお金持っていないんだ。だからコンビニで引き落としてくるから場所だけ教えてくれないか?」
「ああ。別に気にすんな。無理矢理連れてきたのは俺だからお前の分の金は俺が払うよ」
随分気前がいいな・・・。それとも僕が逃げると思ったのか。
どっちにしろ僕は人に借りを作るのは好きじゃない。
無理矢理集合場所を聞き出し、僕は近くのコンビニに入った。
そして、自分の食費も含めて三万程引き落とすと、僕は適当にコーヒー牛乳を買って、コンビニを後にした。
一人コーヒー牛乳を飲みながら歩いていると、白いワンピースの上にロングカーディガンを着た一人の女性が、クレジットカード片手に自販機の前で立っている。
何してるんだ・・・?
と、思いながら通り過ぎようとした時、その女性はいきなり自販機のお札を入れる所にクレジットカードを入れようとしだした。
マジかよ。一体どこのお嬢様だ?
呆気にとられる僕だったが、このまま見て見ぬフリというのも何か後味が悪かったので、僕は声を掛ける事にした。
「あの・・・何してるんですか?」
僕の声に「え?」と言いながら女性が振り返った。
その時、僕は僅かな時間完全に止まってしまった。
女性は、思った以上に若く、少女というような年齢であり、長い漆黒の綺麗な髪に、ありえないほど整った顔。
出る所がでて、引っ込む所は引っ込んだ完璧なプロポーション。
初めて純粋に女性を見て僕は「きれいだ・・・」と思った。
「あの・・・何でしょうか?」
礼儀正しい口調をした彼女の美しい声音に現実に戻された僕は、彼女の奇行を指摘する事にした。
「あのさ、クレジットカードは自販機には使えないよ?」
それを聞いた少女は、眼を大きく見開いた。
「そうなのですか!?では皆さんは一体どうやってお買い物をしているのでしょう?」
「いや、普通にお金を使ってだと思うけど」
彼女はどうやら本当にお嬢様の様だ。この箱入り具合、それ以外に僕には考えられなかった。
「お金ですか?それは私持っていないのですが・・・」
しゅんとしてしまう彼女を見ていると、先程感じた思いが霧散していくと同時に、既に時間が余りない事に気付いた。
「ねえ、何が飲みたいの?」
俺は少女にそう尋ねた。
「え?えっと、このミルクティーを・・・」
そう彼女が言うと、僕は財布を取り出し、自販機に小銭を入れる。
そして、ミルクティーのホットのボタンを押し、出てきたそれを彼女に渡す。
「はい。暖かい飲み物の方が良いかなって思ったんだけどどうかな?」
「あ、はい。暖かい方が良かったです」
「そう。なら良かった。それは面白いものを見せて貰ったお礼だと思っておいて。じゃあ僕は急ぐから」
そう言って僕は駆け出した。
後ろで彼女が何か言ったような気がしたが、今はそれを気にしている余裕はない。
僕は急いで合コンがある店まで急いだ。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
合コンが始まったが、僕は特に誰とも喋らず、一人飲み物を飲みながら料理を食べていた。
それは五人対五人の予定だった合コンの、相手の女子がまだ一人来ていないからだ。
他の男子はさっそく目当ての女子にアタックをし、楽しくおしゃべりしている。その中でダントツ人気なのが深見だ。
というか相手の女子は全員深見狙いといっても過言ではないかもしれない。
今は仲良く他の男子と話している女子だが、僕が見ていると、一定のタイミングでローテしている。
もちろん、ジミな僕の所にはそのローテすら来ない。
まあその方が無駄な気を使わないで済む。
まあ、深見以外も早く女子の狙いに気付けよ、とも思う。
わざわざ私服で、しかもメイクまでしているのだから、女子の気合の入りようはかなりのものだ。
「すいません!」
そんな時、ようやく遅れてきた女子がやって来たようだ。
「もうー、遅いよ十朱。もう始めちゃってるよ?」
「はい。遅れてすいませんでした・・・」
その新しい女子がかなりの美人なのだろう。他の男子は皆一様に「おぉ・・・」と、感嘆の声を上げている。
そして、僕は、感嘆ではないが、かなり驚いていた。
あの綺麗な声は、先程聞いたばかりなのだから。
そう。遅れてやって来た少女はあの自販機にクレジットカードを入れようとしていた少女なのだ。
彼女が合コンなどに参加しているのが少し以外だったが、一人の女子が先程「十朱」とおそらく苗字で呼んでいるのを聞いて、僕と同じような境遇か、と同情した。
彼女は立ったまま、僕達男子に向けて挨拶した。
恐らく座って挨拶してはダメだと躾けられてるんだろう。
「遅れました。月波学園芸能科音楽専攻の十朱咲です」
ぺこりと彼女・・・十朱さんは綺麗にお辞儀した。
完全に合コンの空気にはミスマッチなので、周りの人は少し引いている。
僕は興味ないフリをしながら料理を口に運ぶ。
しかし、空いている男子が僕しかいないこの状況下では、必然的に僕の前の席に座ってしまうのだ。
十朱さんは僕の前に座り、僕の顔を見た瞬間、大きく目を見開いた。「まあ!」とでも言いたげな表情である。
実際に「まあ!」と言わなかったのは、礼儀正しくすることが徹底されているからだろう。
僕がアメリカにいた頃も、一人、そんな友達がいた。
「こんばんは。十朱咲です」
彼女は嬉しそうに頬を緩ませ、僕に名前を言った。
「どうも。瀬亜翔太です。よろしく」
「よろしくお願いします。瀬亜様」
瀬亜様・・・。
恐らくそれも躾けなのだろうが、僕には過ぎた敬称だ。
「瀬亜さんでお願いします。十朱さん」
僕はそう呼び方を指定した。
こういうお嬢様は、基本的に自分で物事を選択するという能力が著しく低い。もちろん例外もいつが、十朱咲は間違いなく典型的なそのタイプだと言えるだろう。
「あ、はい。わかりました瀬亜さん」
そこで俺達の会話は終わってしまった。
まあ、僕が会話を拒絶する空気をだしていたのと、おそらくこういう居酒屋チェーン店などの料理が珍しいのか、感心したように料理を眺めては、口に運ぶので一生懸命だった十朱さん、二人のせいだろう。
そして、一次会が終わり、合コンは二次会を行う為に、カラオケに移った。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
カラオケに移ったあと、大きな変化が一つだけあった。
一人の男子が十朱さんを本気で狙っているのだろう。異様にベタベタしているのだ。胸に触るなどのボディタッチはないが、手などは平気で触っている。
十朱さんはと言うと、やんわりと拒絶の反応を示すが、その程度で諦めるわけがない。
僕はそれを見て見ぬフリをして、一人歌を歌っていた。
カラオケに来たのは初めてだったが、意外と楽しいな。
他の連中は女子と話す事に夢中らしく、歌の事などそっちのけだ。
ふと十朱さんの方向を見てみると、彼女は相変わらずの拒絶を示しながら、何故か僕の方をチラチラ見てくる。
どうやら僕に助けを求めているらしい。
しかし、僕はその助けに気付かないフリをした。
これからの人生、ノーと言えない日本人では生きていけないだろう。つまりこれは試練なのだ。
そう無理矢理自分を納得させ、僕は更にもう一曲歌おうとした時、不意に彼女と目があった。
「―――――!!」
その時、僕は彼女の瞳に涙が溜まっているのをはっきりと見た。
・・・ああくそ。
僕は女の涙にはどうしても弱いんだ。
いつまでも我慢するのは限界だった。ここで僕が彼女と会話すればあの男から何かしらの反感を持たれる。
あの男はどう見てもチンピラだ。なら下手なトラブルは避けたいというのが俺の本音だった。
しかも十朱さんは、アメリカで僕にリュックをくれた女性、エマとどこか雰囲気が似ている。
といっても放っておけないという感じだが。
僕は、マイクを机に置くと、無理矢理十朱さんの隣に座った。
そして、僕は自分自身に気合を入れる。
「十朱さん。そういえば、あの時あげたミルクティーは美味しかった?」
「え?あ、はい。美味しかったです」
「そっか。じゃあ僕も買ってあげたかいがあるよ」
そう言って笑う。
十朱さんとにべったりしていた男は少し焦ったのか、会話に入ってこようとした。
「二人って知り合いだったのかよ」
ワザとらしくテンション高めで言ってくる、男を一瞥し、
「そうなんだ。ここに来る前に出会ってね。少しお話したんだ。ところで十朱さんってミルクティー好きなの?」
僕は必要最低限の説明だけぢて、再び十朱さんに話しかける。
「はい。といっても私、紅茶全般が好きなんです」
「そうなんだ。僕も良く紅茶は飲むよ。十朱さんはどの種類の紅茶が一番好きなの?」
「私はルフナが一番好きです」
「なるほどね。だからミルクティーを買おうとしてたんだ?」
「はい。でもやっぱり味は大分違いました」
そりゃそうだろう。それに彼女の家の奴は最高級品を使っているに違いない。
「瀬亜さんは何が一番好きなんですか?」
「僕はジョルジをストレートで飲むのが一番好きかな?」
「あ、私も好きですジョルジ。なんと言っても―――」
といった風に、僕は十朱さんと紅茶の話しで盛り上がった。
昔、エマから、「女と会話する時はその女の好きなものから攻めろ」と教えられた事がある。そしてその後に、「だから男には多種多様な知識が必要だ」と言っていた。
成程と思った僕は、言われるままに色んな知識を覚えて行った。
その結果として、紅茶にもある程度は詳しい。もちろん付け焼刃感はあるが、十朱さんを狙っている男では到底付いていけない話しだろう。
男は、ワザとらしく、「俺トイレに言ってくるよ」といって、部屋から出て行った。
それを見た僕は、十朱さんに顔を寄せた。
「ふぇ!?な、なんですか?」
顔を赤くして戸惑う十朱さんを不覚にもカワイイと思いながら、僕は彼女に耳打ちした。
「今からここを抜け出そう。あの男が戻ってきたらトイレに行くと行って部屋を出て。その二分後に僕も向かうから」
「あ、はい。分かりました」
彼女自身ここにはいたくなかったのだろう。
俺の提案に、すぐに飛び乗った。
・・・はあ。全く。合コンでこんな神経使うとは思わなかったな。
自分のグラスに残っていたジュースを飲みながら、僕は内心呟いた。