1.とある会社の唐揚げ弁当
花の金曜日。時計の針は既に二十時を指していた。
その会社の就業時間は十七時であるからして、この時間まで残っている社員は言わずもがな残業だとわかる。
明日は土日で会社は休み。だからこそ新香穂は普段よりも長めに残って仕事を片付けていた。それも満足いく程度までは終わり、自分の机周辺を整える。
机の上に出していた携帯電話を鞄に入れ、最後にその中身を確認した。
(財布、携帯電話、定期券――よし)
これだけあれば、なにか会社に忘れていようが土日に支障はない。
「じゃあ帰りますか」
香穂は独りごち、一度だけ伸びをして椅子から立とうと向きをかえる。
そこで、彼女はようやく気づいた。
目の前に、人がいたのだ。黒いスーツを着たその人は、男性。
なぜ、自分のすぐ傍に立っているのか。わからず、香穂が視線を上げれば、スーツの男は同僚であった。
――唐沢遥介。同じ課にいる、出世コースまっしぐらの若手社員。
濃すぎないのにくっきりとした整った顔立ちの彼は、なにやら苛立たしげに眉宇を顰めている。
その理由がわからない香穂は困惑するしかない。すると、彼は一言、こう口にした。
「――むかつく」と。
*** *** ***
とある会社の某課は、まるで唐揚げ弁当を擬人化してさらに三次元版にしたかのような人員が揃っている。
唐揚げ弁当の主役 唐揚げは、出世株の面々。その内一人の、将来有望な青年を”唐揚げ”くん、としよう。彼はまだ二十代後半だが、仕事が速くて正確。もちろん頭の回転も速く、要領がいい。顔は整っているけれど、女癖が悪いという噂も聞かないから、社内恋愛はしない性質なのか、はたまたその辺はしっかりとしているのか。盛り上げ役というよりも、人当たりがいいのに冷静で、華のあるひと。とにかく、これらの条件が揃っていればもてないはずがない。
続いて紹介するのは、付け合せの定番 キャベツの千切り。仮に”キャベツ”さんとする。キャベツさんはしっとりはんなりとした印象の大和撫子で、三十歳前後の女性。実は縁の下の力持ちという内助の功的存在。
さて、唐揚げ”弁当”というからには忘れてはならない、白飯。白飯は、我が課の長である。三十代の、大人の魅力を放つ男性で、広い心と大きな器を持つ。彼に憧れる女性は多いのではないかと思う。まだ独身、というところがまた、結婚をすぐにでもしたい女性にはたまらないのではないだろうか。
そして最後に私はというと……漬物だ。桜漬あたりならば華やかで嬉しいけれど、その判断は私にできない。他人がどう思っているか、なのだから。癖があって、好き嫌いがくっきり分かれる。年配の方からの受けはいいものの、なぜか若い社員たちはあまり私生活で関わってはくれない。正直、寂しい。
他の社員もいるけれど、とりあえずこんな感じの職場。
親友は課にいなくても、私はこの職場に満足している。課内も穏やかな方だろう。
それに私は――楽しみがあるから、毎日が楽しいのだ。