懐かしの香りは突然に
今日も誰も返事をすることが無い家に帰り「ただいま」と言う。
返事が返ってこなくなったのは3年前の春、唯一の肉親だった母は事故で亡くなりそのまま僕は身寄りが無いので1人で暮らすことになった。
今年で高校3年生なので特に困ることは無い、今日も夜10時まで学校で勉強してから帰路に着いた。
──ピッ
疲れ果てた僕は荷物を全て床に乱雑に置いてからソファに寝転びスマホをいじる。
ニュースにはまたこの辺りで植物人間が出現したとの注意喚起をしていて、変わり映えも無くつまらない。
「本当にそんな生物いるのかな」
植物人間、それは人の死体や生身の体に寄生する植物が元となっていて、それに感染した人間は自我を失い今の無い規則性の無い言葉を連呼する。
行動原理は不明で感情は無くただただ不気味に「アヒャヒャヒャ」と笑いながら時期に体が花びらとなって爆散、謎だ。
一応政府は駆除しようと動いているが年々増え続けているらしい、僕は見たことが無いからまだ信用していないが。
「死体でも何でも良いからもう一度会いたいよ、母さん」
その言葉を最後に僕はソファで眠りについた。
気がついたのは次の日の12時、幸いな事に今日は高校は休みだ。
僕は特に理由は無いが好奇心で外に出ることにする。
探す目標は植物人間だ。
「何してるんだい坊や、植物人間がでちまうぞ? 家に篭ってなさい」
向かいの家に住む田中さんが喋りかけてきた。
「少し高校に忘れ物をしてしまって、すぐに戻るので大丈夫ですよ」
僕は嘘をついてその場を乗り切る。
そしてしばらく歩き続け植物人間を探し求めた。
だがその願望は虚しく現在の時刻は午後10時、すっかり街には夜の帷が降りていて上手く周りを見渡せない。
「せっかくの休みを無駄にしたな」
この時間があれば何ができただろうか?
勉強だってスマホをいじる事だって……
いやこんな無駄なことをするより今の時間のほうが有意義だったかもしれない、どうせ勉強をしても僕は高校を卒業したら自殺する。
母さんが死んでから僕は何もすればいいか分からなくなったんだ。
体が不自由な母さんの介護は大変だったけどとても優しくて頭を優しく撫でてくれる、そんな愛に満ち溢れた人だった。
何故こんな善人が死ななければならないのか、今でも疑問だ。
「東大君も蛍光灯? アヒャヒャヒャ!」
突然暗闇から意味の不明な言葉が聞こえてくる。
間違い無い、これは植物人間が言う規則性の無い言葉、つまりはこの夜道を抜ければ植物人間がいるということになる。
突然足が動かなくなった。
「あ、あれ? 自分から探しに来たくせに……!」
恐怖で腰が抜けて動けない、死ぬのが怖いわけでは無いはずだ。
自殺を考えてる奴が怖がるはずが無い、でも僕も人間なのだ。
死は怖いし未知も怖い、そんな事を考えていると足音が近くなり植物人間が姿を表した。
唯一の蛍光灯の光が僕と植物人間を照らし、僕たちは顔を合わせることになる。
そして僕は目から涙がこぼれ落ちた。
──バッ!
「アヒャ?! 冷蔵庫のかき揚げ私はテッシュ?」
僕は気がついたら動かない足を無理矢理動かしてその"人"に抱きついていた。
鼻から上は全てカラフルな花で埋め尽くされていて見えず体のあちこちから蔓や花が飛び出してきて不気味な見た目、だが人型ではあり所々素肌が見え隠れしている。
「母さん……!」
「パンプキンパイねずみのレコード祭り?」
言葉の意味は不明、だがその女性の体つきをした植物人間からは懐かしい匂いがする。
忘れるはずが無い手料理の匂い、いつも同じ洗剤で洗っていた服の匂い、そんな優しい匂いが僕を包み込む。
これは紛れも無い母さんの匂いだ。
そこから僕は10分ほど泣きじゃくった。
植物人間は何かするわけでも無くただ僕に抱きつかれていて、抵抗するわけでも無い。
「母さん……」
泣き疲れて植物人間の顔を見ると困った表情をしているのがわかった。
顔の半分は見えないが確実に感情があり、僕に対しての反応に困ったような表情を見せてくるのだ。
植物人間には感情が無い、そんな情報が嘘のようにその植物人間は僕の頭に軽く蔓が巻きつけられた手を乗せて、優しく撫でる。
「アヒャヒャ?」
「うん、もう大丈夫だよ」
ただの意味の分からない笑い声だったが僕には「大丈夫?」とそう聞こえた。
いやそう聞きたかっただけなのかもしれない、目の前にいるなは母さんでは無い。
遺体はとっくに火葬も済ませてあるしこの肉体が母さんなはずは無い、だが僕にはそんな事は些細なことで今はただこの瞬間がここ3年間で1番愛おしかった。
──パッ!
最後に植物人間は僕を強く抱きしめ、そのあと少しの間僕の顔をまじまじと見ながら消えた。
辺りには花びらだけが舞っていてどこにもさっきの植物人間の姿は無い。
「ごめんね……?」
消える直前にそう口を動かしたような気がした。
今となっては真偽を確かめることは出来ないがこれは僕にとって些細なこと、僕はもう少し生きてみようとそう思った。




