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第4話 説得


 ルミナの手を引いて、リグルは村長の家へと向かう。

 村人たちが慌てふためきながらルミナを探しているのを横目にしながら、バレないように扉を開けて中に入る。

 陽のあたる場所で、椅子に座りながら編み物をしていた村長を見かけると、震えるルミナの手を引きながら進んでいく。

 二人の足音に気がついた村長が顔を上げると、呆れたような表情を浮かべた。


「やはり、ルミナを見つけ出すのはリグルか。村の者たちも困ったものじゃ。ルミナが急に姿を隠すことなど、今までもあったというのに騒ぎすぎじゃよ」


「……村長」


 リグルの真剣な表情と、頬が赤くなったルミナの顔を交互に見て、何かを察したのか村長は溜息をついた。


「ルミナを見つけたという報告をしにきただけでは無さそうじゃな。改まって、なんじゃ」


「ルミナがイマリーシュ魔法学院に行く件、中止には出来ないかな」


 村長の眉がピクリと動くのを見ながら、リグルは言葉を続けた。


「ルミナは魔物と戦うことになんて向いてないの。イマリーシュ魔法学院で訓練なんて耐えられないと思う。村長だって、そう思うでしょ」


「……」


 村長は何も言わずに、目を閉じる。

 リグルはゴクリと唾を飲み込むと、話を続けた。


「例えば、使節団の人には魔力測定結果を間違えていたか言って帰ってもらうとか……。そうすれば、穏便に事が運ばないかな」


 リグルが話し終えたのを察したのか、村長はゆっくりと目を開くと首を横に振った。


「魔力量の虚偽報告は重罪じゃ。そして村の評判が悪くなり、村に商人が来なくなる。収穫した野菜の買い手がいなくなるぞ」


「……けど」


 リグルはどうにか否定しようとするも、言葉に詰まる。

 村長は視線をリグルから外し、ルミナに目を向ける。


「ルミナ。イマリーシュ魔法学院に行きたくないのはお前じゃろう。なぜ、お前の口で断らない。なぜ、リグル君に言わせる。リグルくんがどれだけイマリーシュ魔法学院に行きたいと願っていたかお前が一番よく知っているだろう」


 村長がルミナを責めるように言う。

 ルミナはビクリと体を震わせながら、小さい声でボソボソと言う。


「……でも、だって嫌なんだもん。魔王を倒すのだって、怖がりの私じゃなくて良いじゃん。他の誰かがやったらいいじゃん」


 それは反論とは程遠い、小さな嗚咽のようなものだった。

 

「お前が行くところは才能のあるものしか入れない、世界で最も権威のある学校じゃ。魔法の最先端を学べるんじゃぞ。その権利を放棄するなどもったいないとは思うだろう?」


「……思わないもん。私、この村が好きだもん。この村に10年は戻れないんでしょう」


「あぁ、10年はイマリーシュ魔法学院で勉強することになる。だが、20歳になれば戻ってこれる可能性がある。十分だろう」


「私、まだ10歳だよ。同じ人生分、魔物と戦うために生きるなんで無理だよ」


「無理じゃない。それが才能のあるものの義務じゃ。なんで私が、という顔をしているな。今の平和な世の中は、ルミナの知らない”誰か”によって支えられていたんじゃ。どうじゃ? 今度は私の番だって思わないか?」


「……」


 ルミナは口を噤むと再びうつむいた。

 

「国に嘘をつくことはできないのだ。覚悟を決めるんじゃ、ルミナ。……分かったな?」


「……」


「ルミナ、分かったかと聞いているんじゃ」


 改めて強い口調で問う村長。

 ビクリと肩を震わせたルミナが、ゆっくりと震えながら頷こうとした時ーー。

 

「村長さん、まぁ落ち着いてくださいな」


 という言葉が三人の間に割り込んでくる。

 パッと三人が声のする方向に顔を向けると、そこにはリグルの父親のフリューゲルが窓からこちらを覗いていた。


「フリューゲル。これは娘と私の話だ。余計な口出しは不要じゃよ」


「いいえ、違います。村長さんは良く言っていましたよね。この村は30人しかいない。この30人は家族だと。ルミナちゃんの問題はこの村全体の問題ですよ」


「……はぁ、分かった。お前の同席も許可しよう。だが、結論は変わらないぞ。ルミナは国に嘘はつけない」


 父親は窓の冊子に手をかけると、ヒョイと体を空かせて部屋の中に入る。

 すると、飄々(ひょうひょう)とした態度で語り始めた。


「それで話の続きですが、別に嘘をつけば良いんじゃないですか」


「……魔力量の虚偽報告は重罪だ。知ってるだろう」


「えぇ、そうですね。10年くらい独房にぶち込まれると聞きます」


「そうだろう。だから、虚偽報告などできるわけが」


「ルミナちゃんにとっては、イマリーシュ魔法学院こそが独房なんですよ。虚偽報告がバレたら確かに罪が問われ、独房に行くことになります。けど村長。10年で戻ってこれますよ。50歳になったら帰ってこれますよ。十分でしょう?」


「……さっきの意趣返しのつもりか」


 と村長は口を尖らせながら、少し考え込む。

 そして口を開いた。


「あぁ、もう分かった。可愛い愛娘を独房に10年入れるか、虚偽報告でワシが10年入るかを選べと言ってるんだな。当然、後者じゃ。だが、フリューゲル。別の選択肢もあるだろう」


 と村長が言うと、父親はいたずらっ子のように笑みを浮かべた。


「流石村長、察しが早い。第三の選択肢はありますよ。そもそも国に虚偽報告だとバレなければ良いんです」


「どうせお前のことじゃ。そこらへんの作戦もあるんじゃろう。お前がいたずらっ子のように笑う時はいつもそうじゃ」


「えぇ。ルミナちゃんじゃなくて、リグルを使節団に差し出そうと考えています」


「……えっ、俺!?」


 父親と村長の応酬を観客としてみていたはずが、突如として舞台に上げられたリグルは驚きの声を上げる。

 父親は上機嫌のまま、続けた。


「村長。国にはなんて報告をしましたか?」


「……魔力量一万超えの子供が村に生まれたと記載し、伝書鳩で飛ばしな」


「じゃあ、ルミナちゃんの実名は出してないんですね。だったらリグルを渡してもバレない」


 急に舞台に上げられたかと思えば、頭上でナレーションだけは滞りなく読まれている。

 リグルは慌てながら、父親の言葉を遮った。


「ちょ、ちょっと待ってよ父さん。使節団に引き渡すときはバレないかも知れないけど、俺の魔力量が少ないことイマリーシュ魔法学院の初日にでもバレるよ」


 すると、こくりと父親は頷く。


「そうだな。初日にバレる。だから、その前にお前がイマリーシュ魔法学院を退学になれば良いだろ。イマリーシュ魔法学院の校門にな、デッカイ像が建てられてるんだ。初代学長の像らしい。そんで、校則にその像を壊したものはクビと書かれている」


 再び父親はイタズラっぽく笑みを浮かべる。

 その悪ガキのようや笑顔をみて、リグルは愕然としながら父親の言っている作戦を理解した。


「イマリーシュ魔法学院の入学初日に、その像を壊せって言ってる?」


「ははは、正解だ。リグルは憧れのイマリーシュ魔法学院に入れて、ルミナちゃんはこの村に居続けられる。winwinだろう?」


「入学っていうか不当侵入と器物破損……」


 リグルは勝者というか、犯罪者になるという作戦だ。


「まぁ、色々とバレたらリグルは脅されただけだと言っておきなさい。そん時は俺と村長が懲罰行きになる。それだけの話だ」


 父親は一通り話し終えたのか、満足げに息を吐いた。

 村長は黙って天井を見上げる。そして、ため息をつきながら立ち上がった。

 

「……はぁ、分かった分かった。なるようになれ、だ。本音を言えば、ワシだって愛娘を戦場に送り出したくはないのだ」


 村長が父親の作戦に同意すると、ルミナの手の震えが止まり、ルミナはパァッと明るい表情を浮かべた。

 なんだか、久しぶりにルミナの笑みを見た気がする。

 父親が参謀役のように、額に人差し指を当てて目を瞑ると、不適な笑みを浮かべながら言い放つ。


「作戦名を決めた。イマリーシュ学院退学タイムアタック作戦とする!」


「……最悪の作戦名じゃな」


 呆れたように村長がため息をついた。


 *****************


「ーーな、なんだよぉ。あのおばさん。僕、あんなのがこんな場所に居るなんて聞いてないよぉ」


 ガサガサと草木を掻き分けて、男は逃げ出していた。

 男の全身にいくつもの切り傷があり、血だらけで力なく項垂れる右腕を左腕で持ち上げながら後ろの様子を伺う。


「もう、追ってきてないか……? うぅ、痛いよ」


 男は小休止だと大樹に背中を預けると、そのまま背中を擦りながら地面に座り込んだ。

 

「……あ。子うさぎ」


 男の足元にピョンピョンっと小さな子うさぎが跳ねて近づいてきた。

 男は鋭い爪を尖らせると、一瞬にして子うさぎを捉え、爪を子うさぎに食い込ませる。

 子うさぎが悲鳴をあげるも、気に留めることはなく、男は大きな牙の生えた口の中に子うさぎを丸ごと押し込み、そのままボリボリと咀嚼をした。

 男はふぅー、と息を吐くと天を見上げた。曇り空だ。

 

「やっぱり、月が出ていないときは変に接敵しないほうが良かったなぁ。僕ぁ、僕らしく……慎重に行かなきゃ。あぁ、魔王様。か弱い僕を救ってください……!」


 男は口元の血を拭いながら、空に向かって祈りを捧げた。


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