第3話 決壊
残り、3日でルミナはこの村を発つ。
残り三日しかないと分かっているのに、ルミナと会話を交わすことができないまま、既に二日経過していた。
未だに浮き足立つ村と対称的に、自分の家族は元の日常へと戻っていた。
土を耕し、野菜を回収し、汗を拭う。
それを繰り返す。それだけの日々だ。
首にかけていた手拭いで、額の汗を拭っていると村人たちがざわついている。
「ルミナちゃんがいない……!」
聞き耳を立てると、ルミナが忽然と姿を消したと騒いでいた。
魔法の練習する時間のはずなのに、いまだに姿を現さないらしい。
「誘拐されたんじゃないか?」
「川に流されたのか!?」
と、そんなことを言いながら騒ぐ村人。
「……」
リグルはその喧騒を横目にしながら、手に持っていたクワを地面に置く。
踵についた土の汚れを落としながら、リグルは村の外れにある廃屋に視線を向ける。
かつて人が住んでいた家だ。もっとも、住居人が亡くなってからは誰も住んでおらず、手入れもされていない。
誰も近寄りたがらないその廃屋へとリグルは進んでいく。
そして廃屋の裏側に行くと、予想通り座り込んでいた人影に声をかけた。
「怖くなったらこの廃屋に隠れるクセは治ってないんだな、ルミナ」
「……リグル」
廃屋の影に青髪の涙目の少女が座り込んでいた。
昔からそうだ。ルミナは疲れたり、一人になりたいと毎回この廃屋の裏に隠れる。
そして、毎回リグルが見つけて、ルミナの手を取って皆のもとに連れ戻すのだ。
「ーー」
いくつかの言葉を唾を飲み込んで、リグルは笑みを浮かべる。
「今度はなんでここに? お前は、これから華ある人生を歩むんだ。こんな影で泣いてたらダメだぜ」
「……ここにいれば、リグルが会いに来てくれるかなって思ったの。いつもリグルは、私を見つけるの上手かったから」
「ふぅん」
「リグルと、話したかったの。相談したかったの。こうでもしないと、二人きりで話せないと思って」
「……相談。俺に?」
魔力量が凡人以下の俺に?、という自分を卑下する言葉は飲み込む。
ルミナはうっすらと涙を浮かべながら、口を開いた。
「リグル。私ねーー怖いの。私、これからどうなるんだろう」
「どうなるって、3日後にわざわざ使節団が来るんだろう。そんで、主要都市に行って、晴れて勇者パーティー候補としてイマリーシュ魔法学院で訓練を受けることになるんだ。すげぇよ、ルミナ、すげぇ勢いで階段を駆け上がってるな。ハハハ……」
リグルは頭に作っていた原稿をすらすらと読むように賞賛を述べた。
だがルミナは顔を俯けたまま、ポツリといった。
「……嫌だ」
「は?」
「いやだ、やだよ。私、そんなところに行きたくない。イマリーシュ魔法学院になんて、行きたくない。この村がいい、この村でいい!」
「おい、お前、何言って」
困惑し、リグルが顔をしかめると、涙で頬を濡らし嗚咽をこぼしながらルミナは続けた。
「私、魔物なんかと戦いたくない! 勇者パーティになるための訓練なんて、受けたくない! そんなの辛いじゃん! 痛いじゃん! やだ! 嫌だよ! この村にいたい!」
そういって、ルミナはすがりつくようにリグルの服の裾をつかむ。
ルミナは肩を大きく震わせて、涙を浮かべている。
「……」
そうだった。ルミナはもともと牧歌的なことが好きで、平和を愛する少女だ。
加えて底なしに優しく、誰にでも愛想よく振舞う、汚れのない慎ましい少女。
彼女にとって、村人たちにもてはやされるこの日々ですら苦痛だったのだろう。それでも彼女は底なしに優しいから、皆の期待を裏切らないように努力をしてきた。
だが、その努力も今日で限界を迎えたのだ。だから、こうして逃げてきてルミナは最後の最後にリグルに助けを求めてきたのだと分かった。
「ねぇ、リグル。お願い、私、主要都市になんて行きたくないよ。魔力量はさ、間違っていたって訂正できないかな。みんなで口裏合わせれば、バレないよね」
「……国に嘘つくって言ってんのか」
「だって、そうでもしないと……私、勇者パーティー候補にさせられちゃう」
「……」
泣きながら述べる彼女の言葉がリグルの頭の中を反芻する。
ーー勇者パーティー候補にさせられちゃう。
ーー勇者パーティー候補にさせられちゃう。
ーーさせられちゃう。
勇者パーティー候補になんて、なりたくないのに、私には有り余る才能があるから、皆に持ち上げられて、勇者パーティー候補にさせられちゃう、と彼女は嘆いているのだとリグルは受け取った。
そんな思考がリグルの頭の中に過っているのもつゆ知らず、ルミナの泣き言は続く。
「私、イマリーシュ魔法学院に連れていかれちゃう。私、この村が好きなのに」
ーーイマリーシュ魔法学院に連れていかれちゃう。
ーーイマリーシュ魔法学院に連れていかれちゃう
ーー連れていかれちゃう。
この村に居続けたいのに、ずっとのどかな生活をしたいのに、有り余る才能のせいで、国に認められたから、リグルが憧れていたイマリーシュ魔法学院に無理やり連れていかれちゃう、と彼女は嘆いているのだとリグルは受け取った。
『なにを被害者ぶってんだ』
ーーごくり。
言葉を飲み込め。意識しろ。脳に浮かぶ言葉を精査して、胃に落とし込め。少したりとも漏らすな。それだけはいけない。
リグルはふっと優しく笑みを浮かべる。
「国に嘘はつけないよ、ルミナ。お前の力は強力だ。お前の力は皆を、世界を救えるんだ。それなら、頑張らないと」
ルミナは見放された、と思ったのか悲痛な表情を浮かべた。
「無理、無理だよ。私の弱虫なことなんて、リグルは知っているでしょう。魔物なんて見ても、腰ぬかしちゃうよ」
「大丈夫だろう。そのための訓練だ。精神訓練だってあるよ」
「いや、いや、いや」
駄々をこねる幼子のようにルミナは首を横に振る。
唾を飲み込むと、リグルは口を開いた。
「じゃあ、どうしろって言うんだ。どうすれば、イマリーシュ魔法学院に行くんだよ」
「……リグルが一緒に来てほしい。それだったら、まだ頑張れると思う」
「俺が?」
「……うん」
こくりとルミナは頷く。
「私ね、リグルが居れば頑張れる気がするの。訓練で疲れて帰ってきても、心が折れそうになっても、逃げだしたくなっても、リグルが居れば前を向ける気がするの。だから、お願い。一緒に来てほしい。使節団の人だって一人増えても受け入れてくれるはずだよね。ううん、受けいれてくれるまで、私、使節団の馬車に乗らないもん」
「……へぇ。それは、面白い提案だなぁ」
くくく、と口の端から声が漏れた。
ルミナの提案は、訓練に打ち暮れて疲れ切った勇者パーティー候補様の心のケアをしろということだ。
リグルにはいくら手を伸ばしても届かなかったイマリーシュ魔法学院に行っている彼女を慰める存在として、リグルは求められているのだ。
傑作だ。今必死に飲み込んでいる言葉を、ゆく当てのない言葉たちを飲み込み続けろと彼女は言ってきているのだ。
「……リグル?」
リグルの様子がおかしいことを察したのか、ルミナは少し目が泳ぐ。
口の端が震えたまま、リグルは言い放った。
「何、甘えたこと言ってんだ。お前は世界のために戦うんだ。弱音を吐いている場合じゃねぇだろうが」
「でも、でも」
「でもじゃねぇ。お前には才能があるんだ。才能があるものは、才能があるものなりの生き方をしろ。甘ったれんじゃねぇぞ!」
尻上がり気味に口調が強くなった。意図したものではなかった。それでも、我慢できなかった。
ルミナはビクリと肩を震わせた。
「甘ったれてなんて、ないよ。女の子が戦いに行くのが怖いなんて、当たり前じゃん!」
「女の子とか、戦場では関係ねぇんだよ! その被害者ぶった考えが甘えてるって言ってんだよ!」
「リ、リグルだって、戦場なんて行ったことないじゃん! 何よ、甘えてるなんて言わないで!」
これ以上は飲み込め、飲み込め、飲み込め……。
黙るリグル。だが、感極まったルミナは止まらない。
「そもそも、なんでリグルが魔力量少ないのが悪いんでしょう!? リグルが言ったんじゃん! 二人で勇者パーティー候補になろうって! そして、この村を名所にしようって! 何よ、魔力量が80って! 平均以下じゃんか!」
「……黙れ」
静かに言葉を吐いた。握りしめすぎた拳から血が垂れる。
だが、ルミナは涙を流しながら叫ぶように言った。
「最初に約束を破ったのは、リグルじゃん! なんで、私が責められないといけないの! こんな思いするんだったら、私はこんな才能ーー」
その言葉の続きを察した瞬間に、リグルの背中に悪寒が走った。
「やめろ……! それ以上は言うな!」
「私は、こんな才能いらなかった! リグルくらいのしょぼい魔力量が良かった!」
俺が死ぬほど渇望していた才能は、ルミナにとっては「いらない」の一言で済ませられるようなモノだったのだらしい。
それは、ここ数日で飲み込んできた言葉や思いや葛藤すらもバカみたいだと言われているようなものだった。
瞬間、リグルの中の何かの糸が切れた。
胃の中が沸騰する。そして、冷え切った脳と焦げそうなほどに焼ける胸中が体を動かした。
「ルミナァァァァァ!」
悲鳴のような雄叫びを上げながら、リグルがルミナを押し倒す。
「キャッ!」
ルミナが後頭部を地面にぶつけ、苦悶の表情を浮かべる。
痛みで呻くルミナに馬乗りのようにまたがり、そしてそのままーールミナの頬を思いっきり叩いた。
パンっと乾いた音が周囲に鳴り響く。
「い、痛い! 痛いよぉ……。うえぇぇん……」
ルミナが大声を上げて泣き始めた。
そして、ルミナの泣き声でリグルは我に返ると、慌ててルミナの上から離れる。
「うぅう......」
赤くなった頬を抑えて泣くルミナ。
リグルは自分がしてしまったことを受け入れられず、ふらふらと廃屋の壁にもたれかかると、ずるずると背中を壁に擦りながら地面に座り込んでいく。
そしてリグルは俯きながら、か細い声で言った。
「……ごめん、ルミナ。俺は最低だ。お前を守らないといけないのに、俺が……お前を傷つけた。本当にごめん。お前は何も悪くないのに。.......一度さ、村長に言ってみようよ。ルミナの都市行きを撤回できないかって。俺も一緒にいるから」
「……うん。ごめんね、リグル。私もリグルに酷いこと言った」
「……いいや。いいんだ」
リグルは小さくうなずきながら言った。
謝ったところで、もうこの溝は埋まらない。
リグルとルミナの間に出来た、才能の差という溝がある限りーーどれだけ取り繕っても、二人の関係性は元に戻ることはないのだとリグルは察していた。




