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第2話 負の感情


 村長がルミナの魔力量を宣言し、測定終了を告げると、村人たちは一斉にルミナのもとへ駆け出した。

 そしてルミナを囲うように輪を作り、村人全員が興奮気味しながら言葉を投げかける。


「すげぇよ、ルミナ」

「まじで勇者パーティー入れるでしょ」

「とんでもない才能の持ち主だな」


 村人の輪に混ざることができず、リグルは3歩ほど離れた位置から愕然と座り込んでいた。

 立ち上がる気力も湧かなかった。

 ただただ拳を握り締め項垂れていると、影が二つリグルに近づいてきた。父親と母親だとシルエットで分かった。

 両親はポンポンとリグルの肩を慰めるようにして叩く。


「いつまでそうしているんだ、立ちなさい」


「……俺は、俺は」


 急に羞恥心がこみあげてきて、リグルは耳たぶまでも赤くなる。

 何が勇者候補だ。何がイマリーシュ魔法学院だ。

 何の根拠もなく酔っていた自分が恥ずかしい。

 そうして羞恥心に心と体が支配されていると、父親が豪快に「ガハハ」と笑った。


「お前は俺の息子だ。そう言っているだろう。恥じる気持ちも分かる。だが、今はルミナちゃんを応援するのが男ってもんだろう。立ちなさい」


 父親からたしなめられ、リグルは膝に力を入れてゆっくりと立ち上がった。

 顔を上げると、盛り上がる村人たちの隙間からルミナの姿が見えた。ルミナは鼻血を抑えながら、現状に困惑するようにキョロキョロと周囲に視線を配っていた。

 すると、一瞬なにかに導かれたかのようにルミナとリグルは目が合った。

 周囲に視線を散らしていたルミナの瞳が、リグルに焦点を合わせて、じっとリグルだけを見つめる。

 その直視の意図は分からなかった。

 単純に興奮気味の村人に囲まれているから、助けてほしいと目くばせをしていただけかもしれない。

 けれど、リグルはその瞳に同情の色をくみ取った。憐みを向けられていると感じた。

 どす黒い感情がリグルの心の中を塗りつぶしていく。黒く、不気味で苦味を覚える感情。

 この感情は、なんだ。

 自分の中の感情を整理できず、リグルはそっとルミナから目を逸らした。そしてルミナに背中を向けると俯きながら自分の家へと歩み始めた。


「おい、リグル!」


 父親からの怒り声を背中に受けながらも、歩みは止まらない。

 リグルは逃げるようにして、自室に入った。

 布団に体を投げ出す。柔らかな布団が、輪郭を失いつつあるリグルの体を受け止めた。

 少し硬い枕に顔を突っ込み、そして息を大きく吸い込むと、リグルは――叫んだ。


「うああああああああああああああああああああああ!」


 ボロボロと情けない涙を浮かべて、リグルは泣いた。

 自分が情けなくて、しょうがなかった。

 俺にはーー才能がなかった。その事実と羞恥心だけが、リグルには残っていた。


****************************************************


 ルミナは昔から泣き虫で臆病者だった。

 風によって揺れた茂みの音にすら腰を抜かしそうなほどにビビりちらかす。

 そして、虫が苦手で、農作物の収穫すら目をつぶりながら行うほどの小心者だ。

 リグルはいつもルミナを守るようにして生きていた。

 か弱いルミナを守ることこそが、己の宿命なんだと思っていた時期もあった。


 魔力測定の翌日も、村全体は浮ついたムードが広がっていた。

 魔力量一万を超える天才が、この村から生まれたという事実は一晩程度では冷めぬほどの衝撃らしい。

 窓を叩くように響く村人の盛り上がりを耳にしながら、リグルは自室のベットに力なく体を預けていた。

 コンコンとドアがノックされ、ドア越しに低い声が響く。父親だろう。


「リグル。いつまで閉じこもっているつもりだ。もう昼過ぎだぞ」


「……」


 返す言葉が見当たらず、リグルは返事をしない。

 父親は一つため息を挟んでから、扉越しに言葉を投げかける。


「……ルミナちゃんの魔力量の報告を国にしたら、5日後に使節団が来ることになった。ルミナちゃんは魔王を倒す勇者パーティー候補として、イマリーシュ魔法学院で訓練をすることになる。当分この村に帰ってくることはないだろう。お別れをキチンと言うんだぞ」


「5日後……」


「へそを曲げたまま別れることがダメなことくらい、お前だって分かるだろう。それと、ルミナちゃんは今朝からお前に会いたがっていたことも伝えておくな」


「……ん」


 言葉になっていないような曖昧な返事を返すと、少しの静寂の後、父親の足音が遠ざかって行く。

 5日後に、ルミナはこの村を発つ。

 イマリーシュ魔法学院は主要都市イナーグルの一角に位置する。

 この村からイナーグルには大体2日ほどになるから、7日後にはルミナはイナーグルに着き、なんなら8日後にはイマリーシュ魔法学院で訓練に明け暮れているのかもしれない。

 ……俺が引っ張っていたはずの泣き虫のルミナは、もうどこにもいない。

 才能のある彼女は別次元の人間になり、俺とは異なる時間軸の中で生きているのだと思った。

 ルミナはもう別次元の人間なのだ。比べることすら、おこがましい。

 そうやって、自分を言い聞かせる。


「……ダメだ」


 いくら自分を抑え込もうとしても、胸中で渦巻く黒い竜巻が消えることはない。

 腹部にじんわりと染み渡っていく、黒い感情は消えない。

 この感情は、抑え込み消すことは出来ないと思った。

 なら、考え方を変えよう。消すことはあきらめよう。この不快で不愉快な感情を引きずったまま生きよう。

 せめて、5日だけ。ルミナがこの村から消える5日間だけ、耐えれば良い。ルミナが消えた後、この感情の処理方法は考えよう。

 

「……うん。これなら、まだ動ける」


 言葉というのは、誤魔化すのにもってこいのツールだ。他人も、自分の気持ちすらも誤魔化せる。

 リグルは顔を上げると、ベッドから起き上がる。

 そして、仮面を被るようにニッコリと笑みを浮かべながら部屋から出る。

 ニコニコと笑みを浮かべるリグル。


「リグル、もう大丈夫なのか?」


「……もう平気さ!」


 あえて明るく、おちゃらけた口調で元気よく答えた。

 空元気であることを察したのか、両親は困ったように眉をひそめた。

 リグルは苦笑しながら言う。


「大丈夫だよ。きちんとルミナの背中を押せるよ。ルミナは、どこに?」


「ルミナちゃんはイノシシ退治に行っている。最近、農作物を荒らす大型のイノシシが出ていたことは知っているだろう」


 うちの畑も荒らされたことのある、いわゆるこの山の主だ。

 実物を見たことはないが、畑に残った足跡からそのイノシシの大きさは窺える。

 ここまでの大きさになると、冒険者ギルドのBランク冒険者に討伐依頼を出さないといけないと村長が嘆いていたはずだが。


「山の主は知ってるけど、俺が心配してるのはルミナは魔法使える状態なの?昨日魔力切れを起こしたばっかじゃないか」


「あぁ、そうか。リグルは知らないよな。魔力はな、一晩ぐっすり寝れば全回復するんだ。だからもうルミナちゃんは魔力量は十分あるはずさ。とはいえ、相手は山の主。危なかったら帰ってくると思うぞ」


 そんなことを父親が言っている最中、突如として家の外で歓声が響く。

 父親は窓の外に目を向けると、苦笑いを浮かべる。


「……ルミナちゃんの敵ではなかったみたいだ。さっき出たところなのに、デカい土産を連れて戻ってきた」


「……!」


 リグルは急いで窓の近くに行き、外の様子をうかがう。

 窓越しに視界に飛び込んできたのは、村の入り口に横たわっている全長5メートルは超える巨大なイノシシだ。

 イノシシの腹部を見ると、無数の円形の焦げた後がつけられており、その焼け跡は炎魔法にやるものであることは明らかだった。


「ルミナはまだ初級魔法しか使えないはずだろう……!?」


 リグルは己の狼狽を隠せないほどに声を震わせて呟いた。

 魔力を使えるようになったのは昨日だ。ルミナには魔方陣の知識もないから、複雑な魔法なんて生み出せないはず。せいぜい、紙に書かれた魔方陣を媒介として炎の初級魔法を生み出せるだけなはず。

 その初級魔法だけで、山の主を倒したというのか。

 魔力量80の俺では、天地がひっくり返っても倒せないのに。

 

 ーー許せない、という言葉を飲み込み胃に落とす。

 この思いを消化するのは、ルミナが消えた後で良い。そう誓ったのだ。

 喉を震わせて、空気を震わせて、口から言葉という名の音を鳴らす。


「すげぇな、ルミナ、カッコいいな。まさにこの村の英雄だ!」


 リグルは弾けたような表情で、元気よく言葉を吐いた。

 結局、その日はルミナに会うことは出来なかった。

 


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