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■ 三つの呪物の囁き
夕方の町家の屋根の上。
藁男が膝を抱えてつぶやく。
藁男「……つけ回してるな、あの女」
ヒイラギが舌をちろりと出して同意する。
ヒイラギ「気配、濁ってる。怒り、妬み、混ざってる……気味悪い」
ブードゥー人形は腕を組んでため息をついた。
ブードゥー人形「でも、手は出してこないわ。
玉藻さんに少しでも害をなすなら、遠慮なく止めていいって言われてるでしょう?」
藁男「おうよ。あの女が玉藻さんに指一本でも触れたら――
その瞬間、俺は止めに入る」
ヒイラギ「噛む。全力で噛む」
ブードゥー人形「私は運気を底まで落とすわ」
■ 藁男の限界
藁男
「……だけどよ。
俺ができるのは“間に入って止める”だけだ。
あいつに直接攻撃はできねぇ。
呪い返しの因果は、もう俺には届かねぇからな。
せいぜい盾だ」
朽ちかけた藁の身体が、かすかに月に照らされて軋む。
■ ヒイラギの毒
蛇のヒイラギが、藁男の腕に巻きつきながら、低くささやく。
ヒイラギ
「藁男が飛びかかって注意をひけば、
その隙に……背後から噛みつく。
私の毒は、人間なら致命傷。
……その覚悟で、守る」
その声は静かだったが、芯に揺るぎがない。
■ ブードゥー人形の“幸運の反転”
足を組んだブードゥー人形が、ため息をついて言う。
ブードゥー人形
「私は“幸運”の人形。
だから“直接の攻撃”はできないわ。
でもね……運命を少し、傾けることはできるの。
──救急車がなかなか来ない。
──病院が不思議と受け入れを渋る。
──運悪く、その日に限って血清が切れている。
──搬送が遅れ、手遅れになる。
私にできるのは、そのくらい」
にこりと笑いながら語る内容は、恐ろしく現実的だった。
■ 制約の中の覚悟
藁男
「……お前ら、けっこうえぐいこと言ってんぞ」
ヒイラギ
「玉藻、サクラ守るため。
ためらわない」
ブードゥー人形
「ええ。
玉藻さんが“先に手を出すな”と言っているから、今は待つだけ。
でも――
玲奈が玉藻さんに触れたその瞬間、
私は“運命の流れ”を変えられる」
三体それぞれが能力の限界を知りつつ、
それでも玉藻を守るために最適な行動を準備していた。
玲奈が一歩踏み込めば、
三つの“異形の守護者”が牙をむく。
週末の朝、玉藻は鏡の前で一度、深呼吸をした。胸の奥がそわそわと落ち着かない。これが“デートの前の緊張”というものなのかと、自分でも可笑しくなるほどだ。
康親と二人きりで会う。それだけのことなのに、こんなにも胸が熱を帯びてしまうとは思わなかった。
駅前の待ち合わせ場所に到着すると、すでに康親が立っていた。柔らかな陽光の中、彼はまるでその場だけ時代が違うかのように、静かな気品をまとっていた。
姿勢はすっと伸び、風に髪が揺れれば、それだけで物語が始まりそうな雰囲気が生まれる。平安貴族という言葉が、決して比喩ではなく、本当に彼の本質なのだと玉藻は改めて思う。
「お待たせしましたか?」
康親は穏やかな笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。
「い、いえ。私も今来たところです」
玉藻は慌てて返しながら、心臓の鼓動が聞こえてしまっていないか不安になる。康親の笑顔は、どうしてこうも心を揺らすのだろう。
「では、行こうか。」
「はいっ……!」
少し上ずった返事をしてしまい、玉藻は内心で自分を叱る。だが康親は気づいた様子もなく、優しく歩き出した。
二人並んで歩く。ほんの数歩の距離が、玉藻にはやけに特別なものに感じられる。
街路樹の葉が揺れるたび、どこか懐かしい香りが漂った。康親は時折空を見上げ、道行く人に自然に道を譲り、周囲の景色を丁寧に見つめている。
「玉藻殿は、このあたりでよく遊ぶのか?」
康親が不意に問いかける。
「ええ……昔から好きな場所なので。落ち着くというか……」
「なるほど。玉藻殿らしい」
その言葉に、玉藻の胸がまたきゅっと鳴った。
“玉藻殿らしい”――その一言が、なぜこんなにも嬉しいのか。
「康親さんは、こうして現代の街を歩くの……慣れました?」
「だいぶな。人の多さには驚かされるが、皆、忙しそうに生きている。見ていて飽きない」
そう言って微笑む横顔は、どこか切なく、美しい。時を越えてきた男の、静かな哀愁が滲んでいた。
玉藻はつい見惚れてしまい、康親が視線を向けてきた瞬間に顔をそらした。
頬が、熱い。
「玉藻、どうした? 顔が赤いぞ」
「な、なんでもありませんっ!」
声が裏返り、さらに顔が熱を増す。康親は苦笑しつつ、それ以上追及しなかった。
歩調が合うだけで胸が高鳴り、言葉を交わせば心がふわりと軽くなる。
――あぁ、私は本当に、この人のことが。
そんな想いが、言葉にならないまま玉藻の胸に静かに膨らんでいく。
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