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帰り道。
京都の夜風は涼しく、石畳の上を歩く二人の影はゆっくりと寄り添って揺れていた。
隼人「……今日は来てくださって、本当にありがとうございました。
よければ、家まで送らせてください」
隼人は、どこか緊張した面持ちで言う。
玉藻は、ほんの少しだけ目を丸くしたあと、柔らかく微笑んだ。
玉藻「ありがとう。では、お言葉に甘えますね」
二人が並んで歩く姿は、はた目にはとても穏やかで、落ち着いた雰囲気だった。
けれどそのわずか数メートル後方――
街灯の影に、ひっそりと“それ”は立っていた。
濃い怨念を宿した眼差し。
歯ぎしりするような息づかい。
爪が手のひらに食い込み、白く変色するほど握りしめられた拳。
岸本玲奈だった。
彼女の視線は、玉藻の背中に張り付いたまま離れない。
――どうして隼人くんが、あんな女と並んで歩いてるのよ。
胸の奥で黒い渦がぐらりと蠢く。
玲奈はすでに、完全に“隼人のストーカー”と化していた。
隼人の行動、予定、持ち物、SNSの影……あらゆる情報をチェックし尽くして。
今日も追跡していたのだ。
(許さない……あんな小娘。
隼人くんは私のものよ……)
闇の中で、玲奈の目だけがぎらぎらと光っていた。
――そして、その異常な執念の気配を
誰よりも早く察知したのは、玉藻だった。
しかし、彼女は何も言わず歩みを進める。
その日を境に、玉藻へのストーカー行為が始まった。
彼女は、一般人には決して感知できない“異常な気配”を敏感に察知できる。
――つけられている。
朝、家を出た瞬間。
駅へ向かう道。
コンビニに寄った帰り。
バス停で立ち止まったとき。
一定の距離を保ちながら、黒い感情の塊がずっと後方に張り付いていた。
玉藻は歩きながら、さりげなく視線を横へ滑らせる。
人混みの中に紛れてはいるが、その“異様な重さ”をまとった存在はすぐにわかった。
――岸本玲奈。
表情はこわばり、肩は不自然に上がっている。
目だけがぎらりと爛々と光り、玉藻の背中から離れない。
普通の人間とは思えない、粘りつくような執念。
もはや憎悪が独り歩きし、呪いの瘴気のように玲奈の周りにまとわりついていた。
玉藻(……これは、ただの嫉妬じゃないわね。この執念……危険だわ)
本来なら、背後にまとわりつくような怨念――
岸本玲奈の視線など、とても気が休まらないはずだった。
玉藻が落ち着いていられるのには、理由がある。
藁男、ヒイラギ、そしてピンクのブードゥー人形。
この三体が、常に玲奈の動きを監視しているのだ。
藁男は、玲奈の最初の呪いが生み落とした存在。
玲奈の霊力も癖も、手口もすべて知っている。
ヒイラギは、蟲毒に使われたにもかかわらずサクラに救われ、
恩義のためなら命も惜しまぬ忠誠心を持つ蛇。
ブードゥー人形は、呪いではなく“幸運”の力を持ち、
玉藻の強すぎる霊力に触れて人格に目覚めた存在。
この三体は、玲奈が玉藻に近づくと、すぐに彼女の意図を察知できる。
そして玉藻が命じている。
「こちらから先に仕掛けるのは禁止。
けれど、玉藻に触れようとした瞬間、全力で止めていい」
そのルールのもとで、彼らは常に玉藻を包む“結界”のように動いていた。
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