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隼人は、玉藻が式神を使って自分宛ての荷物を確かめてくれた日のことを思い返していた。
あのときの彼女は、
ただ美しいだけではなく——
自分のことではないのに本気で心配して、迷いなく動いてくれた。
その姿が、胸にしみた。
(玉藻さんって……本当に、いい人だな)
ずっと「志保の友だち」「綺麗な子」という印象しか持っていなかった。
近寄りがたいほど綺麗で、どこか別世界の人みたいで。
だが、話してみれば——
真剣に考えてくれる。
こちらの言葉をちゃんと聞いてくれる。
柔らかく微笑んでくれる。
(こんなに喋りやすい子だったんだな……)
志保ともいつも楽しそうに笑っている。
サクラや藁男やヒイラギとも自然に接している。
見た目の華やかさとは違い、
玉藻はどこまでも“日常的な暖かさ”を持った子だった。
そんなことを思っているうちに、
胸の奥で、ずっと抑えていた思いが静かに動き出した。
(……デート、誘いたいな)
気持ちは高まり、
けれど同時に、心臓がどくんと跳ねる。
(断られたらどうしよう……
いや、でも、ちゃんと誘いたい。
玉藻さんのこと……もっと知りたい)
隼人は大きく息を吐くと、
携帯を握りしめ、玉藻の名前を見つめた。
「……よし。誘ってみよう」
小さくつぶやいた声は、
自分でも驚くほど震えていた。
隼人がスマホを握りしめて悩んでいると、
静かな部屋の空気を――ふわりと破る声がした。
「……誰を誘うのかしら?」
隼人はビクリと肩を揺らす。
声の方向を見ると、棚の上。
そこには、例のピンクのブードゥー人形が、
脚をぶらぶらさせながら座っていた。
「えっ……今の……聞こえてた?」
「まあね」
にこにことした声。
まるでお茶でも飲んでいるかのような、くつろいだ口調。
隼人の顔は一瞬で真っ赤になった。
「ま、待ってくれ……これはその……」
「ふふ。誰か好きな人ができたみたいね?」
人形は身体ごと前に傾け、きらきらした瞳で隼人を覗き込む。
「い、いや……その……」
「待って。当ててみるわね」
ピンクの小さな指が、隼人にぴしっと向けられる。
「玉藻さんね?」
隼人は反射的に後ずさりし、
両手をぶんぶん振った。
「ち、ちがっ……!」
叫びかけたところで、
言葉は喉に引っかかり、音にならない。
人形はくすくす笑った。
「図星ね?」
「……っ!」
隼人は、耳まで真っ赤にして俯くしかなかった。
「ふふふ。かわいいわね、隼人さんって」
ピンクの人形は足を組み替えながら、
甘えるような声で続ける。
「応援してあげる。あなたの“恋愛運”が上がるのは、私の役目でもあるもの」
隼人は顔を覆った。
人形
「でも、玉藻さんは難しいわね」
隼人は思わず眉をひそめる。
隼人
「……わかってる。僕なんかには高嶺の花だよ」
人形はほっと息を吐くように、細い声で笑った。
人形
「そんな理由じゃないの。
玉藻さんには、私の力は及ばない」
隼人
「え……?」
人形
「彼女の霊力は、神に近いほど強いの。
あの子は“ただの人間”なんかじゃないわ」
隼人の背筋に冷たいものが走る。
隼人
「そ、そんなに……?」
人形
「ええ。
藁人形が人格を持って動き始めたのも……
私が喋れるようになったのも……
全部、玉藻さんから漏れ出した力を浴びたおかげ」
隼人
「まさか……玉藻さんの“霊気”だけで……?」
人形はこくんと静かに頷いた。
人形
「そうよ。
あの“ヒイラギ”って呼ばれてる蛇も同じ。
彼女やサクラの近くにいるだけで、どんどん霊格が上がっている。
普通、蛇と意志の疎通はできないわ」
隼人
「……玉藻さんって、何者なんだ……?」
人形
「さあ……私にも分からない。
でも、あの子の周りにいると“神域”に触れてしまう。
だからあなたが惹かれるのも、当然といえば当然ね」
棚の上の人形は、どこか優しく見下ろしていた。
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