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 最近、サクラの周りに蛇のヒイラギがまとわりつくのは、もはや日常の光景になっていた。

 学校から帰れば肩に巻きつき、歩き出せば足元を先導し、寝るときは枕元に静かにとぐろを巻く。


 そんな様子を見て、玉藻がくすりと笑った。


「ヒイラギ、すっかり懐いてるわね。

 ペットというより……サクラを守ってるみたいよ?」


「えっ、そうっすか?!」


 サクラが慌ててヒイラギを見ると、蛇はドヤ顔……に見える角度で頭を持ち上げた。


 そこへ、藁男が勢いよく割り込んでくる。


「待ってほしいっす!

 ヒイラギだけが守ってるみたいな言い方は納得いかないっす!

 俺だって、サクラママを毎日守ってるっす!!」


「ママ言うな!」


 サクラが赤面する一方で、玉藻は楽しそうに扇子で口元を隠した。


「あらあら……サクラ、モテモテねぇ。

 人間に蛇に藁人形まで。こんなに愛される子、そうそういないわよ?」


「ちょ、ちょっとおねーちゃん!!」


 ヒイラギが誇らしげにとぐろを巻き、

 藁男は胸を張って「守護神っす!」と自称し、

 サクラは両脇から挟まれるような形で困り笑い。


 ――丑の刻参りで使用された“藁人形”と、

 ――蟲毒のために集められた“生き物”から生き残った蛇。


 普通なら、どちらも強烈な怨念を帯びるはずのもの。

 人に懐くどころか、人を害する類の存在だ。


 それが――


(どちらも、サクラを“守りたい”と……?)


 サクラの足元にまとわりつく藁男。

 肩に巻きつき、目を細めているヒイラギ。

 どちらの気配も、サクラに向けているのは“忠誠”に近い。


(そんなものに好かれる人間なんて、普通はいないわよ)




 夕方。

 三浦家の玄関のチャイムが鳴り、志保が出ると、宅配便の人が箱を差し出した。


「三浦……隼人さん宛ですね。サインをお願いします」


 兄宛の荷物。

 だが、送り主の欄には何も書かれていない。


(……差出人不明?)


 志保は眉をひそめた。

 箱は軽い。

 だが、中身が何かはまったくわからない。


 藁人形や、蟲毒の蛇の件を思い出すと――

 不用意に開ける気には、とてもなれなかった。


 志保は唾を飲み込み、箱をそっと置く。


「……玉藻に相談しよっと」


 すぐにスマホを取り、メッセージを送る。


 志保「玉ちゃん、ちょっと来て! 超ヤバいかも!」


 30分後、玉藻とサクラが三浦家にやってきた。


 三浦家の座敷。

 机の上には、差出人のない小さな段ボール箱。

 隼人は腕を組んで、落ち着かない様子で立っていた。


「心当たりは……本当にないんだ」

 隼人は低い声で言った。

「ネットで買った覚えもないし、取引相手からの発送予定もない。

 まさか……また呪いの類か?」


 その一言に、志保が身をすくませる。

 玉藻は箱の前にしゃがみ込み、じっと観察していた。


「……呪いなら、たぶん対処できる。

 でもね――」


 玉藻は箱から視線を外さず、声を潜めた。


「まだ呪いは“発動してない”けど、何がきっかけで起動するかわからない。

 問題は……呪いじゃない可能性」


 志保が息を呑む。

「呪い“じゃない”って……?」


 玉藻は立ち上がり、眉をひそめる。


「もし、爆弾とか毒ガスだったら……

 私じゃどうにもできない」


 一気に空気が張り詰めた。


 隼人は蒼白になり、箱から一歩下がる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……そんな危険なものが、ウチに届くわけ……」


「藁人形と、あの蛇の件があったでしょ?」と志保。

「送り主が同じだったら……普通じゃないよ」


 玉藻は深く息を吸い、落ち着いた口調で続けた。


「安全確認は専門の人にお願いした方がいい。

 私が無理に開けて、もし“そっち系”だったら、取り返しがつかない」


 隼人は両手を握りしめ、悔しそうにうなずく。


「……わかった。警察に相談する。

 こんなもの、家に置いておけない」


 志保が震える声で言った。


「玉藻……呪いの反応は、まだないのよね?」


 玉藻は短く頷く。

「うん。少なくとも“術”は動いてない。

 でも、だからこそ怖いんだよ。

 いつ、何によって起動するのか……見当がつかない」


「送り主……誰なん?」


 玉藻は答える前に、深く息を吐いた。


「心当たりは……一人だけ。

 岸本玲奈。

 あの子、もう普通の人間じゃないわ」



お読みいただきありがとうございました。

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