77
最近、サクラの周りに蛇のヒイラギがまとわりつくのは、もはや日常の光景になっていた。
学校から帰れば肩に巻きつき、歩き出せば足元を先導し、寝るときは枕元に静かにとぐろを巻く。
そんな様子を見て、玉藻がくすりと笑った。
「ヒイラギ、すっかり懐いてるわね。
ペットというより……サクラを守ってるみたいよ?」
「えっ、そうっすか?!」
サクラが慌ててヒイラギを見ると、蛇はドヤ顔……に見える角度で頭を持ち上げた。
そこへ、藁男が勢いよく割り込んでくる。
「待ってほしいっす!
ヒイラギだけが守ってるみたいな言い方は納得いかないっす!
俺だって、サクラママを毎日守ってるっす!!」
「ママ言うな!」
サクラが赤面する一方で、玉藻は楽しそうに扇子で口元を隠した。
「あらあら……サクラ、モテモテねぇ。
人間に蛇に藁人形まで。こんなに愛される子、そうそういないわよ?」
「ちょ、ちょっとおねーちゃん!!」
ヒイラギが誇らしげにとぐろを巻き、
藁男は胸を張って「守護神っす!」と自称し、
サクラは両脇から挟まれるような形で困り笑い。
――丑の刻参りで使用された“藁人形”と、
――蟲毒のために集められた“生き物”から生き残った蛇。
普通なら、どちらも強烈な怨念を帯びるはずのもの。
人に懐くどころか、人を害する類の存在だ。
それが――
(どちらも、サクラを“守りたい”と……?)
サクラの足元にまとわりつく藁男。
肩に巻きつき、目を細めているヒイラギ。
どちらの気配も、サクラに向けているのは“忠誠”に近い。
(そんなものに好かれる人間なんて、普通はいないわよ)
夕方。
三浦家の玄関のチャイムが鳴り、志保が出ると、宅配便の人が箱を差し出した。
「三浦……隼人さん宛ですね。サインをお願いします」
兄宛の荷物。
だが、送り主の欄には何も書かれていない。
(……差出人不明?)
志保は眉をひそめた。
箱は軽い。
だが、中身が何かはまったくわからない。
藁人形や、蟲毒の蛇の件を思い出すと――
不用意に開ける気には、とてもなれなかった。
志保は唾を飲み込み、箱をそっと置く。
「……玉藻に相談しよっと」
すぐにスマホを取り、メッセージを送る。
志保「玉ちゃん、ちょっと来て! 超ヤバいかも!」
30分後、玉藻とサクラが三浦家にやってきた。
三浦家の座敷。
机の上には、差出人のない小さな段ボール箱。
隼人は腕を組んで、落ち着かない様子で立っていた。
「心当たりは……本当にないんだ」
隼人は低い声で言った。
「ネットで買った覚えもないし、取引相手からの発送予定もない。
まさか……また呪いの類か?」
その一言に、志保が身をすくませる。
玉藻は箱の前にしゃがみ込み、じっと観察していた。
「……呪いなら、たぶん対処できる。
でもね――」
玉藻は箱から視線を外さず、声を潜めた。
「まだ呪いは“発動してない”けど、何がきっかけで起動するかわからない。
問題は……呪いじゃない可能性」
志保が息を呑む。
「呪い“じゃない”って……?」
玉藻は立ち上がり、眉をひそめる。
「もし、爆弾とか毒ガスだったら……
私じゃどうにもできない」
一気に空気が張り詰めた。
隼人は蒼白になり、箱から一歩下がる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……そんな危険なものが、ウチに届くわけ……」
「藁人形と、あの蛇の件があったでしょ?」と志保。
「送り主が同じだったら……普通じゃないよ」
玉藻は深く息を吸い、落ち着いた口調で続けた。
「安全確認は専門の人にお願いした方がいい。
私が無理に開けて、もし“そっち系”だったら、取り返しがつかない」
隼人は両手を握りしめ、悔しそうにうなずく。
「……わかった。警察に相談する。
こんなもの、家に置いておけない」
志保が震える声で言った。
「玉藻……呪いの反応は、まだないのよね?」
玉藻は短く頷く。
「うん。少なくとも“術”は動いてない。
でも、だからこそ怖いんだよ。
いつ、何によって起動するのか……見当がつかない」
「送り主……誰なん?」
玉藻は答える前に、深く息を吐いた。
「心当たりは……一人だけ。
岸本玲奈。
あの子、もう普通の人間じゃないわ」
お読みいただきありがとうございました。




