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動物病院へ向かう途中、志保がふと足を止めた。
「……あれ? さっきまでここに、雀とか猫とか……倒れてたよね? 死んでるのかと思ってた……」
玉藻も立ち止まり、周囲を見回す。
確かに、近所のあちこちで見かけた“倒れた動物たち”の姿が、一つ残らず消えている。
(……まさか。あれは死んでいたんじゃなくて、瘴気で動けなかっただけ?
私がさっき、庭の瘴気の流れを浄化したから……再び動き出した?)
次の瞬間だった。
電柱の影から、ふらり……と一羽の雀が現れた。
続いて、猫が二匹、カラス、トカゲまでもが、玉藻たちの行く手に集まり、まるで行列のように並び始めた。
志保は悲鳴を上げそうになり、サクラの腕にしがみつく。
「な、なに!? なんでこっち来るの!?」
サクラはしゃがみ込み、動物たちと目線を合わせて何かを話し始めた。
まるで本当に言葉が通じているように、動物たちは静かに耳や尻尾を動かして応えている。
少ししてサクラは立ち上がり、玉藻のほうを振り返った。
「おねーちゃん。こいつら、みんなおねーちゃんに感謝してるっす」
「……え?」
「さっきの瘴気を浄化したおかげで、体が動くようになったらしいっす。
命の恩人に報いたいって言ってるっすよ」
動物たちは、まるで玉藻に跪くように、そろって頭を垂れた。
雀は小さく羽を震わせ、
猫は足元に身体をすり寄せ、
カラスは低く声を鳴らし、
トカゲでさえ玉藻の足元で尾を振る。
志保はその光景に言葉を失い、ただ呆然と見つめるしかなかった。
玉藻は少し照れくさそうに、しかし静かに微笑んだ。
(……こんなふうに感謝されるなんて、久しぶりね)
そして心の奥で、小さな決意が芽生えていた。
(この町に満ち始めた呪い……絶対に、根を断たないと)
◆ 動物病院
志保に案内されて町の動物病院へ。
動物病院の自動ドアが静かに開き、サクラと志保はカウンターへ向かった。
受付の女性が愛想よく顔を上げる。
「こんにちは。今日はどうされました?」
サクラは肩から下げた布バッグをそっと持ち上げる。
「庭のヒイラギに蛇が弱ってぶら下がっていたので、保護したっす」
「……ヒイラギに、蛇……?」
受付の人は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに仕事モードの笑顔に戻った。
「ペットではないんですね?」
「はい。野生っす」
「では保護動物としてお預かりしますね。えっと……蛇ちゃんのお名前は?」
志保は固まった。
「名前……? その……保護したばかりなので……ないです」
「そうですか。では仮のお名前をこちらで書いておきますね」
受付の人はカルテにサラサラと書き込む。
──【ヒイラギ】
「だ、だめっす!!」
サクラが思わず叫び、志保が肩を跳ねさせた。
「えっ? あ、ダメでした?」と受付が慌てる。
サクラはバッグの中をのぞき込み、蛇をじっと見てからにっこり笑った。
「……おねーちゃん、この子、喜んでるっす。
“ヒイラギ、いい名前だ”って言ってるっすよ」
志保は目を丸くし、受付の人は半分困ったように、半分感心したように笑った。
「じゃあ、このまま“ヒイラギちゃん”で登録しておきますね」
「……名前、ついちゃったね」
志保はちょっと照れながら小声でつぶやく。
サクラは自慢げに胸を張った。
「ヒイラギは邪気を払う木っす。この子にはぴったりの名前っすよ!」
バッグの中で、弱った蛇が小さく身じろぎした。
まるで本当に、自分の新しい名を受け入れたように。
診察台の上で、サクラがバッグから蛇をそっと出すと、
獣医は顕微鏡ライトを当てながら状態を確認していく。
そして——
獣医「――なるほど。弱ってますね。脱水と栄養不足が酷い。
それから……毒のある生き物を食べたみたいですね」
サクラ「あ……はいっす!」
獣医「しばらくはヌードマウスを与えてください。
栄養剤を水に溶かして、一緒に。
食欲が戻れば徐々に回復するでしょう」
志保は素直に頷いたが、玉藻は診察室の隅で複雑な表情になる。
(……蠱毒で作られた蛇にヌードマウス……
いや、でも獣医が“そう扱える”と言うなら、それはそれで……?)
なんとも言えない脱力感が玉藻を襲う。
診察を終え、サクラは丁寧に礼をしながら蛇を再びバッグへ収納。
サクラ「よかったっすね〜!これでこの子も社会復帰っす!」
玉藻(いや、“社会復帰”って何……?)
志保は少し笑いながら
志保「サクラちゃん、意外と面倒見いいのね」
サクラ「まあまあっす! おねーちゃん仕込みっすから!」
玉藻は思わず額に手を当てた。
お読みいただきありがとうございました。




