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蛇は弱っていたが、まだ生きていた。瘴気をまき散らし 近づく者を威嚇する。
玉藻「……弱っているけれど、まだ生きてるわね。瘴気が強すぎて近づけない。さて、どうしようかしら……」
そのとき――
サクラ「おねーちゃん、今度は蛇っすか? なんか弱ってるっすねぇ~」
唐突に声がして、志保がびくっと振り向く。
玉藻は小さくため息をつき、横目でサクラを見る。
玉藻「サクラ、突然現れないで。志保が驚くでしょう」
サクラ「えへへ。でもこの蛇、だいぶ汚れてるっすよ? あー……蟲毒の匂いが鼻につくっす……」
サクラは蛇に近づき、顔をしかめた。
瘴気はサクラにも見えているようで、蛇の周囲をぐるぐる漂う靄の房をつまむようにして観察している。
サクラ「これ、まだ生きてるけど……毒でぐちゃぐちゃにされてるから、行き先が定まらないって感じっす」
玉藻は眉をひそめた。
玉藻「……本当に、玲奈が作ったのね。厄介だわ」
サクラは、蛇を観察し続ける。
サクラ「おねーちゃん、こいつを浄化して!動物病院へ連れて行くっす」
玉藻は思わず二度見した。
玉藻「ええええ!!?? ……ちょ、ちょっと待ちなさい。蟲毒で作られた蛇を、よりによって動物病院に? 本気で言ってるの?」
サクラ「本気っすよ~。瘴気さえ出さなきゃ、ただの弱った蛇っす。
ほら、動物病院の先生って、けっこう爬虫類にも詳しいっすから!」
玉藻は額に手を当てた。
志保は事情がわからず、ただおろおろと二人を見比べている。
玉藻(……いや、いやいやいや。
“普通の蛇扱い”できる状態じゃないでしょう、これ)
しかしサクラはまるで気にしない。
すでにしゃがみこんで、蛇に向かって何か喋ってる。
サクラ「じゃ、浄化お願いっす! この子、まだ生きたいって言ってるし」
玉藻「ちょっと待って! 本当に大丈夫なの!? 動物病院で暴れたりしない?」
サクラ「瘴気がなければ、ただの弱った蛇っす」
とはいえ——
玉藻「……志保。あなたはどうするつもり?」
志保「えっ、えっ……だ、動物病院なら……い、一応、うちの近くにもあるけど……?」
玉藻は深くため息をついた。
玉藻「……わかった」
玉藻が両手をそっとかざすと、蛇の体を覆っていた黒い瘴気が、
静かな風にさらわれるようにスッ……と剥がれ落ち、霧散していく。
まるで氷が溶けるように、蛇の身体から呪毒呪いが消えていった。
サクラ「さすがおねーちゃん! やっぱり神獣の力っすね~!」
玉藻は涼しい顔で手を下ろしたが、その実、かなり繊細な作業だった。
志保にはただ手をかざしたようにしか見えないが、そこには九尾としての精密な調整が詰まっていた。
サクラはしゃがみ込み、弱った蛇に軽く声をかける。
サクラ「よしよし、もう大丈夫っすよ!」
それから、ためらいもなく自分の大きめのショルダーバッグを開き、
サクラ「失礼しまーすっ」
と、するりと蛇を布でくるんで優しく収納した。
志保は見ていられず、半歩後ずさる。
志保「……バッグに入れるの!? そんな普通の感じで!?」
サクラ「ヘーキっすよ。今はただの虚弱な蛇っす。
ほら、志保さん、動物病院案内お願いっす!」
志保は混乱しつつも、意を決して頷く。
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