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 玉藻は志保の家の前に立った瞬間、息をのみ込んだ。

 玄関一帯が、まるで墨汁をこぼしたような濃い“黒い靄”に覆われていたのだ。


(……これは強い。家ごと呑まれる寸前じゃない)


 指先を軽く払う。

 空気が震え、九尾の狐としての力が静かに解き放たれる。

 次の瞬間、黒い靄は陽炎のように揺らめき、跡形もなく霧散した。


 志保にはもともと靄が見えていないため、玄関がつい先ほどまで呪いに覆われていたことにも気づいていない。


 かわりに、家の前に散らばる鳥や小動物の死骸を見つけて怒っていた。


「悪戯? それとも嫌がらせ? こんなの、ひどいよ!」


 玉藻は志保の怒りを聞き流しながら、そっと玄関を見た。

 そこには清明神社の御札——淡く光る五芒星の紋が貼られている。

 残っていた瘴気を押し返すように、御札は小さく脈動していた。


「……清明神社の御神札。相当強い力ね。

 志保ちゃんの家は、ちゃんと守られてたのよ」


 志保は玉藻が玄関を熱心に見ているのを、ただ「物珍しく観察してるだけ」と思ったらしく、ほっと笑った。


「やっぱり効いてるんだよね? ほら、兄の時みたいな変なことも起きてないし」


「……そうね」


 玉藻は周囲を見回す。


 靄はすでに浄化した。

 志保の“願い”が込められた御札と、このあたりの古い家並みが作っていた結界が守りとなり、被害を最小限にしていたのだ。


「志保ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど……この家の鬼門はどこ?」


「き、鬼門? えっと……北東かな。庭があって、ヒイラギがあるよ。おじいちゃんが植えたの」


「行きましょう」


 玉藻が促すと、二人は北側の庭へ回った。

 古い日本家屋特有のひんやりした空気が石畳から立ちこめる。


 北東の角に立つヒイラギは青々と茂り、葉のトゲが鋭く光っていた。


 志保は近づこうとして——足を止める。


「えっ……」


 ヒイラギの枝に、細長い“何か”がぶら下がっていた。

 乾きかけた鱗。だらりと垂れた体。


 蛇だった。


 志保は蒼白になり、口元を押さえた。


「な、なんでこんな……?」


 玉藻は動じない。むしろ冷静に観察し、低く言った。


「この蛇……家に侵入しようとして、ヒイラギに阻まれたのね」


「ヒ、ヒイラギにそんな力が!?」


 玉藻はうなずく。


「ヒイラギは昔から“鬼門除け”。

 鋭い葉は邪を傷つけ、トゲは呪気を拒む。

 鬼門の位置に植えてあるのは偶然じゃないわ」


 志保はヒイラギを見つめながら、震える声を出す。


「お、おじいちゃん……理由を知ってたってこと……?」


「昔の人は、そういうものを“感じてる”のよ」


 玉藻はしゃがみ込み、蛇に指先を近づけた。


「これは普通の蛇じゃない」


 志保が息を呑む。


「ど、どういうこと……?」


「これは——蟲毒で作られた蛇よ。

 呪いの媒介として育てられ、ここに放たれたの」


「む、蟲毒って……前に話してた、あの……?」


「ええ。毒と呪を混ぜた最悪の方法」


 玉藻は蛇の体に残った黒い紋様を指差した。


「この術式……おそらく、岸本玲奈」


 志保の顔色がさらに悪くなった。


「あの……丑の刻参りしてた子……?」


「そう。呪いに慣れた人間が蠱毒に手を出したなら……もう止まらない」


 庭の空気がひやりと冷えた。


 ヒイラギの葉が風に揺れ、蛇を拒絶するように鳴った。


「でも、侵入は阻まれたわ。

 この家は昔の造りで、土地の結界も強い。

 鬼門のヒイラギも、生半可な呪いは通さない」


 志保は玉藻の袖をつかみ、震えながら尋ねた。


「た、玉藻ちゃん……うち、まだ危ないの……?」


 玉藻は優しく首を振った。


「大丈夫。今回は間に合った。

 ——けど、次はもっと強いものが来るかもしれない」


 九尾としての感覚が、鋭く警鐘を鳴らす。


(……麗奈。蠱毒まで使いはじめたのね。

 これ以上放置すれば、誰かが確実に死ぬ)


 

お読みいただきありがとうございました。

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