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玉藻はしばらく黙って志保を観察したあと、ふっと小さく笑った。
「ねえ志保……隼人お兄さん、最近、元気にしてる?」
「え? お兄ちゃんのこと?」
志保はストローをくわえながら少し首をかしげる。
「元気そうだったよ。相変わらず転売で忙しいーって愚痴ってたけど」
(……隼人さんに呪いがいったん止んで、次は志保に向かってる? “対象の周辺”に手を伸ばすタイプ……)
玉藻は慎重に言葉を選んだ。
「実は……ちょっと気になることがあって。今日、できれば志保の家に寄っていい?」
すると志保は——めちゃくちゃニヤァッとした顔で玉藻を見てくる。
「えっ、もしかして……うちの兄、気になるの~?」
玉藻「……そうだけど、そうじゃないの」
志保「え、じゃあどっち!? いやいや玉藻ちゃん、あの兄でよければ紹介——」
「そういう意味じゃないってば!」
急いで否定するけれど、志保は面白がってにやにやしている。
志保(玉ちゃん、顔真っ赤。)
志保の家に行く理由は——
志保の身にまとわりついた“黒い靄”の正体を確かめるため。
それに、家の中に“発生源”がある可能性も高い。
だが今は、とりあえず誤解を解かねば。
玉藻「志保、ほんとに単純に用事なの! お兄さんに興味があるわけじゃ……」
志保「へぇ~~~~?」
玉藻「……行くからね。今日、絶対行くから」
志保はクスクス笑いながら頷き、
玉藻は心の中で大きくため息をついた。
(黒い靄……あれは、志保の周囲で“育って”いた。放っておけば手遅れになる)
放課後。
玉藻はサクラに連絡してから、志保と一緒に家へ向かった。
住宅街に差しかかった頃、ふと視界の端に何かが落ちているのが見えた。
——鳩。
一羽。
いや、二羽。
その先にも、丸まった雀の小さな影。
玉藻は足を止めた。
「……嘘、でしょ」
嫌な予感が背筋を走る。
志保の家へ近づけば近づくほど、地面に転がる死骸の数が増える。
志保「何が起こってるの?」
鳩。
雀。
小さなネズミ。
果てはカナヘビや虫までも、動かないまま散らばっていた。
まるで“何か”が中心に向かって、生命力を吸い上げたような——。
2人の顔が青ざめた。
(……志保の身にまとわりついていた黒い靄。あれは“呪詛”が成長している証拠……まさか、こんな距離まで侵蝕してるなんて)
家が近づくにつれ、周囲の空気そのものが重く、ざらつき始める。
玉藻のスマホに着信音が鳴る
サクラ「おねーちゃん、今どこっす?志保さんの家の近くまで来たけど……なんか、嫌な気配が——」
玉藻「志保の家の付近。……最悪の状態よ」
ようやく志保の家が視界に入った瞬間、玉藻は息を呑んだ。
門扉の前は、明らかに“円”を描くように、生き物の死骸が集中している。
その中心が——志保の家。
(これは……呪詛の“場”が形成されつつある)
「隼人さん……!」
「お兄ちゃん……!」
胸の奥が不吉な警鐘を鳴らしていた。
玉藻は家の前に立ち、息を呑んだ。
玄関が——見えない。
まるで家全体が、黒い泥のような靄に包まれていた。
濃密で重く、ただの呪いではあり得ない。
近づけば近づくほど、肌がひりつき、呼吸すら重くなる。
「……これほどの呪い……見たことがない……」
——ここまで濃い呪詛、普通の人間が扱えるわけがない。
岸本玲奈。
あの女は、確実に“踏み込んでいる”。
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