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「俺の居るべき場所……?」

「まずは、肝試しに行ったという廃神社に行ってみましょう。何か痕跡があるはずだから。昼間に行ければ理想だけど、夕暮れまでにまだ時間がある」

 玉藻の声は冷静だったが、その眼差しには鋭い光と確固たる決意が宿っていた。


「行くわよ」

 玉藻は立ち上がり、玄関の戸を静かに引いた。

 彼女を先頭に、サクラ、志保、そして志保の兄・隼人が続く。三人は自然と隼人を守るようにして歩いた。


 細い路地を抜けると、西陣の古い家並みが途切れ、やがて山へと続く細道が現れる。

 その先に、朽ちかけた鳥居が影を落としていた。苔と蔦に覆われた石段、崩れかけた玉垣。

 そして、参拝する者も途絶えた小さな祠が、薄闇の中に沈んでいる。


 かつて人々の祈りが満ちていたであろうその場所——今はただ、静かに、四人を待っていた。


 廃れた社の空気は、志保の家に漂っていたものと酷似していた。

 重く澱んだ気配、黒い靄が地を這うように漂い、木々の間をゆらめいている。


 玉藻は一歩、祠へと踏み出した。

 わずかに息を吸い込み、瞳を細める。


 ——ここにある。


 確信が、胸の奥に静かに広がった。


 廃神社は、雑草が膝の高さまで伸び、鳥居は根元から傾いていた。注連縄は風化し、ぼろ布のようにだらりと垂れ下がっている。境内に一歩踏み入れると、湿った土の匂いと、古い木々の間を漂う黒い靄が鼻腔を撫でた。


「……荒れてるわね」

 玉藻が低く呟く。


 神社の裏手へ回ると、そこには一本の大きなクスノキがあった。幹は太く、苔に覆われ、樹齢百年を優に超えているだろう。そこに──黒ずんだ縄とともに、打ち付けられた藁人形があった。


 志保が小さく悲鳴を上げる。

「……なに、これ……丑の刻参り?」


 玉藻は近づき、藁人形を確かめた。人形の胸には五寸釘が打ち込まれており、雨に濡れ、泥にまみれている。それでも、表面にははっきりとした筆跡が残っていた。


「三浦隼人……これ……お兄さんの名前じゃないの?」


 背後で、隼人がぎくりと肩を竦めた。

「見つかっちまったか……」

 志保の顔から血の気が引く。

「だ、誰が……誰が、こんなことを……?お兄ちゃんは知ってたの?」


 隼人に憑いてるモノが喋り出す「俺は知っていたけど、お兄ちゃんは知らなかったぞ」


 サクラ 「紛らわしいから、こいつに名前をつけるっす。藁人形の呪いだから、藁男わらおでどうっす」


 玉藻はサクラに言った。

「サクラ!!!ダメよ!!名前を付けたら、そいつは簡単には払えなくなるわよ!!」


 だが、その瞬間──藁人形の胸元から、かすかな空気の震えとともに、低い声が湧き出した。人間の声でも獣の声でもなく、藁と泥と古い夜の混ざったような、不気味な響きだ。


「サクラさん、ありがとう。これで、俺はただの怨念から、少しは“格”が上がりましたwww」


 ――その声は、湿った空気を震わせながら、どこか楽しげに笑った。


 玉藻がすっと目を細める。

「……こいつ、名前の響きに引っ張られて笑ってる」


 もはや藁人形は、ただの人の怨念ではなかった。

 名を得た瞬間、何かが形を持ち、意思を帯びた。空気の質そのものが変わる。重く、冷たく、古の呪の気配が漂っていた。


 玉藻は指先で藁人形の表面をなぞる。

「この術……平安の頃の呪詛と似ている。康親に聞いたことがあるわ。あの人、式神の制御について詳しかったから」


 サクラが目を剥いた。

「康親殿とそんな話してるんっすか!? マジで!?」


 玉藻は少し照れて肩をすくめる。

「ええ……まぁ。ちょっとした雑談よ」


 風が吹き抜け、古木の枝が軋む。藁人形がカタリと揺れた。

 その瞬間、黒い靄が玉藻の足元に集まりはじめる。ざわざわと無数の囁きが重なり、四方の闇がゆっくりと蠢いた。


「──帰れ……帰れ……帰れ……」

「……ここは、わたしたちの……場所……」


 志保が小さく悲鳴をあげ、玉藻の袖をぎゅっと掴む。

「た、玉ちゃん……怖い……」


 サクラは一歩前に出て、腰の護符を構えた。

「藁男! 隼人さんから離れるっす!」


 藁男はにやりと笑った。

「わかったよwww 母さんwww」


 サクラ「誰が母さんっすか!!」


 玉藻は呆れ顔でため息をついた。

「……サクラが名付け親だから、母さんなのね」


 藁男の笑いが、またひときわ濃くなる。

「ほんとは玉藻さんに名付けてほしかったけど、しょうがないやwww玉藻おばさんwww」


「誰がおばさんよ!」

玉藻が睨むと、藁男の周囲の靄が一瞬びくりと揺れた。


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