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部屋の明かりは柔らかく、アロマキャンドルがほのかに香っていた。
玉藻はソファに体を預け、深いため息をついた。
「今日は本当にびっくりしたわ。まさか、いきなりプロポーズしてくるなんて……」
カーペットの上で寝転がっていたサクラが、にやにや笑いながら顔を上げる。
「サプライズっすね。
おねーちゃんの彼氏、取っちゃったっす」
玉藻は思わずクッションを投げた。
「もう、彼氏じゃないってば!
それに、初デートもサクラがいなかったら実現してないし……」
そう言いながらも、頬が少し赤い。
その横顔を見て、サクラがくすっと笑う。
「……やっぱり運命だったのかな」
サクラは仰向けになったまま、天井を見つめて呟く。
「運命っすよ。間違いないっす」
玉藻が首をかしげると、サクラは少し真面目な声で続けた。
「平安時代で――酒呑童子の屋敷に繋がれてた狼、覚えてるっすか?」
「もちろん覚えてるわよ。サクラが一目ぼれした狼でしょ?
彼と一緒になるからって、平安時代に残ったのよね」
サクラは小さく頷いた。
「そうっす。あの狼――大神くんは、あの狼の生まれ変わりっす」
玉藻の手が驚きで止まる。
「……え? 本当に?」
「うん。匂いでわかったっす。あの時の狼の匂いと同じ。
ワイルドで、めっちゃいい匂い。
大神くん、まだ“狼だった頃の力”が残ってるっすよ。
鼻が良いし、たぶん気配を読むのも得意っす」
サクラは照れくさそうに笑い、頬をかいた。
「だから、玉藻様を守るって言ったのも……多分、前世からの約束なんす」
玉藻はしばらく黙っていた。
キャンドルの炎がゆらゆらと揺れ、壁に二人の影が映る。
「……そう。そういうこと、だったのね」
微笑みながらも、その瞳の奥には不安と温かさが同時に宿っていた。
「……そういえばサクラ、あの時の狼、屋敷まで付いてきてたのよね」
「そうっす。あの狼、おねーちゃんがいた屋敷の外でも、
ずっと見張ってたっすよ。
良くないモノが入り込まないように、
夜でも目を光らせてたっす」
サクラの声はどこか懐かしそうだった。
「九尾の狐を討伐した時も、私と一緒に、玉藻様のそばにいたっす。
あの人、戦の最中でもずっと玉藻様のことを守ってたっす。
康親と一緒に」
「……康親?」
玉藻は思わず身を乗り出した。
「彼も守ってくれてたの?」
サクラは小さく頷いた。
その瞳は、遠い過去を見つめているようだった。
「うん。康親は表の護り。
あの狼は影の護り。
二人とも、おねーちゃんをずっと守ってるっす。
今も、ちゃんと繋がってる」
「繋がってる……?」
「はい。現代と通じてからは、
康親はこの辺り一帯を“浄化”してくれてるっす。
見えないけど、あの人の気配はずっと残ってる。
だからこの街、夜でも怖くないでしょ?
あれ、康親の結界っす」
玉藻は静かに目を閉じた。
確かに、最近この街の夜はいつも穏やかで、どこか優しい。
風がやわらかくて、空気が澄んでいる。
(恋をしたから空気が綺麗に感じるんだと思ってたけど……
本当に、澄んでいたのね)
「……そうだったのね」
玉藻の口元に、安堵と微笑が同時に浮かんだ。
キャンドルの灯がゆらめき、二人の間に漂う空気が、
少しだけ、光を帯びたように見えた。
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