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両親が相次いで亡くなり、天涯孤独になった前田玉藻。飼い犬のサクラが道に飛び出したので助けようとして、トラックにはねられた。そこで神様に会う。九尾の狐が帝をたぶらかして国に災いを起こすのを防げば、再び現世に戻れるという。目が覚めると、九尾の狐に転生していた。これって楽勝じゃない。と思ったが、妖術は使えるが、和歌とか書とか無理。
都中の噂はさらに膨らんだ。
「玉藻様、奥方様と親しくしておられるとか……。あの才色兼備の美女が、主人の奥様を立てつつ振る舞うなど、よくできたお方です」
「玉藻様が屋敷に入り込んだ式紙を撃退されたそうよ」
サクラは鼻高々。
「ご主人、屋敷内の評価は完全にMAXっす。玉藻様、無敵っす!」
奥方は柔らかく微笑み、旦那様も目を細めて言った。
「玉藻殿がいらっしゃるおかげで、私達も安心して日々を過ごせる」
旦那様の評判も当然上がる。
「奥様と愛人がこれほど仲良くできるなど、都中でも珍しいことですぞ……」
玉藻は尾を揺らしながら心の中でつぶやいた。
「……なんか、全部私の手柄になってるけど、実際はサクラと奥方様が全部やってくれてるんだよね……」
ある日の夜半。
月は雲に隠れ、庭はしんと静まり返っていた。
「……また庭に、妙な気配がするっす」
サクラが耳をぴくりと動かし、尾を逆立てる。
玉藻は寝所から顔を出し、尻尾をふわりと揺らした。
「また? 式紙か、あるいは誰かの遣いかしら……」
サクラは地面に鼻を近づけ、低く唸った。
「……紙の匂いがするっす。でも、前よりも数が多いっすよ」
闇の庭を見れば、月明かりの下に白い影がいくつも蠢いている。
人の形をした紙――式紙たちが、ずらりとこちらを見ていた。
イケメン貴族とその奥方も、ただならぬ気配で目を覚まし、玉藻の部屋にやって来る。
「まあ……またあの陰陽師でございましょうか?」
玉藻は手をひらりと振り、低く呪を唱えた。
「サクラ、犬の本領を発揮する時よ――妖術《犬還し》!」
ふわっと光に包まれたサクラの姿がぐにゃりと揺れ、次の瞬間、耳と尾がふさふさの柴犬に変わった。
「わーい!待ってましたっす!!」
サクラは尻尾をぶんぶん振り回し、庭へ駆け出す。
式紙の群れはぞわぞわと蠢き、サクラを取り囲む。
サクラは低く吠えた。
「ヴゥーッ!ワンワン!」
式紙がひるみ、散らばろうとするが――遅い。
サクラは飛びかかり、紙をぱりんと噛み千切った。
「へっへっへ、式紙なんて紙切れっすよ!」
次々に紙を裂き、咥え、地面に叩きつける。
あっという間にたくさんあった式紙を退治した。
玉藻は袖で口元を隠し、つぶやく。
「サクラ有能すぎ‼」
奥方は縁側からその様子を見守り、目を丸くする。
「まあ……あれほど勇ましい犬を、私は初めて見ましたわ」
最後の一枚を食いちぎったサクラは、胸を張って吠えた。
「わん! 式紙退治完了っす!」
式紙を退治し終えた庭に、涼やかな声が降りた。
「……サクラ殿は、人の姿の時も可愛らしかったが――犬の姿もまた、さらに可愛いですな」
縁側に立つのは、玉藻の主であるイケメン貴族の旦那様。
その眼差しは真剣で、犬のサクラに熱を帯びて注がれていた。
「犬が、これほど美しく、愛らしいものだとは……」
そう呟きながら、旦那様はそっと手を伸ばす。
だが――サクラは「ぐるるる……」と低く唸り、鋭い目を向けた。
旦那様の手は空中で止まり、空気が一瞬張りつめる。
奥方がくすっと笑い、玉藻が肩をすくめて言った。
「だめですよ、旦那様。柴犬というのは、ご主人にしか懐かないのです」
サクラは胸を張り、尻尾をぴんと立てたまま玉藻の足元へとすり寄る。
まるで「このご主人は自分だけのものだ」と誇示するかのように。
旦那様はしばし目を見開いていたが、やがて朗らかに笑った。
「なるほど……忠義深いものですな。そこもまた、愛らしい」
その頃――式紙を操っていた張本人、安倍泰親は、遠く離れた屋敷で小さい悲鳴をあげてのたうち回っていた。
「いたっ!いたた! だが……悪くない……!」
なんと、サクラが式紙を噛むたびに、術をかけた本人に小さい歯型がついていたのだ。
「玉藻様に罵倒されると思っていたが、なんとこの様な気持ちの良い……ああ……玉藻様、そなたの弟子はなんと素晴らしい……!」
弟子が小声でつぶやく。
「師匠、全身に歯型をつけられて、唾液まで……!もう諦められた方がよろしいかと」
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