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部屋の机の上に、一枚のカードが置かれていた。
『よかったら、連絡ください。』
――大神 蓮。
玉藻はその文字を何度も見つめ、静かにため息をつく。
「……どうしよう、これ」
白いカードは、どこか温かい。
たった一行なのに、確かに“想い”があった。
言葉よりも重く、真っ直ぐで、不器用な優しさが滲んでいる。
(まさか……わたしなんかに?)
スマホを手に取っては置き、文字を打っては消す。
「……返事、どうすればいいの……」
そのとき――玄関のチャイムが鳴った。
「ただいまー!」
元気な声とともに、サクラがドアを開けて入ってくる。
部屋に入ったサクラは、すぐ机の上のカードを見つけた。
「ん? これ、なにっすか? ……おおかみ……れん? 大神蓮?」
「この人、知ってるっす! 剣道の大会で準優勝した有名人っすよ! 剣道女子の間では伝説っす!」
「……そんな人、いたの?」
「一度でいいから見てみたいっす……本物の大神蓮!」
サクラはカードを手に取った。
次の瞬間、ふわりと風が動いた気がした。
「……え?」
サクラが鼻を近づける。
ほんのり、木と風と土のような――懐かしい匂い。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
「何この匂い……懐かしい。切なくなる……」
目を閉じると、白い雪の中、誰かと並んで歩いている映像が一瞬だけ脳裏をかすめた。
温かい背中、低い声、笑い声。
“ずっと探してた匂い”だった。
「おねーちゃん……この人、紹介して」
サクラは真剣な瞳で玉藻を見つめた。
「お願い。会いたいの」
サクラはカードを両手で握りしめたまま、潤んだ瞳で玉藻を見上げた。
「お願い、おねーちゃん。この人に会いたいの。どうしてかわかんないけど……胸が、すごくざわざわするの」
その言葉に、玉藻は息をのむ。
普段のサクラなら、こんなふうに感情をむき出しに頼むことなんてない。
いつも明るく、少し強がりで、誰かに甘えるのが苦手な妹だ。
――でも今のサクラは、まるで何かに導かれているようだった。
「……わかった」
そう言いながら、玉藻はカードに書かれた“大神蓮”という名前をもう一度見つめた。
(サクラがこんなふうに頼むの、初めてだ……)
(もしかして――この人が、サクラの“運命の人”なのかもしれない)
玉藻はスマホを開き、ゆっくりとメッセージを打った。
『妹が剣道をしているので、大神くんの話を少し聞きたいと言っています。
今度、会ってもらえますか?』
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