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両親が相次いで亡くなり、天涯孤独になった前田玉藻。飼い犬のサクラが道に飛び出したので助けようとして、トラックにはねられた。そこで神様に会う。九尾の狐が帝をたぶらかして国に災いを起こすのを防げば、再び現世に戻れるという。目が覚めると、九尾の狐に転生していた。これって楽勝じゃない。
安倍泰親の書斎。
机に並べられた符がふっと光り、彼が放った式紙が戻ってきた。
「……ふむ、どんな情報を持ち帰った?」
泰親が冷静に問いかけると、式紙の口がぱくぱく動き出す。
「変態!気持ち悪い!覗き!きっしょい!ゴミ!!」
あまりに直球の罵倒に、泰親は固まった。
「……は?」
次の瞬間、式紙は再び大声で繰り返す。
「変態!覗き魔!女にもてない大陰陽師〜!」
泰親は顔をひくつかせ、思わず立ち上がった。
「な、なにゆえ……わしが、式紙に罵倒されねばならんのだ……!?」
晴明の孫として、宮中で恐れられる彼にとって、これほど徹底的に罵倒されたことは生涯初めてだった。
式紙の口から罵詈雑言が流れるたびに、泰親の胸は妙に高鳴った。
「……な、なんと……っ。美しく、知恵にあふれ、しかも人を惑わす妖艶な女性がこのような言葉を……」
式紙が最後にもう一度叫ぶ。
「ゴミ!!!」
泰親は両手で顔を覆い、震えた。
「おのれ玉藻……! わしの心を盗むとは……! 晴明の血を引く安倍泰親を罵倒で虜にするとは……前代未聞よ!」
書斎の隅で控えていた弟子たちは顔を見合わせ、ひそひそと囁いた。
「……師匠、なんか嬉しそうじゃない?」
「え、ええ……。まさかの、罵倒プレイ……」
泰親は弟子の声など耳に入らぬ様子で、瞳をぎらぎらと輝かせる。
泰親は式紙を両手で大事そうに抱きかかえた。
「これは……ただの罵倒ではない。いや、違うぞ……これは恋文、否、恋式紙!」
弟子はぽかんと口を開ける。
泰親は恍惚とした顔で続けた。
「見よ、この激しい言葉の数々……『変態』『きっしょい』『ゴミ』……これほどの激情を込められるのは、もはや恋以外にありえぬ! 玉藻よ……そなた、わしの魅力に堕ちおったな!」
弟子(小声)「……絶対違う」
泰親は弟子の囁きを意に介さず、式紙を胸に押し当てて天を仰いだ。
「なんと情熱的な女……! わしも式紙で応えねばなるまい!」
一方玉藻は、恋文の返事に苦労していた。習字なんてほとんど経験がない。返信の言葉も、全く浮かばない。
奥方はにこやかに筆を取った。
「では、私がお手本をひとつ……」
さらさらと流れるように筆を走らせ、美しい和歌を仕上げる。
玉藻は感動するも、自分で書こうとすると……墨だまり、にじみ、筆が途中で止まる。
「あーっ!全然書けない!」
サクラがすっと筆を取り、書き出す。
線はまっすぐ、払いも完璧、まるで能書家のようだ。
玉藻「え、ちょっと……元柴犬なのに!?なんでそんなに上手いの!?」
奥方が淡々と恋文を仕分け、サクラがちょこんと正座して筆をとる。
「はい次っす。殿上人の○○卿から。調子に乗って三首も送ってきてるっすね」
サクラは筆を操り、流れるような筆跡で返歌を書く。
その姿を覗き見た下女が、目を輝かせて囁いた。
「見ました?あのサクラ様……玉藻様のお弟子筋が、さらさらと和歌を書いておられました」
「ええ……弟子でさえあれほど見事ならば、玉藻様はいかばかりの御才女か」
「いやはや……筆一本で帝をも魅了なさるかもしれませぬな……」
その噂は屋敷の外にも広まり、ついには都中でこう囁かれるようになった。
「妖艶にして聡明、美しき才媛……玉藻の前」
玉藻は頭を抱えた。
「え、ちょっと待って!私、字も書けないし古文もわかんないんだけど!?サクラと奥方がすごいだけなんですけど!?」
サクラは尻尾を振ってドヤ顔。
「大丈夫っすよご主人!評価は全部ご主人のものになるっす!」
「いや、それ逆にプレッシャーなんだけど……!」
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