46
駅前のロータリー。
休日の午後、人の流れが途切れることはない。
玉藻は人混みの中で、立ち止まっていた。
サクラが隣でペットキャリーからひょこっと顔を出す。
(サクラは犬に化けてついてきた)
「……あれっすね」
サクラの視線の先に、ひとりの男が立っていた。
黒のシャツにジャケット、すらりとした立ち姿。
軽く風に揺れる髪、穏やかに微笑む口元。
まるで古典絵巻から抜け出してきたような――洗練された“平安の貴公子”が、
現代の駅前にすっかり馴染んでいた。
「え……嘘、あれ泰親……?」
玉藻の声が震えた。
泰親は待ち合わせの場所に立ち、
通り過ぎる女性たちから何度も声をかけられていた。
「写真いいですか?」
「モデルさんですか?」
「インスタやってます?」
彼はそのたびに、柔らかな笑みを浮かべて、丁寧に断っていた。
その所作ひとつひとつが完璧すぎて――むしろ異世界の人間みたいだった。
「やっば、あれ……完全にモテオーラ出てるっす」
サクラが尻尾をふるわせる。
「ていうか、なんであんなに馴染んでるの……?
平安の人よね? つい先日まで“電波とは何ぞや”って言ってた人よね?」
「泰親様、地頭がいいっすからね~。
どんな環境でもすぐに馴染んでるっす」
玉藻は少し離れた場所から、胸を押さえた。
その姿は眩しくて、近づくのが怖いほどだった。
(どうしよう……想像してたよりずっと、カッコいい……)
息をのんだまま、ただ見つめていた。
千年前の陰陽師が、
現代の街で“奇跡のように美しい青年”として立っている。
「おねーちゃん、早く行くっす。
待たせると“通い婚”の初回カウント始まるっすよ」
「それ言わないでぇぇぇ……!」
玉藻は頬を真っ赤に染め、思わず鞄でサクラを小突いた。
その光景を見た泰親が、ふっとこちらに気づき、目を細めた。
――その一瞬。
玉藻の胸の奥で、時間が止まった。
人混みの向こう――
そこに立っていたのは、彼が幾夜も夢に見た玉藻。
泰親は、思わず息をのんだ。
現代の服を纏ったその姿は、想像していたよりもずっと華奢だった。
細い腰に風がまとわりつくたび、
今にも折れてしまいそうで、思わず庇いたくなる。
(これほどまでに……可愛らしい人だったか)
その頬の線、笑うときの目のかたち、
ほんの少し首を傾げる仕草――
どれもが、彼の胸の奥を灼くように愛おしかった。
玉藻がこちらに気づき、ふわりと笑った。
その瞬間、泰親の世界が音を立てて変わった。
喧噪も、街のざわめきも、何もかもが遠ざかっていく。
残ったのは、ただ一つ――
彼女の笑顔と、その微かな息づかいだけだった。
泰親の胸に、ゆっくりと暖かい光が満ちていった。
カフェのテーブル。
目の前には康親、そしてその向こうにガラス越しの街並み。
秋の陽射しが差し込み、二人の間を淡く照らしていた。
――沈黙。
(な、何か話さなきゃ……)
玉藻はストローを指でいじりながら、ちらりと康親を見る。
康親も同じように、カップを手にしたまま微動だにしない。
ただ、頬がわずかに赤くなっているのがわかる。
その静かな空気とは対照的に、まわりはざわついていた。
「ねぇ、あの人めっちゃカッコよくない!?」
近くのテーブルの女子たちがひそひそ声で騒ぎ出す。
「モデルみたい……いや、俳優?」「素敵~!」
康親の整った顔立ちと、どこか品のある所作。
それは、まるで時代を越えてきた貴公子そのものだった。
一方で、別のテーブルでは男子たちがざわつく。
「なあ、あの子……めっちゃ可愛くね?」
「いや、あれはもうレベル違うだろ……」
玉藻は気づいていない。
自分が、誰もが振り返るほどの美しさを持っていることに。
「……あの、」
同時に口を開いた二人。
「あっ、ごめんなさい!」
「いや、こちらこそ!」
また沈黙。
でも、今度は少しだけ――笑いがこぼれた。
ガラス越しに射す午後の日差しが、二人の笑顔を優しく包んだ。
お読みいただきありがとうございました。☆押して頂けると励みになります。よろしくお願いいたします。




