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駅前のロータリー。

休日の午後、人の流れが途切れることはない。


玉藻は人混みの中で、立ち止まっていた。

サクラが隣でペットキャリーからひょこっと顔を出す。

(サクラは犬に化けてついてきた)

「……あれっすね」


サクラの視線の先に、ひとりの男が立っていた。

黒のシャツにジャケット、すらりとした立ち姿。

軽く風に揺れる髪、穏やかに微笑む口元。

まるで古典絵巻から抜け出してきたような――洗練された“平安の貴公子”が、

現代の駅前にすっかり馴染んでいた。


「え……嘘、あれ泰親……?」

玉藻の声が震えた。


泰親は待ち合わせの場所に立ち、

通り過ぎる女性たちから何度も声をかけられていた。

「写真いいですか?」

「モデルさんですか?」

「インスタやってます?」


彼はそのたびに、柔らかな笑みを浮かべて、丁寧に断っていた。

その所作ひとつひとつが完璧すぎて――むしろ異世界の人間みたいだった。


「やっば、あれ……完全にモテオーラ出てるっす」

サクラが尻尾をふるわせる。


「ていうか、なんであんなに馴染んでるの……?

 平安の人よね? つい先日まで“電波とは何ぞや”って言ってた人よね?」


「泰親様、地頭がいいっすからね~。

 どんな環境でもすぐに馴染んでるっす」


玉藻は少し離れた場所から、胸を押さえた。

その姿は眩しくて、近づくのが怖いほどだった。


(どうしよう……想像してたよりずっと、カッコいい……)


息をのんだまま、ただ見つめていた。

千年前の陰陽師が、

現代の街で“奇跡のように美しい青年”として立っている。


「おねーちゃん、早く行くっす。

 待たせると“通い婚”の初回カウント始まるっすよ」


「それ言わないでぇぇぇ……!」


玉藻は頬を真っ赤に染め、思わず鞄でサクラを小突いた。

その光景を見た泰親が、ふっとこちらに気づき、目を細めた。

――その一瞬。

玉藻の胸の奥で、時間が止まった。




人混みの向こう――

そこに立っていたのは、彼が幾夜も夢に見た玉藻。

泰親は、思わず息をのんだ。

現代の服を纏ったその姿は、想像していたよりもずっと華奢だった。

細い腰に風がまとわりつくたび、

今にも折れてしまいそうで、思わず庇いたくなる。


(これほどまでに……可愛らしい人だったか)


その頬の線、笑うときの目のかたち、

ほんの少し首を傾げる仕草――

どれもが、彼の胸の奥を灼くように愛おしかった。


玉藻がこちらに気づき、ふわりと笑った。

その瞬間、泰親の世界が音を立てて変わった。


喧噪も、街のざわめきも、何もかもが遠ざかっていく。

残ったのは、ただ一つ――

彼女の笑顔と、その微かな息づかいだけだった。


泰親の胸に、ゆっくりと暖かい光が満ちていった。



カフェのテーブル。

目の前には康親、そしてその向こうにガラス越しの街並み。

秋の陽射しが差し込み、二人の間を淡く照らしていた。


――沈黙。


(な、何か話さなきゃ……)

玉藻はストローを指でいじりながら、ちらりと康親を見る。


康親も同じように、カップを手にしたまま微動だにしない。

ただ、頬がわずかに赤くなっているのがわかる。



その静かな空気とは対照的に、まわりはざわついていた。


「ねぇ、あの人めっちゃカッコよくない!?」

近くのテーブルの女子たちがひそひそ声で騒ぎ出す。

「モデルみたい……いや、俳優?」「素敵~!」


康親の整った顔立ちと、どこか品のある所作。

それは、まるで時代を越えてきた貴公子そのものだった。


一方で、別のテーブルでは男子たちがざわつく。

「なあ、あの子……めっちゃ可愛くね?」

「いや、あれはもうレベル違うだろ……」


玉藻は気づいていない。

自分が、誰もが振り返るほどの美しさを持っていることに。



「……あの、」

同時に口を開いた二人。

「あっ、ごめんなさい!」

「いや、こちらこそ!」


また沈黙。

でも、今度は少しだけ――笑いがこぼれた。


ガラス越しに射す午後の日差しが、二人の笑顔を優しく包んだ。


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