表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/81

44

 康親は、玉藻と順調にやり取りを続けていた。

 スマホという不思議な神器を通して、彼女から届く短い言葉。

 ――「おはようございます」

 ――「今日、風強いですね」

 ――「テストやばいです」


 それだけの何気ない言葉が、康親にとってはこの世のどんな宝よりも尊い。

 玉藻が息づく“現代”という世界の片隅で、確かに生きて笑っている――

 それを感じられるだけで、胸が熱くなった。


「おはようございます……か」

 康親はその言葉を小さく繰り返しながら、スマホの画面を食い入るように見つめた。

 淡い光に照らされた文字のひとつひとつが、まるで玉藻の声のように胸に響く。


 だが、スマホという神器は、康親にとってあまりにも儚い存在だった。

 この光が消えれば、すべてが夢に戻ってしまいそうで。

 康親は震える指で、画面をそっとスクロールしながら呟く。


「これを……紙にしておけば、消えぬのではないか」


 次の瞬間、平安の陰陽師はプリントアウトという現代の術を知らぬまま、

 一枚一枚、手で書き写し始めた。

 玉藻のLINEを、和紙に筆で。


 部屋の隅には、びっしりと並べられた玉藻の言葉。

 まるで経文のように整然と書き込まれ、どの一枚にも康親の愛情がこもっていた。


「“今日、風強いですね”……うむ。風が強い日も、彼女はこうして空を見上げているのだな……尊い」


 康親はその一枚を愛おしそうに撫で、目を細めて微笑んだ。


 平安の大陰陽師が、いまや現代の女子高生からのLINEに一喜一憂している。


 康親の笑顔はあまりにも無防備で、幸福そのものだった。


 そして徳子は、その笑顔を見つめながら、

 胸の奥で静かに――痛みを感じていた。


 約束の土曜日が近づいていた。

 玉藻と――千年の時を超えて、ようやく再び巡り会えた彼女と会う日。


 康親の胸は高鳴り、落ち着かない。

 文机の前で何度も背筋を伸ばしては、ため息をついた。


「さて“会う”とは、どのような段取りなのだ?」


 平安の恋は、夜に男が女の邸宅を訪ね、格子越しに文を交わし、

 そののち密やかに逢瀬を重ねるもの――

 そういうものだった。


 だが、玉藻の言葉には「昼に会いましょう」とあった。

 昼? 日中? しかも「駅で待ち合わせ」?

 駅とは何だ。屋敷の門のことか。


「現代の恋は……日の下で堂々と行うものなのか?」

 康親は真顔でつぶやき、真剣に考え込んだ。


(まさか、最初から彼女の邸に押しかけてはならぬのか?

 いや、平安の流儀ではそれが正道……だが、もし非常識だと思われたら……)


 玉藻殿の眉が曇る姿を想像しただけで、康親の背中に冷や汗が伝う。


「徳子、現代では……男子が女子の邸に行くのは、いつ頃が良いのだ?」


 徳子は呆れ顔で言った。

「行かないです。まずカフェとか、遊園地とか、外で会うんです。昼間に」


「昼間に……外で……?」


「そうです。しかも、二人でお茶するんです。誰も襖の陰に隠れないです」


 康親は目を丸くした。

「そんな……公然と逢瀬を……? なんという大胆な時代だ……!」


 驚きと動揺、そして期待。

 胸の奥が熱くなる。


(つまり、玉藻殿の邸へ夜に忍ぶのではなく――

 皆の見ている前で、堂々と彼女と並んで歩くということか)


 思えば、平安の頃には決して叶わなかった夢。

 恋しい人と、昼の光の中で肩を並べて歩くなど――


 康親は、ふっと笑った。

「なんと……眩しい恋よな」


 そして、鏡に映る自分の姿を見て、真剣な表情になる。

「……服も、現代のものにせねばなるまい」


 裳裾を整え、烏帽子を取る。

 平安貴族、恋の戦場へ――千年越しのデート準備が始まった。


お読みいただきありがとうございました。☆押して頂けると励みになります。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ