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康親は徳子から「電波とは電気の波である」と聞かされ、腕を組んで考え込んでいた。
「電気の……波。なるほど、“波動”か」
その言葉を口にした瞬間、康親の中で何かが繋がった。
「万物には“気”がある。陰と陽の揺らぎ――それこそ波であったか。
平安の世では未だ“雷”としてしか知られておらなんだが、
この時代ではそれを“電”と名づけ、自在に操るとは……!」
徳子が首を傾げる。
「康親様、もしかして……何か思いつかれましたか?」
「うむ。玉藻殿が使うという“スマホ”――あれも“波動の道具”ならば、
式神をその波に同調させ、器の中に送り込むことができるやもしれぬ」
徳子は目を丸くした。
「まさか……スマホに式神を!?」
康親はうなずいた。
「要は媒介さえあればよい。紙の符に書くか、電の符に乗せるかの違いだ」
「……理屈は、分かるような、分からないような……」
「やってみねば分からぬ!」
康親は懐から筆を取り出し、空中に印を描いた。
「雷の気、風の気、つなぎ合わせて――“式神・波乗りの術”!」
ふわりと光が走り、スマホの画面(玉藻のLINE)に文字が灯った。
徳子が叫ぶ。
「繋がりましたよ!」
康親は静かに息を吐いた。
「……ふふ、どうやら成功したようだな。
この“でんぱ”という術、なかなか使えるぞ」
翌朝。
玉藻がまぶたを開けると、スマホの通知ランプがチカチカと光っていた。
「ん……誰からだろ……?」
寝ぼけまなこでLINEを開くと、そこには――
平安時代の貴公子のようなスタンプ。
烏帽子に狩衣、そして柔らかい笑み。
スタンプが……喋った。
『ご機嫌いかが?』
玉藻「…………え?」
さらに続けざまに、もう一つのスタンプがポン、と届く。
今度は紙の式神がパタパタと飛んでいるアニメーション付き。
まるで――式神そのもの。
『お返事ありがとうございます。少し前からこの時代に来ています。
一度お会いしませんか?』
玉藻は思わずスマホを落としそうになった。
「ちょ、ちょっと待って!? 式神が……しゃべってる!?」
横で寝ていたサクラが、目をこすりながら顔を上げる。
「おねーちゃん……朝からテンション高いっすね……どしたんすか?」
「どしたもこうしたもないわよ! 康親からLINEが来てるの!
しかもスタンプが“動く”式神!」
サクラはスマホを覗き込み、
「おぉ~、やるっすね、康親様。
平安時代のくせにテクノロジー理解早すぎっす」
玉藻「ていうか “この時代に来てる”ってどういう意味!?」
サクラ「そのままの意味っすね」
玉藻「……は?」
サクラはあくび混じりにストレッチしながら、
「康親様は、占いでは十のうち八を的中させて“神”って呼ばれてたっす。
未来に行き来してたなら、そりゃ当たるっすよ」
玉藻「未来に行き来……って、そんな簡単に言わないでよ!?」
サクラ「康親様は、小野篁殿が地獄へ行き来してたっていう井戸に飛び込んで、未来を見たって言ってたっすけど……本当だったっすね」
玉藻「ちょっ……そんなホラーみたいなこと、実際にやったの!?」
サクラ「誰もあの井戸に飛び込まないっすよ。だって、“地獄に通じてる”って言われてるんすから」
玉藻「つまり康親って、ガチで命懸けで未来を見たのね……」
サクラ「そっす。イケメンで、有能で、ちょっと変態。完璧っすね」
玉藻「最後のいらない!」
玉藻「命懸け……地獄行きをかけて未来に来るなんて……馬鹿なんだから……」
サクラ「それは言い過ぎっすよ」
玉藻は机の上に置かれたスマホを見下ろした。
そこには、平安の貴公子みたいなスタンプと、丁寧な言葉が並んでいる。
サクラは、少し視線を伏せた。
「康親様の気持ち、わかるっす……。」
玉藻「……どういうこと?」
サクラ「あの人、未来を見たいとか、名を残したいとか、そんなのじゃなくて……ただ……おねーちゃんに会いたかっただけっす」
玉藻は一瞬、言葉を失った。
心臓がどくんと鳴る。
「……そんな、馬鹿みたい」
けれど、その声は、ほんの少し震えていた。
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